040 狂いと復讐

 黒栖は赤眼のデスハザードとして、何度も並行世界の白羽を殺し、その魂を奪い続けた。そのついでに、デスハザードと黒栖も殺害して覚醒エネルギーを集めている。

 それが何度も繰り返され、集めた魂を白羽へと注いでいく。最初は何も反応を見せなかったが、暫くすると目を覚まし、簡単な指示なら聞くようになっていた。

「白羽今日の食事だ。食べてくれ」
「……」

 食事をするように指示を出せば、口では答えないが問題なく食事を摂り始める。

「白羽、もう少しだ。もう少しだけ待ってくれ。必ず、元の白羽に戻してみせる」
「……」
「元に持ったら、また買い物に行こう。あとは、カラオケも良いな。今度は俺も何か歌を覚えてくるよ。それで一緒に歌おう」
「……」
「映画館なんてのもいいな。俺は行ったことはないけれど、付き合っている者同士で行くらしいからな」
「……」
「それから――」

 黒栖は、白羽の目が覚めてからというもの、一方的に話しかけ続けていた。それも、話題が尽きると、また最初から同じことを繰り返している。

『哀れじゃのぅ。哀れじゃのぅ。狂っていることに、自身でも気がついておらんとは……』

 部屋の隅に置かれたどす黒い長剣はそう一人呟く。それは黒栖には聞こえてはいなかったが、そう言わずにはいられなかったのだ。

 並行とはいえ、白羽を殺し続けることに、その精神には酷い負荷がかかっていた。だが、それを無視し続けた黒栖は、感覚が麻痺してその事に気が付かず、精神が徐々に狂い始めているのだ。

『魂を治しているはずが、代わりに自らの魂を壊すことに繋がっておる。哀れじゃのぅ』

 それでも、最早止まることはできない。たとえそれによって、黒栖自身の魂が壊れてしまうとしても。

 ◆

 それからも、黒栖は赤眼のデスハザードとしての活動が続いた。

 なんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども。

 白羽を殺し続けた。そして到頭、限界が訪れる。黒栖は、肉体と精神に蓄積された疲労によって、意識を失った。
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「あ……れ? 俺は……」

 気が付くと、黒栖は白羽の自宅で倒れていた。

「しろ……は?」

 周囲を見渡すと、そこに白羽の姿はない。働かない頭で家の中をさまようが、やはり白羽の姿が見えなかった。そこに、唯一手がかりを知るどす黒い長剣から、驚くべき事実を聞かされる。

『あの子ならば、お主が倒れるのを見るや否や、突然叫び声を上げると、外へ出ていったぞ。おそらく、助けを求めに行ったのじゃろう。だが、早く探した方がよい。あの子はまだ魂が治りきっておらぬ。まともに人に助けを求めることは無理じゃろうて』
「ッ――!?」

 これまで一言も発しず、言われたことしかできなかった白羽が、自らの意思で行動を起こした。その喜びの感情が一瞬湧き上がった黒栖だが、それと同時に酷い不安に襲われる。即座に時空魔法で視線を飛ばすと、白羽は簡単に見つかるが、状況が最悪だった。

「ふざ……けるな!!」

 視線を飛ばした先には、白羽はもちろんのこと、同級生の旺斗や、その取り巻き達がいたからだ。しかも、なにやら倉庫へと白羽を運んでおり、今から何かするのは明白だった。

 黒栖の怒りは限界を超え、その場から転移する。

 ◆

「旺斗さん。やりましたね!」
「げへへ、旺斗さん。俺たちにもおこぼれありますか?」
「ああ、何日も白羽の自宅を監視していた甲斐があったよ。それと、僕が飽きたらお前たちにも貸してやるよ。白羽はもう処女じゃなさそうだし。独占欲が失せたよ」
「げへへ! 流石旺斗さんだ!」
「俺たち一生斗さんについていきます!」

 薄暗い倉庫の中で、旺斗とその取り巻き二人は、下品な笑い声を上げた。

 この三人は、数週間も前から白羽を監視しており、金の力をつかって他の人員も雇い、白羽が一人になる時をずっと待っていたのだ。

「それにしても、薬でも打たれたんでしょうか? 生気を感じないし、返事もしませんよ」
「げへへ、暴れられなくていいじゃねえか! 従順で手間がかからなかったしよ!」
「ふん。僕は少し残念だ。抵抗された方が燃えるだろ?」

 そして今日、偶然三人で見張っていたところ、白羽が自宅マンションから一人ふらふら出てきたところに声をかけ、巧みに人気のないところに誘導し、車に乗せたのだ。ちなみに、取り巻きの一人は十八歳であり、車の免許を所持している。

「お、旺斗さん。そろそろいいんじゃないですか? 俺、このビデオカメラでしっかり録画しておきますんで!」
「げへへ、俺も別アングルで録画するぜ!」
「はは、よろしく頼むよ。じゃあ、始めようか?」

 旺斗はそう言って舌なめずりをすると、事前に用意していたマットレスの上に寝かせていた白羽の服に手をかけた――その時。

「その汚い手をどけろ!」
「ぐべッ!?」

 突然現れた黒栖によって、旺斗は蹴り飛ばされ、勢いよく廃材に突っ込んでいった。

「な、何が⁉」
「お、お前! 狭間! どこから来やがった!?」

 取り巻きの二人は、黒栖の登場に驚きを隠せない。

「お前ら、簡単には死なせないぞ」
「ひっ!?」
「な、なんなんだよぉ!?」

 そこに、黒栖は殺気と共に言葉を吐く。二人は腰を抜かし、恐怖から排尿をしてしまう。

「お前も、そろそろ出てこい!」
「なっ!?」
「お、旺斗さん!?」

 すると、先ほど廃材に突っ込んだはずの旺斗が、二人の前に瞬間移動してきた。これは、当然黒栖の時空魔法によるものだが、取り巻きの二人はそのことを知る由もない。

「ここは……ひっ!? は、狭間!? なぜお前がここにいる!?」
「うるさい、黙れ!」
「ひぎッ!?」

 目を覚まして、そう問いただした旺斗だったが、黒栖の殺気にあてられて言葉を失う。

「お前らは、許されざることをした。俺の白羽に酷いことをしようとしたな? 俺がこれまでどれだけ苦労してきたか、お前らに分かるか? 分からないだろう? その苦労を、お前らが台無しにしようとした。白羽は今不安定な状態だったのに、もう戻ら無くなったらどうするつもりなんだ? お前らのクソみたいな命と魂で償えるのか? 全然足りるわけないだろ? たとえお前らが何人、何百、何千、何万集まったところで、全く釣り合わない。俺がここまで白羽を回復させるために、いったい何人の白羽を殺したと思っているんだ? その辛さを分かるか? 分かるはずがない。分かられてたまるか。なあ、これ、どうするつもりなんだ?」

 これまで口数の少なかった黒栖が嘘かのように、喋り続けた。その内容を旺斗たちは理解できなかったが、自分たちがこのままでは殺されてしまうということは理解した。

「お、俺は旺斗さん。いや旺斗に雇われていただけなんだ! だから全然関係ないんだよ! 信じてくれ!」
「俺もだ! こいつに騙されていたんだ! 悪いことだって止めようと思ったんだ! 許してくれよ!」
「お、お前ら!この僕を裏切るのか! ふざけるな! お前らにこれまでどれだけ良い思いをさせてやったと思っているんだ! いや、狭間、違うぞ。ぼ、僕は白羽を保護しただけなんだ。だって、体調がよくなさそうだったからさ。それで、近くていつも集まっているここなら休ませることができると思ったんだ。そう、これは善意なんだよ!」

 三人は、醜くも罪を擦り付け合い、言い訳を並べる。だが、黒栖にとってそんなことは関係なかった。

「主犯はわかっているんだ。だから、二人は許してやるよ」
「ほ、本当か!」
「あ、ありがとうございます!」
「なっ!?」

 黒栖はニヤリと笑みを浮かべると、旺斗の取り巻きにそう言うが、本当の意味で許したわけではない。

「ああ、許すとも。楽に死なせてやる」
「えっ――」
「はっ――」

 その瞬間、黒栖の発動した時空の箱ディメンションボックスにより、二人は圧縮され、四角い肉の塊となり、旺斗の左右に現る。当然即死だった。二人は痛みすら感じなかっただろう。

「ひぃいいいいいい!? おぇえええええ!!」

 黒栖にとっては見慣れた光景だが、一般人である旺斗はそうではない。旺斗は、その場で嘔吐する。

「情けないな? それぐらいで吐くなよ。お前は、これからその罪を償ってもらうんだ。その内、その肉塊になった方がよかったと思うよになるんだぞ?」
「た、助けてくれ。し、死にたくない。僕はまだ死ぬわけにはいかないんだぁああ!!」

 旺斗はそう言って吐しゃ物と排尿をまき散らしながら、生存本能でその場から立ち上がると、出口に向けて駆けだした。だが、旺斗がいくら走っても、どうしてか出口に辿り着くことができない。

「無駄だ。お前はもう。逃げられない」
「や、やめ――」

 それから起こった出来事は、惨たらしいの一言だった。四肢を切断され、生きたまま内臓を取り除かれても、死ぬ前に何故か逆再生のように全て治されてしまう。だがどうしてか、痛みや記憶はそのままだ。

 旺斗はその都度泣き叫び、許し請うたが、黒栖が聞くはずもなく、拷問は続いた。そうして、ようやく終わったのは、白羽が目を覚ました時だ。その瞬間、旺斗への興味を無くした黒栖によって、旺斗は生きたまま取り巻きの死体と共に、地中深くへと転移されてしまった。

 こうして、旺斗への復讐は幕を下ろす。


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