黒栖と白羽は、お互いに死んでほしくないと思っている。確かな絆が生まれた瞬間だった。
しかし、それをあざ笑うかの如く、それは起こる。
前兆。それは黒栖をデスハザードとして、異世界に呼び寄せるもの。
「……どうやら、行かなければならないようだ」
「え?」
黒栖は今回の前兆で、これが異世界なのか、それとも並行世界なのかを感じ取れるようになっていた。
そして今回は、異世界である。つまり、全く知らない人物を殺さなくてはいけないという事だ。
「おそらく、一瞬で戻ってくると思う。どんなに時が経っても、戻って来た時は殆ど時間が経っていないんだ」
「ま、待って!」
黒須の言葉に思わず白羽が引き留めるが、これは止まるようなものではない。
黒栖は今までにない、どこか晴れ晴れとした気持ちで、その場から消え去った。
◆
目の前に広がるのは、砂漠地帯だった。肌を焼くような暑さに、砂丘しかなく代わり映えのしない景色が続く。
黒栖は、デスハザードとしてその場所に現れる。姿はいつも通り、真っ黒な軍服と口元まで隠す軍服コート、両目を覆う特徴的な白い単眼模様のした黒い布だ。
「な、なにが起こった!? ミュレイとハーベストはどこにいった!?」
「落ち着いてゴタロウ! どうやら何者かによって隔離されたみたいだわ!」
そう声を上げたのは、茶髪のツンツン頭に、どこか悪戯好きに見える少年と、褐色の肌に銀髪のショートヘア、赤い瞳をした耳の尖った少女だ。
デスハザードは本来ならば気がつかれる前か、驚愕している隙に彼女の背後から奇襲をするのが常套手段だったが、心境の変化だろうか、動かずにいた。
並行世界とは違い、今回は精神が強制安定させられ、罪悪感などは無い。それでも、騎士道精神ではないが、殺すならばその前に、最低限彼女を守らせる準備くらいはさせようと思ったのだ。
「だ、誰だお前! 邪神の使徒か!?」
「待ってゴタロウ! あれは危険、私の真実の瞳でも能力が確認できない!」
「嘘だろ!?」
デスハザードはゆっくりと二人に近づく、邪神の使徒とは言い得て妙だが、毎回似たような言葉を聞くので、驚きはしない。そして、ある程度近づくと、決まり台詞を吐く。
「俺の名はデスハザード。お前の彼女を殺す者だ!」
「何っ!?」
その瞬間、デスハザードがその場から消える。
「えっ……?」
少女の身体は、デスハザードの抜き手により、あっけなく貫かれた。
「エルファ!」
「受け取れ」
少年に向け、デスハザードは少女を投げ渡す。
「ゴタロウ……にげ……て」
「エルファ? おい、エルファ! 嘘だろ! ふざけんなぁああ!!」
少女が最後の言葉と共に命を落とす。その瞬間、少年は怒りの咆哮を上げ、黄金の光が溢れだした。
「覚醒したか……」
デスハザードが少年の覚醒を確認すると、左手を前に突きだし、その余波から覚醒エネルギーを吸収する。
「てめぇはゆるさねぇ! エルファの仇だ! ぶち殺してやるッ!」
少年が怒りと共に、デスハザードに迫った。その力は、デスハザードでも苦戦を免れない。
しかし、現実は残酷である。
「すまないな。時間切れだ」
「なんだとっ!?」
少年の抜いた剣先が届く前に、デスハザードはその言葉を残して消え去った。この世界に、もうデスハザードは存在しない。
少年の復讐は不可能となったのだ。
◆
「狭間君!」
「あ、ああ……」
黒栖は、元の世界に戻って来た。顔色は悪く、罪悪感と後悔の念に駆られる。
異世界の彼女を殺害した後は、毎回そうなってしまう。
自殺を考えた日もあったが、それは禁止されているのか、行動が阻まれる。更には、消耗した精神も、徐々に回復していく始末だった。それでいて、完全には回復しない辺り、そこに悪意を感じてしまう。
そんな黒栖の様子に、白羽が心配そうに近づくと、やさしく抱きしめて、安心させるように背を撫でる。
「何も言わなくていいから。大丈夫だよ」
「―っ、すまない……」
突然の出来事に黒栖は驚くが、まるで、今まで縛りつけていた鎖が解けるかのように、黒栖は思わず涙を流してそう言葉に出す。
抑え込んでいた感情。何度後悔しようとも、決して逃れられぬ地獄。
誰ともかかわらず、不幸でいなくてはいけないと、自分に言い聞かせてきた。
だから、黒栖は知らなかったのだ。人から与えられるやさしさ、ぬくもりを。
暫くして、黒栖は落ち着きを取り戻した。その途端に恥ずかしくなったが、白羽はそれを見て微笑むばかりだ。
「……たすかった」
「うん」
黒栖はお礼を言うが、白羽と視線を合わせることができない。
罪が無くなる事はないだろう。それでも、黒栖の心は救われた。
故に、黒栖は決断をする。
「デスハザードは、目標者が二人いる時に現れる。だから……もう俺に関わらないでくれ」
「え?」
実際には分からない。離れていても現れるかもしれない。並行世界での殺し合いは、いくつも例外があった。
しかし、そうじゃないかもしれない。白羽の安全を少しでも考えるのならば、一緒にいない方が良いのだ。
「白羽に会えてよかった」
「待って――」
最後とばかりに、黒栖は白羽の下の名前を呼んで、その場から転移する。
これからは遠くから見守ろうと、そう決意しながら。
コメントを残す