028 戦う理由

『あの方は、試練を司っておる。それによる報酬が、先か後かの違いはあるがの』
「それはどういう……」

 どす黒い長剣が話す内容に、黒栖はとてつもない嫌な予感がしていた。試練と報酬。では、この地獄のような現状とは――

『お主も気がついたであろう。そうじゃ、お主の戦いは試練なのじゃ。それも、大層な報酬を前払いで受け取っておる』
「――ッ」

 黒栖は言葉に詰まる。この状況が、もしかしたら自ら望んで招いた事なのではないかと、そう思ったからだ。
 だとすれば、滑稽こっけいとしか言いようがない。記憶が無いのも、それが関係しているのかもしれなかった。

『それに加え、どうやらあの方は、お主に更なる試練を与えておるようじゃ。今回の異界からの復讐者もしかり、そして、これから・・・・与えられる試練もじゃ』
「え?」

 今言われた言葉に、黒栖は一瞬思考が追いつかない。聞き間違いでなければ、これからまた試練が与えられるというのだ。

『愚かじゃのぅ。僅かとはいえこうも簡単に、あの方の情報を得たのじゃ。代償が必要であろう。しかし乗り越えれば、それに見合った褒美を得られるはずじゃ』
「……ははっ」

 黒栖は自らの過ちに苦笑する。確かに、このような都合の良い事が続くはずがなかったと。そもそも、この戦いを試練と称して与えた存在が、生易しいはずがない。

『そう落ち込むではない。と言っても無理であろうな。儂も明確な忠告はできなかったのじゃ』
「……そうか」

 どこか申し訳なそうに、どす黒い長剣はそう口にする。黒栖はそれに対して、そっけない返事しかできない。これからの事を考えれば、不安で胸が張り裂けそうだったからだ。

『むむむ、じゃが、儂がまだこの場にいるという事は、今回の報酬に値するものを、お主が受け取っておらぬという証拠じゃ。これかの試練をどうこうする事はできぬが、乗り越える可能性を少しでも上げてやろう』
「え?」

 その瞬間、どす黒い長剣が光ったかと思えば、黒栖の中に何かが流れ込んでくる感覚が生じる。覚醒エネルギーに似たそれは、黒栖の内に眠る、閉ざされた扉の鎖をいくつか弾き飛ばした。

『あとは、お主次第じゃ。試練を乗り越えられるよう、心を強く持つのじゃぞ』

 どす黒い長剣が満足そうに言葉を口にすると、次第に透明になっていく。黒栖はそれ見て今更ながら、どす黒い長剣の名前を聞いていなかった事を思い出す。せめて、最後くらい聞かなければいけない気がしたのだ。

「助かった。それと今更だが、名前はなんていうんだ?」
『本当に、今更じゃのう……儂に名などありはせんわい。あえて言うのならば、お主の両腕と近い存在じゃ。あの方に生み出された。下僕じゃよ』
「それはいったい」
『さてのう……ちと、話し過ぎたようじゃな……さらばじゃ』
「お、おいッ!」

 最後に重要そうな事を言うと、どす黒い長剣はその場から消え去った。残されたのは、黒栖と気を失った白羽だけであり、終息を確認したのか、隔離空間が解除される。

「ッ!?」

 元居た商店街で、再び時が動き出す。黒栖は気を失った白羽を受け止める。当然、周囲から視線が集まった。

「どうしたんだ?」
「救急車呼んだ方が……」

 次第に騒がしくなってくる状況に、黒栖はたまったものではないと、白羽を抱きかかえ、全ての手荷物を難なく腕に通すと、その場から駆け出して人の気配の無い路地裏の奥へと入り込む。

 そして、視線無い事を確認すると、転移でその場から消え去った。すると、それと同時に、複数人の男が現れる。

「こんなところに可愛い子連れ込んで何をするんだ? 俺達のも混ぜてくれよ! ……あれ?」
「あいつらどこに行った?」
「ここって行き止まりだよな?」

 黒栖が転移した事など気がつくはずもなく、男達はしばらく間抜けにも、黒栖と白羽を探し続けるのだった。

 ◆

「これでよし」

 白羽の自宅に戻ってくると、気を失っている白羽をベッドに寝かせ、とりあえず一息をつく。想像以上にハードな一日だったと、黒栖はそう思ったのだ。実際死にかけたのも事実であり、少々溜息を吐きつつ、黒栖はソファへと腰を下ろした。しかし、それでもゆっくりしていられるはずもなく、今後の試練に備えて、黒栖は思考を巡らす。

 今回の出来事も試練だというのであれば、次回の試練も、命の危険はかなりのものだと考えられた。だとすれば、少しでも勝率を上げる為に、新しく覚えた能力、次元の略奪者デメンションスナッチの使い方を練習しておいた方が良いのではないかと、黒栖は一瞬そう判断をする。しかし、そこである事が頭を過った。

 相手がデスハザードであった場合、次元の略奪者ディメンションスナッチは効果が薄いのではないかと。
 そもそも、次元の略奪者ディメンションスナッチは使った感触からして、直接相手を攻撃するものではない。相手の所持品を奪ったり、魔法や飛び道具などの間接攻撃を、相手に跳ね返すようなカウンター技だった。故に、物理攻撃主体のデスハザードには相性が悪い。
そんな風に思考を巡らせていると、次元の略奪者ディメンションスナッチ繋がりで、黒栖は不意にある事を思い出す。

「……正義の味方か」

 それはあの時に聞こえた、自分に似た声の持ち主が喋っていた内容。デスハザードが正義の味方だという、信じられないものだ。

「そんなわけないだろ……」

 咄嗟とっさに、黒栖はそんな事を口にする。デスハザードとしてやってきた事を思えば、正義という言葉が、ここまで似合わない者もいないだろうと思ったからだ。

 おそらく、あの声は過去の自分なのだろうと、黒栖はそう考える。しかし、過去の自分と比べ、だいぶ性格が違うような気がしてならなかった。自分はあそこまで明るく喋る事はできないと、黒栖はつい思ってしまう。本当にあれが自分なのか、その事については結局分かるはずもない。

 白羽に出会ってから今までの事を繋げると、おそらく自分は白羽の幼馴染であり、自分も含めて白羽は記憶を失っている。そして、報酬を前払いで受け取り、試練にという名の地獄に落とされた。知りえた情報は繋がったものの、逆にそれしか分かっていないとも言える。決定づけるには、まだ何かが足りない。

「黒栖君……」

 黒栖が悩んでいるそんな時、いつの間にか目を覚ました白羽が、黒栖の目の前に現れた。


目次に戻る▶▶

ブックマーク
0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA