「二人とも、ここは目立つから奥に行こうか」
「わかった」
「はい」
アグムとジットが衛兵に連れていかれた後、俺とブラウはルチアーノにそう言われて、奥の部屋に行くことになった。
思ったより目だったようだ。特に、ブラウが叫んだ時の注目は凄かった。
ブラウもそのことを後から後悔しているのか、申し訳なさそうに見える。そう思いながら到着した部屋に入ると、奥の椅子にルチアーノが座り、手前の椅子に俺とブラウが座る。
「さて、問題は解決したけど、また新しい問題が生まれたね」
「そ、そうですね。申し訳ない限りです」
「問題?」
問題の解決とはアグムとジットの事だろう。だが、新たな問題とは何だ?
俺がそう思っていると、ルチアーノが続きを喋り始める。
「僕個人としては、とても素晴らしい事だと思うけれど、ブラウ君を助ける。つまり獣人を助けるような人物として、ミカゲ君は周囲の者に思われてしまった。僕はギルドの利益から見て罰したと言い訳出来るけど、ミカゲ君の場合は大勢の前でブラウ君が叫んだこともあって、難しいんだよね」
「なるほど……」
言われてみると薄々、そんな気はしていた。周囲から刺さるような視線が飛んできていたのは、気のせいではない。
「冒険者ギルドはどのような種族だろうと平等だ。けれどそれは、個人には関係のないことなんだよね。この国は獣人に対して厳しい。それを踏まえて結果を言ってしまうと、ミカゲ君は実質パーティメンバーを探すのが難しくなったと、そう言えるんだよね」
「そうか」
「本当に申し訳ないです……」
まあ、そうだろうな。獣人を差別することが当たり前の国で、獣人を助けるような奴は面倒だと思われてしまうだろう。仮にそういう人間がパーティに入った場合、周囲からの印象が悪くなって、依頼に支障がきたす可能性がある。
そう理解をしたが、俺はそこまで問題だとは思ってはいなかった。何故ならそもそも誰かとパーティを組む気は無く、この国もその内出ていく予定なので、周りからどう思われようが気にはしない。
「それで、どうだろうか。この際思い切ってブラウ君とパーティを組むというのは。他の冒険者からは既にブラウ君と組んでいると見なされている。もちろん共に行動することはミカゲ君にとってデメリットに繋がる可能性もあるけれど、信頼できる仲間を見つけるという点ではメリットだよ。どうだい?」
「えっ? ルチアーノさん、それって……」
ルチアーノが唐突にそう切り出してきた。それを聞いてブラウが驚きの声を上げる。
なるほど。それが狙いだったか。ルチアーノは元々獣人に対して気にかけるような人物だと思っていたが、俺のようにそこまで獣人に対し、差別意識のない人間を探していたのかもしれない。
そのことに気が付いたが、俺はブラウとパーティを組む気はなかった。周囲の目以上に、実力や取り分的な問題が大きなデメリットであり、ホームのこともあって普段から誰かと行動を共にするのは避けたい。
「すまないが、俺とブラウとでは実力の差がありすぎる。流石に面倒を見ることはできない」
「まあ、そうだろうね。無理を言ってすまなかったよ」
俺が断りを入れると、ルチアーノは予想と反してすんなりと引き下がった。一瞬何か思惑があるのかと邪推したが、今はそこまで気にしても仕方がないと思い、頭の隅へ追いやる。
「別に気にしていない。そもそも、俺は誰かとパーティを組む気はなかったからな」
「なるほど。そういうことか。それなら良かったよ」
そんな感じで、パーティについての話は一旦終了した。そして次に、グリーンバタフライについて話すことになり、ブラウがルチアーノに詳しい内容を話し始める。
「――という訳なんです」
「なるほど。グリーンキャタピラーが大量発生していて、そこにグリーンバタフライがいたのか。前例が無いわけじゃないし、グリーンバタフライがいなくなったこともあってその内解散されるだろうね。情報ありがとう。それにしても、ブラウ君は結局丁寧な言葉遣いが治らなかったね」
「はは、こればかりは性分なので」
二人の会話を、俺は横で聞いていた。一応証人の一人であり、ところどころ訊かれたところは答えたりなどもしている。ちなみに、グリーンバタフライからドロップした魔石と球体は既に提出済みであり、今回は緊急時の特例として処理されるので、ランクに関係なく報酬が支払われるらしい。
正直報酬はありがたいな。グリーンバタフライはDランクということもあって、ドロップアイテムと討伐分を合わせて3,000アロの収入となった。少ないと思われるかもしれないが、倒したのが一匹と考えると妥当だろう。
内訳としては、魔石に500アロ、球体に1,000アロ、そして特別討伐報酬として1,500アロだった。それに加えて、元々受けていた依頼分やドロップアイテムの売却額920アロも加算されて、合計3,920アロになる。
「では、残りはこちらで処理をしておくよ。ミカゲ君はこの後報酬を渡すから受付まで来てくれ」
「わかった」
そうして、俺は一度受付に戻り、ルチアーノから報酬を貰う。それを空になった布袋に入れると、音がしないように縛り、もう一つの布袋の中に入れた。
財布も買わないとな。
そんなことを思いながら、ルチアーノと軽い会話を交わし、俺は冒険者ギルドを出る。すると、俺が出てくるのを待っていたのか、そこにブラウが立っていた。
「ミカゲさん、今回はありがとうございました。それと、名前を出して申し訳ございません。恩を仇で返してしまいました」
どうやら、お礼と謝罪をするために待っていたようだ。しかし、俺はそのことについて特に気にはしていない。
「いや。別に構わない。誰にどう思われようと、俺は気にしないしな」
「いえ、それでも、何かお礼と償いをさせてほしいのです。私に出来ることがあれば、何でも言ってください」
「……そうか。なら、そのうち頼むことにする」
「はい! お待ちしております!」
俺がそう言うと、ブラウは嬉しそうに答えた。今は特に頼むことは無いので、何か思いついたら頼ってみるのもありかもしれない。
こいつは意外に知識豊富だしな。気になったことが出来たら訊きに行こう。
一応ブラウの住んでいる場所を教えてもらい、その場を後にした。
色々あったが、情報や収入も多く手に入ったし、良しとするか。
そう判断しながら、時刻はおよそ昼近いと判断して、適当に昼食を摂ってから必要な物を買いそろえることにした。
必要な物は、財布にリュックサック、その他入れ物に生活出需品も買った方がいいよな。それに、そろそろ服装も替えた方がいいか。
未だに俺の服装は、黒いシャツに茶色のズボン、同じく茶色のブーツだけだった。流石に町の外で魔物と戦うことを考えれば、心もとない。
それに防具は最低でも革の胸当てくらいは用意したほうがいいだろうな。死ににくいといっても、絶対ではないし。
そんなことを思いながら、街中で売られている串焼きを屋台から適当に購入することにした。
「いらっしゃい! ボアの串焼き一本30アロだよ!」
「五本頼む」
「毎度あり!」
屋台の店主に金銭を支払い、紙袋に入れられた串焼きを五本受け取ると、試しに一本頬張る。すると濃いたれの味付けが、口の中に広がった。
悪くは無いが、少し味が濃いな。
そうして三本食べたところで、またもやすぐ満腹になってしまう。
……はぁ、やはりすぐ満腹になってしまうな。無理に食べようと思えば入るが、どうしたものか。
そんなことを思っていると、ふと視線を感じてそちらを確認してみる、すると路地裏からこちらを、いや厳密には俺の手持つ串焼きに、熱い視線を送る獣人の子供が二人いた。おそらく見た目からして孤児だろう。
俺の世界もクソだったが、この世界もこういうところは変わらないか。
「あっ……」
俺が串焼きを紙袋に戻すのを見て、獣人の子供が小さく声を漏らす。だがその瞬間、俺は獣人の子供がいる方に向けて紙袋を投げ捨てた。それを急いで獣人の子供が拾うと、こちらを何度かチラチラと見ながらも、路地裏の奥へと消えていく。
……これは偽善的な行動だ。それをしたところで、結局意味はない。なのにどうして、それを行ってしまったのだろうか。 獣人に同情でもしたのか? だが、それでどうして今の行動に繋がる? 普段の俺なら、あり得ないだろ。
俺は、自分で行った行動を理解できなかった。今したことは、自分の嫌う偽善的行動に他ならない。その理由が分からず、俺は苛ついてしまう。
くそ、何なんだ。また何か称号スキルに影響を受けたのか? 分からない。ああもう、今のことは忘れよう。
獣人の子供に施しを与えたことを、俺は忘れることにした。
コメントを残す