030 新たな事件

 目が覚めると、俺はエレティアに膝枕されていた。近くにはベサルもおり、こちらを覗き込んでいる。

「カミ!」
「あんちゃん!!」

 俺の意識が戻ったことに気が付くと、二人はそんな風に声を上げて喜びを現す。

「……あんちゃん、ってのはなんだ?」

 ベサルが俺のことを何故か”あんちゃん”と呼んでいた。そのことが気になり、何となく訊き返す。

「い、いやさ。俺たちのことまた助けてくれたみたいだし、おいとかあんたとかで呼ぶのは止めようと思って、それであんちゃんって呼ぶことにしたんだけれど、駄目だったかな?」
「別に、呼び方なんて好きにすればいい」
「そ、そうか!」

 呼び方については特に気にしていなかったので、ベサルの好きにさせることにした。あんちゃん呼びを許したことで、ベサルが握りこぶしを作って喜んでいる。

「それと、エレティアもありがとうな。もう大丈夫だ」
「カミ……」

 ゾンビだとは思えない、エレティアの柔らかい太ももから頭を離すと、俺は立ち上がって周囲を見渡す。獣人の子供たちは全員無事なようで、今では元気に駆けずり回っている。

 魔素は問題なく生成されたようだな。よかった。

 あの努力が無駄にならなかった事に安堵すると、俺はこれからの計画を少し見直すことにする。主に、獣人集団の牢獄についてだ。

 魔力を限界まで使用してしまったな。戦闘で使う分は最低限残ってはいるが、疑似天地創造で何か大きなものや、複雑なものを創るのは無理そうだ。しばらく魔力が増えるまで待つしかない。

 戦闘でも湯水のように魔力を使うことが難しくなったこともあり、獣人集団への復讐は見送ることにした。

 だとすれば復讐は後にして、冒険者ギルドでの活動をメインにするか。獣人集団から感じられる目印の石に動きはないようだしな。

 獣人集団に奪われた鉄の剣と金銭袋には、目印の石が取り付けられている。その石から感じられる魔力から、獣人集団は拠点のような場所を見つけたのではないかと推測した。つまり獣人集団に復讐をするのは、あまり急ぐ必要がないということになる。

 金も魔力も、すっからかんだしな。

 そうして、俺はエレバスの町でしばらく冒険者として、活動をすることになった。

 ◆

 あれから数週間が過ぎ、この世界に来てからおよそ一月が経った。俺は現在、エレバスの町でF級冒険者として活動をしている。グリーンバタフライや、その後に狩ったランクの高い魔物が影響して、ランクがF級に上がることになった。これでも異例の速さらしい。

 金銭はかなり貯まったが、魔力はそこまで溜まらなかったな。やはり、獣人の子供たちだけでは限界があるか。

 あれから冒険者ギルドで数々の依頼を熟し、金銭に関しては旅を開始しても問題ないほど貯まっている。しかし肝心の魔力は、魔素を生成する以前よりも未だに少ないままだった。

 魔力がここまで溜まらないとは思わなかった。せめて前と同じくらい余裕ができるまでは、この町で活動をするか。それで魔力が溜まったら、ようやく獣人集団への復讐ができる。

 そう思いながら、今日も冒険者ギルドに足を運ぶ。すると、ルチアーノが慌てたように近づいてきた。

「ああ、よかった。ミカゲ君、ちょっと来てくれないかい?」
「ん? わかった」

 理由は分からなかったが、急いでいるようなので、俺はルチアーノに言われた通りついて行くことする。奥の部屋に着くと、早々にルチアーノが喋りだした。

「大変なんだ。ブラウ君が昨日、東の森に行ってから戻ってこないんだよ!」
「ブラウが?」

 なんと、ブラウは現在消息不明であり、昨日から戻ってきていないらしい。

 魔物にやられたのか? それとも、悪い冒険者に嵌められたのか?

 そう思いながらも、ルチアーノの言葉を待つ。

「ああ、薬草採取だから安全だったはずだ。彼はあれで賢いからね。自分の力量はよく理解しているはずだ。つまり、これは何かただならぬ事が起きたに違いない!」
「それで、結局俺にどうしろと?」

 次に何を言われるのか理解をしながらも、俺はそう訊き返す。案の定、ルチアーノは俺の予想通りの言葉を口にした。

「つまりだね、ミカゲ君にはブラウ君の捜索に行ってほしいんだ。もちろん、僕個人が指名依頼を出そう! 報酬は10,000アロだ。どうだい?」

 10,000アロも出すのか? それに指名依頼? 何故ルチアーノが、ブラウにそこまでのことをするんだ?

 俺はそのことが不思議でならなかった。それが表情に出ていたのか、ルチアーノは覚悟を決めたように、口を開く。

「やっぱり、気になるよね。他ならぬミカゲ君だから話すけど、他言無用で頼むよ。実はブラウ君は、僕の義理の弟なんだ」
「義理の弟?」

 つまり、ルチアーノはブラウの姉にあたる人物と、結婚をしているのだろうか? だが獣人との結婚は、この国だと普通ではないはずだ。こうして冒険者ギルドで働くのも難しくなると思うが、どういうことだろうか。

 俺はそのことが当然気になった。それをルチアーノは察したのか、続きを話し始める。

「ブラウ君の姉、現在の妻だけれど、実は正式には結婚していないんだ。それに加えて、同じ家で住むためには、隷属の首輪をしなければいけなかったんだよ。つまり、僕の妻は一般的に奴隷ということになる。この国では、獣人との結婚は事実上不可能となっていてね。こうするしかなかったんだよ……」
「なるほど……」

 ルチアーノはどこか悲しそうに、説明をしてくれた。

 そういうことか、ルチアーノがここまで獣人を気にかけていたのは、愛する者が獣人だったからか。

 俺はこれまでの事を思い出して、納得をする。であれば、ルチアーノが義理の弟であるブラウの捜索に、10,000アロを出すのも理解ができた。

「それで、どうだい。依頼を受けてくれないだろうか? 正直、君意外に頼れる相手がいないんだ。頼む」

 そう言って、ルチアーノは俺に頭を下げる。それを見て俺は、依頼を受けるかどうか決断を下す。

 ルチアーノにはこれまで世話になったし、ブラウはあれで色々俺に足りないことを教えてくれた。依頼料も破格だし、断る理由はないな。

「わかった。その依頼を受けよう」
「本当にありがとう! ブラウ君をよろしく頼む!」

 そうして、俺はブラウ捜索のために急ぎ、東の森へと向かった。

 正直、消息を絶ったのが昨日だとすると、生きているのか微妙なところだな。奴隷狩りにあったとすれば、まだ可能性はある、だが、それはそれで面倒だ。とりあえず、今は東の森へ急ごう。

 俺は東門を抜け、全力疾走で駆ける。東の森へはあっという間に到着した。

 ブラウが昨日依頼を受けたのは、薬草採取だったな。確か採取していたのは、東の森で浅い場所とのことだが。

 その採集されているであろう場所に、俺は向かう。辿り着くとそこには荒らされた形跡は無く、高ランクの魔物が現れた可能性は低かった。

 元々高ランクの魔物が出たという情報は、ルチアーノ曰く昨日は無かったらしい。この現場の痕跡からしても、高ランクの魔物に襲われたということはないだろう。

 ならやはり、人為的な何かが起きたと考えた方が無難か。

 仮に奴隷狩りにブラウがあったとして、どこに連れていかれたが問題だった。

 東の森の先は山脈が続いていて、近くに街道はない。なら捕まって直ぐ奴隷を押し込める馬車で、連れていかれた可能性は低いか?

 絶対ではないが、東の森で奴隷用の馬車が現れるとは思えなかった。ここら辺は冒険者がよく活動していることもあり、馬車があれば目撃情報があったはずだろう。であれば、人の手によって直接捕まった線が濃厚だと考えた。

 そこまで予想は出来たが、どこに連れていかれたかが問題だよな……。

 それで昨日の夜のうちに、奴隷用の馬車まで連れていかれたとすれば、ブラウを見つけ出すのは絶望的だと考えた。

 くそ、結局俺にできるのは、ユニーク称号である『奇跡の運に導かれし者』に頼るしかないのか。

 ユニーク称号である『奇跡の運に導かれし者』のスキルで頼りになるのは、幸運の導き、直感、虫の知らせの三つだと思われた。しかし、それで絶対にブラウを見つけ出せるという確証はない。

 運任せは危険だが、他に方法は無いか……。

 俺はそう諦めながらも、称号スキルを意識して発動する。

 おそらく、この方向にいる気がするが……行くしかないか。

 俺は自分の直感に従い、森の奥へと走り出した。


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