006 知ってほしい想い

 どうしたものだろうかと、黒栖は溜息が出そうになる。
 現在、黒栖の自宅には白羽がいた。部屋をキョロキョロと見渡しながらも、緊張した面持ちでベッドに腰かけている。

 黒栖といえば、椅子に座り両手を膝に置く姿勢は、まるで就職面接を控えた者のようだ。
 すると、その緊張に耐えられなくなったのか、白羽が話を切り出す。

「あ、あの、狭間君。一昨日の件について、何か知っているのなら、教えてほしいのだけど……」
「あ、ああ」

 やはりその質問が来たかと、黒栖は身構える。今後の事を考えれば、知らない方が危険だと判断していた。しかし、問題はそれを知って、白羽がどう思うかだ。
 拒絶された場合、守ることが多少なりとも困難になってしまう。

 だがそうだとしても、それはそれで仕方がない。自分がしてきた事を考えれば、拒絶されない方が難しいのではないかと、黒栖はそう思っている。その事を理解した上で言うしかなかった。

荒唐無稽こうとうむけいだと思うかもしれないが、どうか冷静に聞いてくれ。俺は、狭間黒栖であると同時に、デスハザードでもあるんだ」

 黒栖は言い終わると、気を張りながらも反応を待つ。そして、ゆっくりと白羽の口が開かれる。

「そんな気がしていたわ」

 白羽の言葉は、それだけだった。そこに拒絶の意思は感じられず、あるのは納得したというものだ。

「お、俺がデスハザードなんだが、怖くは無いのか?」

 予想外の返答だった為、思わず黒栖はそう聞き返してしまう。

「もちろん。怖いって気持ちもあるけれど、それ以上に、嬉しいの」
「嬉しい?」
「うん。だって、デスハザードは、彼が作ったキャラクターだもの」
「彼……」

 黒栖は彼という人物に対し、昨夜の並行世界の事を思い出す。
 並行世界の白羽は、まるで彼が黒栖であるかのように言っていた。更に、『また会えたのに』と最後に言葉を残している。

 もしかしたら、彼というのは自分の事であり、白羽は何らかの理由でその事を忘れているのではないかと、そんな答えが導き出された。
 しかし、だとすれば、何故そんな超常的な現象が起こっているのだろうと疑問に思う。

 自分と言う存在、失った白羽の記憶、そして、並行世界での殺し合い。
 まるで、誰か・・の手によって、用意されているとしか思えなかった。

「狭間君、大丈夫?」
「あ、ああ大丈夫だ。それより、その彼について詳しく教えてくれないか?」
「う、うん。いいけど」

 黒栖は彼について白羽にたずねる。彼という人物を知る事で、自分の考えがより現実味が増すからだ。
 しかし、結果は予想と違い、かんばしくはない。

「彼は……あれ、名前……彼の名前は……思い出せない。どうして? 顔も、思い出も……彼は私の幼馴染で、彼はデスハザードを作った。けど、どうして私はあの町を離れたんだっけ? 何かとても悲しいことがあって……それで……」
「もういい、思い出すな!」
「――え? 私はいったい……」

 白羽は黒栖の思った通り、記憶を無くしているようだった。
 それも、無理に思い出そうとすれば、何か取り返しのつかない事になりそうな予感がし、これ以上彼についての記憶を呼び起こす話題は控えるしかない。
 だとすれば、並行世界の白羽が言った内容についても、話さない方がいいと、黒栖は判断をする。

 そうすると後話さなければならない事は、デスハザードの行っている事についてだった。
 異世界の彼女ヒロインを殺しているという事実。それは、言い逃れのできない罪である。
 しかし、それを黙って騙し続けるなど、それこそ許されるはずがない。

「最後に聞いてほしい事がある」
「……うん」

 その雰囲気に何かを感じ取ったのか、白羽も落ち着きを取り戻し、真剣に黒栖へと向き合う。

 黒栖は言葉を出すのを躊躇ためらいそうになるが、自分をなんとか鼓舞し、デスハザードとしてこれまで行ってきた事を話し始める。

「俺は、デスハザードとして、これまで異世界の彼女ヒロインを幾人も殺してきた。それが、与えられた役割だったからだ」
「……」

 白羽は黙ってそれを聞いていた。黒栖は一度深呼吸をすると、続きを話す。

「目的は、それによってその異世界にいる主人公格の者を覚醒させ、その余波から覚醒エネルギーを手に入れるためだ。今までは、覚醒エネルギーの使い道など知らなかったが、どうやらこの世界、黒栖の肉体でデスハザードの能力を使用する為に必要らしい」

 そこまで話し終わると、黒栖はまるで自分の本当の役割は、並行世界の自分と殺し合うことではないのかと思ってしまう。
 いや、実際そうなのだろうと、確信してしまった。

 だとすれば、わざわざ異世界で覚醒エネルギーを集めさせる理由。他人からしか手に入らないという事に対して、底意地が悪いと、黒栖はそう思ってしまう。

「あの、それはいったい、にさせられているの?」
「それは……」

 白羽の質問に、黒栖は黙ってしまう。誰にさせられているのか、その事は今まで黒栖がずっと考えてきた事だ。
 何故そのような事をさせるのか、それによってその者は、何の特があるのだろうかと。
 しかし、その答えは結局分からず仕舞いだ。

「神、としか言いようがない。分からないんだ」

 そう答えるのが精一杯だった。
 すると、それを聞いた白羽は、一瞬思考したかと思えば、驚くことを口にする。

「……ねえ狭間君、今朝私を抱きしめたのを覚えている?」
「あ、ああ、もちろん」

 突然の事に黒栖は一驚いっきょうするが、何とか返事をした。

「あの時、狭間君はとても悲しそうだった。何かを失った、救えなかったって感じがしたの。でも、今ならその理由が分かる。狭間君は、を殺したんだよね?」
「なっ!? いや……だが……」

 その答えに行きついた白羽に対し、黒栖は動揺を隠せない。あの時デスハザードとして自ら手を下した訳ではないが、死なせた理由は自分にある。そう考えると、白羽を殺したのは誰だと聞かれれば、それは自分だと黒栖は答えるだろう。

 現に白羽にそう尋ねられ、黒栖は自己嫌悪と心苦しさなどの感情が入り混じる。

「そんな顔をしないで。私はね、それでよかったと思っているの」
「な、何故だっ! 自分が殺されたんだぞ!」

 思わず黒栖は椅子から立ち上がった。
 罵倒してほしかった、何故殺したのかと。拒絶され、憎しみを向けられることで、楽になりたかったのだ。
 しかし、そうはならなかった。

「だって、そのおかげで、狭間君が死なずに済んだのだから」
「何を言って……」
「それにね、自分の命が惜しいだけの人は、きっとあんな悲しそうな顔はできないと思う」
「――っ」

 何故この人はそのような事が言えるのだろうと、黒栖は不思議でならない。

「私って、まるで偽善者みたいね。きれいな言葉だけ並べて、自分を良い人みたいに見せているみたい。でも、これは私の本心なの。狭間君を見ているとね、何故だかとても心配になる。だから、どうか生きていてほしい。そう思ってしまうの」
「……」

 その言葉を聞いて、黒栖は理解した。
 欠如けつじょした記憶の中にいる幼馴染と、目の前にいる黒栖を、白羽は重ねて見ているのではないのだろうかと。

 黒栖はもしかしたら、その幼馴染は自分なのではないかと、そう思っている。
 だがそれでも、どこか心の奥底に、その幼馴染に対して嫉妬してしまう自分がいた。

 過去に何かあることは確実であり、だからこそ自分がここにいるのだろうと、黒栖は思う。しかし、その幼馴染だった頃の記憶など、黒栖には一切なく、別人だと言っても過言ではない。

 それでも、そうだとしても、黒栖は今白羽に対して、これだけは言わなければならなかった。

「……ありがとう」
「どういたしまして」

 若干涙ぐむ黒栖の言葉に、白羽は満足したのか、微笑んでそう返事をしたのだった。


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