026 戦いのあと

「黒栖君ッ!」
「白羽……」

 ゴタロウに勝利したものの、黒栖が重症という事実には変わらず、急いで駆け寄った白羽が、黒栖の上半身を支えるように抱きしめる。

「どうしよう、どうすれば」

 白羽は未だに流れ続ける黒栖の出血を見て、動揺をあらわにした。このままでは黒栖が死んでしまうと。

「白羽、自由に生きてくれ。俺の事は忘れろ……」
「いやッ! そんなのは絶対に認めないッ! きっと助かる、助かるから諦めないで!」

 強く抱きしめる白羽の言葉が、黒栖にはぼんやりと聞こえ始めていた。こうして白羽に抱きしめられながら死ぬのも、悪くはないのかもしれないと、黒栖は思う。

 これでいい。黒栖は自分が死ねば、この地獄から白羽だけは解放されるはずだと、そう考えていた。全ての元凶が消え去ることが、正解なのだと。

「白羽、最後に手を握ってくれ……」
「いやっ、最後だなんて言わないで! 私は黒栖君に生きてほしいだけなの!」

 否定しながらも、白羽はひとみから大粒の涙をこぼし、黒栖の手を右手で強く握る。黒栖はそれに対して、満足そうにやさしい笑みを浮かべた。

「白羽に会えてよかった……」

 黒栖は、最後の力でそう呟く。命のともしびがゆっくりと消え始め、失われる直後、それは起こる。

「え?」

 黄金の光が、黒栖と白羽を包んでいた。渦のように流れる光は、幻想的に見える。

「これは……」
「黒栖君!」

 か細い声だが、確かに黒栖はそう言葉を発した。白羽はそれを聞いて、咄嗟に黒栖へと声をかける。だが、次の光景を目の当たりにして、二人は言葉を失う。

「え?」
「傷が……」

 周囲を飛び交う黄金の光が、黒栖に吸い込まれていくと同時に、負傷した個所が逆再生のように治っていく。そして、黄金の光が全て吸い込まれた頃には、黒栖の負った傷は元通りに完治していた。

「いったい何が……?」

 黒栖は自らの力で上半身を起き上がらせると、そんな疑問を口にする。おそらく、あの黄金の光は覚醒エネルギーだろうとは思っていた。
 しかし、その光りに傷を癒す力があるとは知らなかったのだ。そもそも、黒栖はいままで、これほどの重傷を負ったことがなかった。

 故に、元々覚醒エネルギーを得る時に、重傷を直す力があるのか、それとも今回が特別なのかという判断がつかない。しかし、結果として生き残れたという事に、黒栖は安堵する。死の直前はそれが最良だと思っていたが、白羽の涙を思い出すと、それが間違いだったという事に気がつく。

「黒栖君ッ!」
「白羽」

 こうして自分の名前を呼んで、抱きしめるあたたかい存在。白羽を一人にしてしまう方が、残酷なのだと。

 その後、しばらくして白羽が落ち着くと、ようやく気になっていたものに近づく事ができた。

「黒栖君、この剣って、それにこの球体は?」
「ああ、この剣はあいつが持っていた物だな。それと球体は、俺にも分からない」

 二人の目の前には、あのどす黒い長剣が地面から僅かに浮遊し、長剣の柄を上にして直立している。そして、長剣の柄の前には、色様々な球体が四つ浮遊していた。左から、青、緑、黄、赤である。

 今までにない状況に、二人が戸惑っていると、突如として黒栖の脳内に、情報が流れ込む。

「これは……そういうことか」
「黒栖君?」
「どうやら、この中の一つから力を得ることができるらしい」

 驚く事に、目の前の球体は、ゴタロウが使っていた能力の、いずれかであるようだった。青がアイテムボックス、緑が存在感知、黄が身体強化、最後に赤が火魔法だ。

「それって」
「ああ、報酬のようで、そうではない」

 四つの内の一つという事は、それぞれの並行世界で、違う能力を新たに得た黒栖が生まれる。つまり、今後の殺し合いがより苛烈かれつを極めるという事だった。
 しかしだからといって、なにも選ばないというのは愚考ぐこうが過ぎる。

「黒栖君……」

 すると、何かを感じ取ったのか、不安そうに白羽が黒栖の手を握った。それを見て、黒栖は自分にかつを入れる。これではいけないと。

「大丈夫だ。何があっても、白羽を守ってみせる。それに、殺される気は全くないからな」
「うん……」

 黒栖はそう言葉を口にするが、それでも白羽は心配を拭いきれない。今回のように、また死にかけてしまうのではないかと。

 そんな心配をし続ける白羽に、黒栖は思考する。どうすれば、白羽のうれいを少しでも晴らす事ができるのだろうかと。そして、ある一つの案を思いつく。

「白羽、なら白羽がこの中から選んでくれ」
「え?」

 当然の反応だった。何故そうなるのかと、白羽は不思議でならない。

「今の俺では、白羽の憂いを晴らすことはできそうにない。だからこそ、選んでほしいんだ。白羽の選んだ能力が、未来の俺を救う」
「っ――わ、わかった。じゃあ、選ぶね」

 黒栖にそこまで言われて、白羽は尻込みするわけにはいかなかった。心の支えになるはずが、こんな事ではいけないと。それに、自分が選んだ能力が、黒栖を救うという事に、少なからず嬉しい気持ちがあったのも事実だった。今まで、何もできなかった自分が、間接的に黒栖の力になれるのだと。

 だからこそ、白羽は思ってしまった。自分が能力を得て、黒栖を直接助けたいと。

「これがいいと思う」

 白羽が指差して選んだ能力、火の魔法を宿した球体はその瞬間、白羽を目がけて勢いよく飛ぶ。

「白羽! なっ!?」
「――え」

 黒栖が咄嗟に白羽と球体の間に入ったが、黒栖の身体をすり抜け、白羽の体内へと透過するように吸い込まれていった。そして、それと同時に、白羽は意識を失う。

「白羽!!」

 白羽を受け止めた黒栖はそう叫ぶが、その声に白羽が答えることは無かった。


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