031 思わぬ遭遇

 直感を頼りに森の奥へと進むが、一向にブラウを発見することができない。

 くそ、やはり直感だよりで探すのは無謀だったか……。

 徐々に俺は不安を覚えていくが、他に方法もないことも事実なので、森の中を駆け抜けていく。だがその時、あることに気がついた。

 この方向……もしかして。

 現在進んでいる方向の先に、とある集団がいることを感じ取った。それは、かつて俺を殺そうとした獣人集団だ。

 なるほど。可能性はあるな。

 目印の石から魔力を感じ取り、獣人集団がここからほど近いところにいることを理解した。このまま進めば、鉢合わせる可能性が高い。

 どうする? 獣人集団のところにブラウがいるとすれば、殺されているということは無いはずだ。むしろ保護をされているのだろう。なら、このまま引き下がるのも手だが、ブラウがいる確証もない。最低限確認だけでもするか。それに、そろそ頃合いだと考えていたしな。

 俺は覚悟を決めると、獣人集団のいる場所へと駆けだした。そして、到頭それを発見する。

「くそ! 人族ども! お前らに人の心は無いのか!」

 木々の開けた場所に、見覚えのある白い虎頭の男が、鉄の剣を持って怒号を発していた。その背後に、幾人か獣人の姿も見える。

「はっ! 獣人は人じゃねえだろ!」
「そうだぜ! お笑いだ!」
「こいつが殺されたくなければ、おとなしくしてな!」

 それに対するように、装備の整った冒険者風の男たちが複数人おり、人質として女性獣人の喉元に剣を突きつけていた。

「みんな、あたしのことは気にしにゃいで、こいつらを殺すにゃ!」
「うるせえ! 口を開くな!」
「ぐにゃっ!」

 口を開いた黒猫のような特徴を持つ獣人の少女は、冒険者風の男に顔を殴られてあざを作る。

 あの特徴的な語尾、もしかして俺の背後から心臓を突き刺したやつか?

 思い出すのは、街道で襲われた時に最後、俺の背後から剣を突き刺すと共に、『恨んでくれて構わないにゃ』という言葉を残した存在だった。

 どういう訳か知らないが、今はそいつが捕まっているということか。だがそれよりも、ブラウがいるのかが問題だ。

 俺は茂みから身を隠しながら周囲を確認すると、獣人側にブラウがいることを確認することができた。やはりというべきか、獣人集団に保護されているようだ。

「ノワレさん! くっ、私が奴隷狩りにあったばかりに……」
「ブラウ、お前のせいじゃねえ、あの人族が卑怯者だっただけだ」

 思った通り、ブラウは一度奴隷狩りにあったようだ。それがどういう訳か、獣人集団に助けられ、その内の一人が人質になる状況に繋がったらしい。

 ブラウの消息が絶たれたのが昨日だと考えると、ブラウが助けられてからそれほど時間は経っていないのか?

 俺はそんな事を考えながらも、状況を見守る。

「おいおい、顔は殴るなよな。後で楽しむときに萎えるじゃねえか」
「ははは、そりゃすまねえ!」
「お前はいつも獣人をボロボロにする。それは悪い癖だぞ」

 男たちはまるで罪悪感は無いようで、楽しそうにそう笑い合う。

「くそっ、下種が……」
「ど、どうすれば……」

 獣人たちは、人質を取られてなすすべが無いようだった。実際黒猫の少女以外にも、何人か捕まっている。

 冒険者風の男は七人、獣人たちはブラウを含めて四人か。人質三人に同数の男がつくとしても、数的には四対四で拮抗しているな。

「お前ら、いい加減に武器を捨てろ! でなければ、見せしめに一人殺してもいいんだぜ?」
「そうだなぁ、このおっさんなんてたいした金にならないだろうし、こいつを処分することにするか」

 男の一人が四十代ほどの獣人に刃を向けた瞬間だった。

「ま、前て! わかった。言う通りにするから殺さないでくれ!」
「べ、べガルさん、それじゃあ……」
「くっ、すまない」

 そう言って獣人たちは武器を地面へと捨てていく。どう考えても悪手だが、仲間を見捨てられなかったのだろう。

 愚かな奴らだな。少を犠牲にして大を生かすべきだが、まあそれができれば苦労はしないか。

「へへへ、それでいい。おい、お前らおとなしくしてろよ」

 冒険者風の男たちが勝ち誇ったように笑みを浮かべると、そこから四人が動き、ブラウたちの元へ向かった。当然、人質側に残る男は三人となる。

 やるなら、今しかないな。

 俺は覚悟を決めると、人質側に素早く移動して、背後から男の一人をスラッシュで斬りつけた。

「え?」

 男は首と胴体が離れ、即死する。その状況に呆気に取られていた残りの男二人にも、同様に斬りかかった。

「ぐえ!?」
「なっ」

 相変わらず異常な切れ味を発揮するスラッシュによって、難なく二人の男を斬り伏せる。

「おい、何をぼさっとしている! 反撃の時だろ!」
「ッ! うおぉおおおお!!」
「なにっ!?」

 俺が激を飛ばすことで、獣人たちはそれに突き動かされて武器を拾うと、未だに動揺を隠せないでいる男たちに襲いかかった。

「我らの恨みを思い知れ!」
「卑怯どもを始末しろ!」
「人族を殺せ!」

 そこからは一方的であり、冒険者風の男たちはなすすべもなく倒されていく。

「こ、こんなはずでは……獣人愛者め……」

 最後に残った男が俺を睨みつけてそう言うと、息絶えて地に伏した。これで、冒険者風の男たちは全滅したことになる。

 問題は、ここからだよな。

「お前は、あの時死んだはず!?」
「確かに、あたしが殺したにゃ! なのに生きているなんて、ありえないにゃ!?」

 獣人たちは警戒して俺から距離を取ると、白い虎頭の男と、黒猫の少女がそう言葉を口にする。そんな中で、一人だけ刺々しい態度ではない人物がいた。当然それは、ブラウのことになる。

「み、ミカゲさん! どうしてここに!? あ、もしかして、助けに来てくれたんですか! み、みなさん、この方は大丈夫です。私はこれまで、このミカゲさんに何度も助けられたんです。ですから、どうか矛を収めてください!」

 ブラウはそう言って、獣人たちを説得し始める。

「どういうことだ? こいつは人族だぞ!? 助けたのもの、何か裏があるに違いない!」
「そうにゃ、それに、こいつはあたしらのことを恨んでいるはずにゃ!」

 ブラウが説得を試みたところで、獣人たちの警戒が解かれることは無かった。

 まあ、殺したと思っていた相手が生きていれば、復讐をしに来たと思うよな。だがそれも、間違ってはいない。

 俺は、この状況をどうやって利用するべきか考えていた。獣人たちを助けたのはブラウのついでであり、見殺しにするよりも、恩を売った方が得策だと思ったからだ。

 ホームの牢獄はまだ完成していない。こいつらを上手くホームに誘き出すためには、こいつらの警戒心を薄れさせて、来たいと思うようにしなければならないな。復讐は大事だが、感情よりも利益を優先するべきだろう。魔力の徴収を増やす方が、得策だ。

 ホームで獣人たちを飼いならせば、魔力が多く手に入ることになり、実質俺自身を強化することに繋がる。獣人の子供たちだけでは魔力の収入が少なすぎる事を考えれば、復讐よりも先に、獣人たちを囲い込む方が先決だと考えた。

 それにそうなれば、復讐はいつでもできる。むしろ、俺に利用されていると気が付かれずに、感謝させるのも一興か。

 俺はそう決断すると、獣人たちをどのようにしてホームに導くか、思考を巡らせ始めた。


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