『あの方は、試練を司っておる。それによる報酬が、先か後かの違いはあるがの』
「それはどういう……」
どす黒い長剣が話す内容に、黒栖はとてつもない嫌な予感がしていた。試練と報酬。では、この地獄のような現状とは――
『お主も気がついたであろう。そうじゃ、お主の戦いは試練なのじゃ。それも、大層な報酬を前払いで受け取っておる』
「――ッ」
黒栖は言葉に詰まる。この状況が、もしかしたら自ら望んで招いた事なのではないかと、そう思ったからだ。
だとすれば、滑稽としか言いようがない。記憶が無いのも、それが関係しているのかもしれなかった。
『それに加え、どうやらあの方は、お主に更なる試練を与えておるようじゃ。今回の異界からの復讐者も然り、そして、これから与えられる試練もじゃ』
「え?」
今言われた言葉に、黒栖は一瞬思考が追いつかない。聞き間違いでなければ、これからまた試練が与えられるというのだ。
『愚かじゃのぅ。僅かとはいえこうも簡単に、あの方の情報を得たのじゃ。代償が必要であろう。しかし乗り越えれば、それに見合った褒美を得られるはずじゃ』
「……ははっ」
黒栖は自らの過ちに苦笑する。確かに、このような都合の良い事が続くはずがなかったと。そもそも、この戦いを試練と称して与えた存在が、生易しいはずがない。
『そう落ち込むではない。と言っても無理であろうな。儂も明確な忠告はできなかったのじゃ』
「……そうか」
どこか申し訳なそうに、どす黒い長剣はそう口にする。黒栖はそれに対して、そっけない返事しかできない。これからの事を考えれば、不安で胸が張り裂けそうだったからだ。
『むむむ、じゃが、儂がまだこの場にいるという事は、今回の報酬に値するものを、お主が受け取っておらぬという証拠じゃ。これかの試練をどうこうする事はできぬが、乗り越える可能性を少しでも上げてやろう』
「え?」
その瞬間、どす黒い長剣が光ったかと思えば、黒栖の中に何かが流れ込んでくる感覚が生じる。覚醒エネルギーに似たそれは、黒栖の内に眠る、閉ざされた扉の鎖をいくつか弾き飛ばした。
『あとは、お主次第じゃ。試練を乗り越えられるよう、心を強く持つのじゃぞ』
どす黒い長剣が満足そうに言葉を口にすると、次第に透明になっていく。黒栖はそれ見て今更ながら、どす黒い長剣の名前を聞いていなかった事を思い出す。せめて、最後くらい聞かなければいけない気がしたのだ。
「助かった。それと今更だが、名前はなんていうんだ?」
『本当に、今更じゃのう……儂に名などありはせんわい。あえて言うのならば、お主の両腕と近い存在じゃ。あの方に生み出された。下僕じゃよ』
「それはいったい」
『さてのう……ちと、話し過ぎたようじゃな……さらばじゃ』
「お、おいッ!」
最後に重要そうな事を言うと、どす黒い長剣はその場から消え去った。残されたのは、黒栖と気を失った白羽だけであり、終息を確認したのか、隔離空間が解除される。
「ッ!?」
元居た商店街で、再び時が動き出す。黒栖は気を失った白羽を受け止める。当然、周囲から視線が集まった。
「どうしたんだ?」
「救急車呼んだ方が……」
次第に騒がしくなってくる状況に、黒栖はたまったものではないと、白羽を抱きかかえ、全ての手荷物を難なく腕に通すと、その場から駆け出して人の気配の無い路地裏の奥へと入り込む。
そして、視線は無い事を確認すると、転移でその場から消え去った。すると、それと同時に、複数人の男が現れる。
「こんなところに可愛い子連れ込んで何をするんだ? 俺達のも混ぜてくれよ! ……あれ?」
「あいつらどこに行った?」
「ここって行き止まりだよな?」
黒栖が転移した事など気がつくはずもなく、男達はしばらく間抜けにも、黒栖と白羽を探し続けるのだった。
◆
「これでよし」
白羽の自宅に戻ってくると、気を失っている白羽をベッドに寝かせ、とりあえず一息をつく。想像以上にハードな一日だったと、黒栖はそう思ったのだ。実際死にかけたのも事実であり、少々溜息を吐きつつ、黒栖はソファへと腰を下ろした。しかし、それでもゆっくりしていられるはずもなく、今後の試練に備えて、黒栖は思考を巡らす。
今回の出来事も試練だというのであれば、次回の試練も、命の危険はかなりのものだと考えられた。だとすれば、少しでも勝率を上げる為に、新しく覚えた能力、次元の略奪者の使い方を練習しておいた方が良いのではないかと、黒栖は一瞬そう判断をする。しかし、そこである事が頭を過った。
相手がデスハザードであった場合、次元の略奪者は効果が薄いのではないかと。
そもそも、次元の略奪者は使った感触からして、直接相手を攻撃するものではない。相手の所持品を奪ったり、魔法や飛び道具などの間接攻撃を、相手に跳ね返すようなカウンター技だった。故に、物理攻撃主体のデスハザードには相性が悪い。
そんな風に思考を巡らせていると、次元の略奪者繋がりで、黒栖は不意にある事を思い出す。
「……正義の味方か」
それはあの時に聞こえた、自分に似た声の持ち主が喋っていた内容。デスハザードが正義の味方だという、信じられないものだ。
「そんなわけないだろ……」
咄嗟に、黒栖はそんな事を口にする。デスハザードとしてやってきた事を思えば、正義という言葉が、ここまで似合わない者もいないだろうと思ったからだ。
おそらく、あの声は過去の自分なのだろうと、黒栖はそう考える。しかし、過去の自分と比べ、だいぶ性格が違うような気がしてならなかった。自分はあそこまで明るく喋る事はできないと、黒栖はつい思ってしまう。本当にあれが自分なのか、その事については結局分かるはずもない。
白羽に出会ってから今までの事を繋げると、おそらく自分は白羽の幼馴染であり、自分も含めて白羽は記憶を失っている。そして、報酬を前払いで受け取り、試練にという名の地獄に落とされた。知りえた情報は繋がったものの、逆にそれしか分かっていないとも言える。決定づけるには、まだ何かが足りない。
「黒栖君……」
黒栖が悩んでいるそんな時、いつの間にか目を覚ました白羽が、黒栖の目の前に現れた。
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