029 買い物と緊急事態

 はぁ、また懐が寂しくなったな。

 現在俺は必要物資を買いそろえ、防具を新しく購入していた。それが済んだことで、今は宿屋の自室に戻ってきている。

 ホームに戻って金銭を取りに戻ったが、まさかほとんど使ってしまうとは……。

 溜息が出てしまうが、買う必要があったので諦めるしかない。

 だがそれも、これからまた稼げば問題はないはずだ。実際、今回はグリーンバタフライのおかげで昨日の倍以上稼げ訳だしな。

 俺は購入したばかりの防具に視線を向けながら、自分にそう言い聞かせた。今回購入したのは、革の胸当てと、革のグローブ、革のブーツだ。どれも茶色で統一されており、素材は昼に食べたボアというイノシシの魔物の上位種、グレートボアの皮をなめして作られた逸品だった。

 まとめ買いのサービスで切り良く50,000アロだったが、やはり高い。

 ちなみに、防具以外に購入したリュックサックも20,000アロほど必要としており、必要必需品も合わせれば盗賊の塒に合った金銭など、すぐに吹き飛んでしまった。

 これだけ高ければ、盗賊たちが防具を身に着けないのも納得だよな。それでも少しは残ったが、稼がないと宿代すら払えなくなりそうだ。

 宝石類などは残っているが、それを売り払うのは本当に厳しくなってからにしようと考えていた。なので宝石を抜きにすると、所持している金銭は良くて一週間生活できるほどである。

 魔法の道具など一部は元の世界より優れているが、他の部分はやはり遅れているよな。過去に勇者が現れたという話はあるのに、なんで文明があまり進んでいないのだろうか……。

 そんな気持ちが湧き上がってくるが、ここで嘆いたところで仕方がなく、前向きにこれからのことを考え始める。

 しばらくは、金稼ぎとランクアップを目指して活動しよう。獣人集団への復讐は、どうしたものか。

 正直防具が増え、称号スキルの使い方をある程度把握した今では、たとえベサルの父親らしきあの白い虎頭の獣人相手でも、遅れを取らない自信があった。

 近いうちに復讐をしてみるか? だとすれば、一体どんな復讐をするべきだろうか。

 復讐といっても、色々ある。単純に殺害するという手段もあるし、捕まえてどこかに突き出すという手もあった。

 どこかに突き出すとして、近場はやはりこのエレバスの町だよな。しかし、獣人を気にかけているルチアーノに知られた場合、それは面倒だ。なら、もう単純に殺すか?

 突き出すという手段が難しい以上、殺すというのが最も簡単な復讐方法だった。

 だが、それで良いのだろうか。ただ殺すのはもったいない気がするんだよな。いっそのこと、俺のホームに専用の牢獄を作って、隔離しておくのも有用かも知れない。

 実際ベサルたちの魔素がホームから吸収されて、俺に渡ってきている。それによって俺の魔力の最大値が増えていることを考えれば、捕まえた方が得策だった。

 長い間牢獄に監禁しておけば、それが復讐になるか。ベサルには確認できないところに専用の空間を作れば問題はない。

 そうと決まれば、一度ホームに戻ろう。

 俺は購入してきた物を先にホームへと送ると、自身も転送した。

 ◆

「カミ、あー」
「ん? なんだ?」

 ホームに戻ってくると、エレティアがいつもに増して迫ってくると思えば、とある方向に指をさす。

「なっ!?」

 それにつられて視線を向けると、そこにはベサルたち獣人の子供が、全員ぐったりと倒れていた。俺は急いで駆け付け、唯一意識のあったベサルに声をかける。

「お、おい! いったい何があった!」
「わ、わからねぇ……急に気持ち悪くなって、身体が重くなったんだ……」

 どういうことだ? くそ、医者じゃないから分からない。全員が一度にそうなるからには、何か理由があるはずだ。

 買い物の前に戻ってきたときはダルそうではあるが、普通にしていた。いや、その時から既に何か起きていたのかもしれない。

 怪我や病気ではないよな。俺やエレティアは何ともないし、ホーム内でこいつらだけがなった。その違いは……もしかして魔素か!?

 思い浮かぶのは、つい最近ブラウに訊いた魔素というものだった。空気中にあり、身体に吸収されて排出される。その魔素がホームから俺に、直接流れてきていた。つまり、ホーム内には還元されておらず、獣人の子供たちは魔素のない空間で過ごしていたことになる。

 仮に魔素が酸素のように、この世界の生き物には必要不可欠なものであれば、影響が出てきてもおかしくはない。むしろ酸素と違って無くてもしばらく大丈夫なところが、気が付くのに遅れた要因か。いや、逆に酸素と違って、無ければ直ぐに死亡する事が無かったのは救いだろう。

 俺の場合何故大丈夫なのか分からないが、エレティアは俺から支配契約で魔力が流れている関係上、大丈夫だったに違いない。

 くそ、もたもたしていられないな。無ければ作るしかない。

 俺はそう切り替えると、疑似天地創造で魔素を生み出そうとする。酸素のように、一定の濃度を維持するように試みた。

 濃度がよくわからないが、多すぎても何か不都合が起こるかもしれない。しかし、少なすぎてもこいつらが回復しなければ本末転倒だ。くそ、魔素の濃度とかあまり分からないぞ。

 最早感覚で調整するしかない。疑似天地創造で魔素を創り出していく。それによって、魔力がどんどん消費されていった。

 まずいな。この消費速度はえげつない。だが、今日はもう魔力の生産量を増やすことはできない以上、踏ん張るしかないか。

 今日は既に、魔力生産工場の一日に一度しか使えない能力を使用済みだった。それだけに、魔力の消費量が回復量を上回っている。

 魔力を全て使い切っても生成できなければ、どうなるんだ? こいつら、死ぬのか?

 ぐったりとした獣人の子供たちを見ると、それだけはダメだと心の奥底で何かが叫んでいた。偽善的とかそんなことを思っている余裕は、今の俺にはない。故に、その奥底の叫びに従い、必死に打開策を考える。

 このままの消費量だと不味いのは変わらない。なら、足りるようにすればいい。称号スキルは、使い方によって消費量を減らせたり、効果を限定的にすることができたはずだ。ただ、それをするのは並大抵のことではない。だが、それを成功させなければ、こいつらは死ぬ。

 そう考えた俺は、疑似天地創造に意識を集中し、その中から無駄を必死に探す。魔力流れを感じ取りながら、正解を求め続ける。

 どこだ? どこを省ける。どこを繋げれば効率化が可能だ?

 大量の汗が流れる中、その時一筋の光りが脳裏に浮かぶ。黄金に輝くそれが、魔力の奔流を突き進み、まるで導かれるように、その先が直感的・・・に正解だと、俺は理解した。

「ここだ!」

 発動中の疑似天地創造から無駄をそぎ落とし、整えたことでそれは見事に完成する。魔素がホーム内から溢れ出し、中を満たしていく。

 よし、あとは濃度だけだ。

 魔素の濃度を少しずつ濃くしていくよう慎重に調整を施す。だが、どこまで濃くすればいいのか、見当がつかなかった。濃くなっていく濃度に、止め時が判断できない。しかし、その時だった。

「カミ」
「――ッ!」

 エレティアが俺の肩に手を置き、止めるべき時を教えてくれる。俺はそれに合わせて、ホームの濃度を固定化した。

「エレティア、助かった……だが、流石に限界だ」
「カミ!」

 俺は魔力の使い過ぎで、その場に倒れる。近くからエレティアの呼ぶ声が、わずかに聞こえたような気がした。


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