027 どす黒い長剣

 白羽が気を失うとそれに合わせたかのように、残りの球体が消滅する。そしてその場に残されたのは、あのどす黒い長剣だけだった。

「クソッ、どうすれば」

 黒栖は白羽を抱きかかえながら、いったいどうなってしまうのかという、漠然ばくぜんとした不安にさいなまれる。だがそこに、突然何者かの声が、黒栖の脳内へと響き渡った。

『悲しいのぅ、悲しいのぅ。役目を奪われるとは、初めて・・・の事じゃのう』
「だ、誰だ!」

 聞えて来た老人のような声に、黒栖は誰何すいかして周囲を見渡す。だが、当然その声の人物は存在しない。

『お主の目の前におるであろう。嘆かわしいのぅ』
「……もしかして、この剣が喋っているのか?」

 黒栖の目の前といえば、あのどす黒い長剣しか存在していない。しかし、黒栖の問いかけに、老人の声は答える。

如何いかにも。ようやく気がついたのか、愚かしいのぅ』

 そうは言っているが、老人の声、どす黒い長剣は、嬉しそうに声を上げた。

「そうだ、そんな事よりも、白羽はいったいどうなったのか教えてくれ」
『そんな事じゃとっ!? 儂が話しかけた事がどれだけ凄い事なのか、お主は理解しておらんようじゃな! 並行世界の中・・・・・・でも、儂が話しかけたのはこの世界だけじゃぞ! 実に嘆かわしいのぅ、悲しいのぅ』

 どす黒い長剣は黒栖が思っていたよりも、面倒くさい存在のようであり、ねたような雰囲気がひしひしとただよって来る。

「凄い事はわかった。だが、こちらも緊急事態なんだ。どうか頼むから白羽の事を教えてくれ」
『むぅ……そこまで言うのなら、仕方がないのぅ。よかろう、教えよう。その娘は、覚醒エネルギーでコーティングされた能力を吸収した。ここまではお主もわかっているであろう?』
「ああ」

 どす黒い長剣が言うように、そこまでは黒栖も理解していた。しかし、知りたいのはその先だ。どす黒い長剣も、それを察して再び話し始める。

「じゃが、その娘には覚醒エネルギーを使用する能力がない。つまり、獲得した能力を維持する事も、安定化させる事も出来ぬ」
「おいっ! それって!」

 黒栖は思わず声を上げた。それでは白羽の命が危ないのではないかと、そう思ったからだ。しかし、それをどす黒い長剣がたしなめる。

「落ち着け小僧、その娘は大丈夫じゃ。維持できぬ能力は既に霧散むさんしておるわ。問題は、その娘の記憶が覚醒エネルギーによって、本来儂が解放つはずのものが既に解かれているという事じゃ」
「どういうことだ」
「つまり、記憶が解放された影響で、一時的に気を失っているだけじゃ。時間が経てば、目を覚ますであろう」
「そうか」

 それを聞いて、黒栖は安堵あんどした。しかし、話はそこで終わってはいない。むしろ、始まりといっても過言ではなかった。

『さて、お主が安心したところで、本題に入ろうかの』
「ん?」
『何を呆けておるか、儂がわざわざ出てきたのは、親切にその事を教える為ではない。儂の役目が球体ごときに奪われてしまったからじゃ。実に嘆かわしいのぅ』
「そうか」

 黒栖としては、早く帰って白羽をベッドに寝かせたいという気持ちだったが、どす黒い長剣からすれば、それで終われるはずがない。

『そうか、ではない! よく聞くのじゃ、様々な状況が重なり、このような事になってしまったのは、この世界が初めてだと最初に言ったであろう。お主がその娘に能力を選ばせた事、娘が自ら能力を欲した事、球体がそれに反応し、尚且つ儂が解放するはずの記憶に、球体を包む覚醒エネルギーが反応した事、そしてお主が直前に間に入った事で、一瞬だが安定化してしまった事が原因なのじゃ』
「なるほど」

 他の並行世界と比べても、自分と同じ状況が無かったという事には黒栖も驚いたが、なってしまった事は仕方がないとも思っていた。しかし、能力が得られなかった事が、今後課題だと黒栖は思考する。

『お主、どうでもいいという顔をしておるな。そもそも、無限に広がる並行世界で、何故お主が初めてなのか、知りたくはないのか?』
「ん? ああ、そうだな。気にはなるな」

 どす黒い長剣は、思ったよりも喋りたがりだった。というのも、黒栖は知らない事だったが、こうして喋る事は、どす黒い長剣としても初めての事だったからだ。故に、早く帰りたがっている黒栖をどうにかして引き留めたかった。

『よかろう、そこまで聞きたいと申すのならば、教えて進ぜよう!』
「いや、そこまで聞きたいというほどでもない。それよりも白羽が心配だ」
「ま、待て! 儂が悪かった。聞いてほしいのは儂の方じゃった! きっと損はしない、むしろ、ここで帰ればお主は後悔する事となるぞ!」
「どういうことだ?」

 黒栖の言葉に、慌ててそう言い返すどす黒い長剣だったが、黒栖の関心が向いた事で息をく。

『ふぅ、聞いてくれるか、実はのう、この並行世界は、広がる大きさに限界があるのじゃ。つまり、無限に広がる事は無い。そしてここまでへと至る前に、数多くの並行世界が脱落していく。詰まる所、お主かその娘が死んだ世界じゃ。故に、お主の現状が初めというのは、そもそも並行世界がもう残り少ないという事でもある』
「そうか」

 だからどうしたと言わんばかりに、黒栖はそっけなくそう答えた。

『むむむ、つまりじゃな、お主の戦いも終わりが近いという事じゃ』
「それは本当か!」
『お主、現金なやつじゃな。嘆かわしいのぅ』

 呆れたようにどす黒い長剣は言うが、黒栖はそれどころではない。この終わりが見えなかった地獄が、もう少しで終わるという言葉に反応しないわけがなかった。

「どうすればこの戦いは終わるんだ!」
『む? お主、知らぬか? 終わる為には、――を――のじゃ』
「え? もう一度言ってくれ」
『じゃから、――を――のじゃ』

 何かに邪魔をされているかのように、どす黒い長剣の言葉が黒栖には、ノイズにしか聞こえない。

「おい、聞こえないぞ! どうやったら終わるんだ!」
『落ち着け、むむむ、どうやらあの方・・・は、それを教えてはならぬと、そう判断したようじゃのう。残念じゃのぅ』
「クソッ! そいつは俺を苦しめてそんなに楽しいのか!」

 黒栖が感情を高ぶらせて叫ぶ。そう叫ばずにはいられなかった。

『それはちょっと違うのぅ。あの方は苦痛だけを与える方ではないからのぅ』
「どういう事だ! それにあの方というのは誰なんだ!」
『む、あの方とは、いわゆると呼ばれておる存在じゃよ。それよりも、少しは冷静にならぬか』
「――神……だとッ。それについて詳しく教えてくれ!」

 今まで知る事すらできなかった存在の情報に、黒栖はようやく一歩近づく。

『……よかろう、話せる限り教えよう。しかし、話しても良いのじゃろうか?』
「いいから教えてくれ!」
『ふむ、そこまで言うのならば、教えて進ぜよう』

 だが、それを知るという事が何をもたらすのか、黒栖はこの時、知るよしもなかった。


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