041 最後の決断

「白羽! 大丈夫か!?」

 黒栖は白羽に近づくと、そう言って強く抱きしめる。相変わらず反応のない白羽だったが、ふと黒栖が白羽の顔を覗き込むと、その瞳から涙が零れていた。

「ど、どうしたんだ!? あいつらに何かされたのか!?」
「……」

 白羽は何も返事をしない。ただ、涙をこぼし続けるだけだ。

「す、すまない。俺が目を離したばかりに、白羽には怖い思いをさせてしまった」
「……」

 黒栖は涙を見て自分が気を失っていたばっかりに、白羽が旺斗に連れ去られてしまったのだと、自分を責めた。しかし、実際はそうではなく、白羽は黒栖が無事に目が覚めたことに安堵して、自然と涙を流してしまったのだ。魂がまだ不完全とはいえ、黒栖が大切ということに他ならない。

 だが、当然そのことを理解できなかった黒栖は、涙の理由を自分のせいだと思っているのである。

「帰ろう。もうあいつらが襲ってくることは無い。大丈夫だ」
「……」

 そうして、黒栖は白羽を連れて、白羽の自宅へと転移する。心の中ではもっと急がなければと、黒栖は考えた。もっと多くの魂を集めなければと。

 ◆

 その後、黒栖は赤眼のデスハザードとして、魂を集め続けた。最早自分に敵う存在はおらず、作業と化している。

「俺は、赤眼のデスハザード。お前らの覚醒エネルギーを奪うものだ!」

「そんな……」
「グオ!?」
「黒栖君!?」

 キメ台詞を吐くと同時に、すぐさま命を刈り取る。そこに感情は一切動かない。

「あともう少し。あともう少しで、白羽の魂が全て集まるきるんだ」

 そうして着実に集まってきた魂を注いだことで、白羽は自分の考えで行動をするようになっていた。簡単な会話ならば、返事も返してくれる。だが、そこはまだ完全とは言えないので、どこか覇気が感じられない。

「今戻ったぞ」
「黒栖君……」

 黒栖が元の世界に戻ってくると、白羽は反射的に名前を呼んで抱きついてくる。それを黒栖は愛おしく抱き返した。

「白羽、あと少しだ。あと少しで、元通りになるから」
「うん……」

 少しずつ戻っていく白羽に、黒栖の心も一時期壊れかけていたが、壊れることは無く、徐々に回復してきている。

 白羽の完全復活まで、残すところ後僅かだ。

 そう思った、矢先だった――。

『悲しいのぅ。哀れじゃのぅ。黒栖よ。お主の勝ちじゃ。並行世界は、全て無くなってしまった。残されたのは、この世界だけになる。つまり、ゲーム終了じゃ』
「は?」

 それは、唐突だった。黒栖の勝ち、並行は他にはない。残されたのはこの世界だけ。ゲーム終了。それが事実だとするならば、黒栖にとって、この上ない絶望だった。

『もうその子の魂は集められん』
「な、なんで……何で教えてくれなかったんだ!」
『すまぬの。残りがどれくらいなのか、儂も正確な数は知らなかったんじゃ。それよりも、お主に伝えなければならぬことがある。それは、お主はこの世界から解放されると同時に、この世界、箱庭が崩壊するということじゃ』
「え?」

 どす黒い長剣が何を言いたいのか、黒栖は理解できなかった。しかし、その続きを聞いて、絶望する。

『箱庭が崩壊すれば、それに属するものや特殊な存在は消え去る定め。つまり、魂が不完全なその子は、特殊な存在として、消え去ることになるのじゃ』
「うそ……だろ」

 それが事実だとすれば、いったい自分は何のためにここまでやってきたのか、分からなくなってしまう。白羽の魂を復活させるために、並行世界で白羽を殺し続けてきたにもかかわらずだ。

『儂も、残念ながら消え去る定めじゃ。お主だけが、箱庭から脱して本当の世界へと行くことができる』
「はは……それが、何になるっていうんだよ。俺は、白羽がいなければ、生きてはいけないというのに……」

 ここまで来て、全てを失うという現実を、黒栖は到底受け入れられない。

『お主の苦悩は儂には理解することは出来ぬが、あの方の決めたことは変えられぬ』

 どす黒い長剣の言葉が、遠くで聞こえるように感じた。だが、そこで黒栖はあることを思いつく。

「そ、そうだ。過去に戻って魂を集めればいい! そうすれば、何も問題ないじゃないか!」

 過去に戻れば、いくらでも白羽の魂が集められると、黒栖は考えた。だが、物事はそう簡単にはいかない。

『残念じゃが、それはむ無理だのぅ。この箱庭のゲームでは時間軸関係なく、失われた魂は二度と戻らぬ。更にそれは、お主基準で定められておる故、過去に戻ったとしても、お主が殺した者は現れぬ。それは、その子が証明しておるではないか』

 どす黒い長剣から、無慈悲にもその事実が告げられる。確かに、時間を戻したのにもかかわらず、白羽の魂は失われたままだったのだ。

「くっ……じゃあどうすれば!?」

 最早、どうにもならない。絶望的な状況だった。

『じゃがのう。それは、この箱の庭でのルール・・・・・・・・じゃ。本当の世界に行けば、関係は無くなるのぅ』
「そ、それはどういうことだ!?」
『簡単な話じゃ。本当の世界で過去に戻れば、そこにその子はおるはずじゃのう』
「!?」

 それは、衝撃的なことだった。本当だとすれば、また白羽に出会うことができる。だが、その白羽は、白羽でも別の白羽ではないかと、黒栖は考えてしまう。

『愚かじゃのぅ。嘆かわしいのぅ。その子も、元は本当の世界から派生した存在じゃ。つまり、全ての元となったその子が、本当の世界にいるということじゃ。じゃがどのみち、それ以外にお主がその子と会う方法は残されておらぬのぅ』
「……」

 その言葉を聞いて、黒栖は葛藤をした。それを受け入れてしまえば、目の前の白羽を裏切ってしまう気がしたからだ。

『時間もあまりない、方法だけ教える故、聞くのじゃ。今のままでは、そもそも本当の世界に戻った際に力は失われるじゃろう。じゃがお主が今の体を捨て、デスハザードとして生きるのであれば、力を使えるはずじゃ』

 つまりそれは、黒栖として生きていくことを諦めるのと同義だった。デスハザードとして、生きていかなければならない。

『肝心なその方法は、儂をお主の心臓に突き刺せばよい。残りの調整は儂が行おう。どうせ、儂も消える定めじゃからな。全てをかけて必ず成し遂げよう。じゃが、実行するかどうかはお主に任せるぞ』
「……」

 黒栖は、選択を迫られていた。黒栖として、普通の生活に戻るか、それとも、デスハザードとして、普通には戻れない生活に身を置くかだ。

 そんな悩んでいる黒栖を見つめる白羽は、何かを悟ったのか、唐突に黒栖を抱きしめる。

「白羽?」

 これまで自主的な行動は消極的だっただけに、黒栖は驚く、そして暫く抱き合って距離を離すと、白羽はこんな言葉を呟いた。

「黒栖君、生きて。あなたを愛してる」
「……白羽」

 その瞬間だけ、まるで白羽の魂が復活したように感じられ、黒栖の心の奥から何かがこみあげてくる。だが、時間は無慈悲にも待ってはくれない。

「なっ!?」

 黒栖以外の全てが、淡い光を発し始めたのだ。

『ぬう。選択するならば今が最後じゃ。黒栖よ。その肉体で生きるのか、それとデスハザードとして生きるのか、決断するのじゃ』
「俺は……」

 どす黒い長剣の言葉に、黒栖は思考し、一瞬白羽の顔を見ると、決断を下した。

「俺は――」


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