029 繋がった記憶

「白羽、もう大丈夫なのか!」

 黒栖はソファから立ち上がり、白羽と向き合う。すると黒栖は、白羽の様子がいつもとはどこか違うような、そんな違和感がした。

「黒栖君……あなたは本当に黒栖君なの?」
「え?」

 白羽が問い掛けてきた内容は、そんな突拍子もないもの。しかし、黒栖には白羽の言いたい事が理解できてしまう。つまり、白羽の思い出した・・・・・記憶の中にいる幼馴染と、同一人物なのかという質問だ。

「それは、わからない。そうなのかもしれないし、白羽の知っている人物とは別人なのかもしれない」

 黒栖は正直にそう答える。白羽が記憶を取り戻したというのは、どす黒い長剣から聞き及んでいた。故に、黒栖は何が起きても対処できるよう、覚悟だけは済ませていたのだ。
 しかし、それでも不安には変わりない。白羽に見限られてしまったらどうしようという思いが、今も黒栖の心の中でこみ上げてくる。

 そんな緊張の中で白羽が、長い様で短い沈黙からようやく動き出し、言葉を口にした。

「確かに黒栖君は、私の幼馴染とは別人だと思う。彼はとても明るかったから」
「っ、そうか……」

 黒栖はまるで心臓を鷲掴みされたかのように、言葉に詰まってしまう。だが、白羽の言葉はまだ終わってはいない。ゆっくりと再び口を開く。

「けどね、それでいいと思うの。私が愛しているのは、目の前にいる黒栖君だから」
「し、白羽っ!?」

 その直後、白羽は黒栖に抱きついた。背に回される両手は、今まで以上に強く感じられるものだ。そして、白羽の瞳からは大粒の涙が零れる。

「でも、別人かもしれないけれど、確かに同じところもあるの。集中すると周りが見えなくなるところや、鈍感なところ、それに、天然で優しいところも、彼と同じなんだよ。だから、黒栖君は、彼とは違うけれど、確かに彼でもあるの」

 矛盾しているような話だったが、それが真実であると黒栖にはしっかりと伝わった。自分は黒栖であり、黒栖ではない。しかし、確かに白羽の幼馴染である記憶は、心の内に眠っているのだ。故にだからだろか、白羽の次の言葉を、黒栖は受け止める事ができた。

「だからね、私は、黒栖君に言わなければいけない事があるの。私のせい・・・・で死なせてごめんなさい。そして、また貴方と出会うことができた。私は、記憶を失っても、同じ人をまた好きになれた。こんなに幸せなことはないんだよ」
「白羽……」

 黒栖はそれを聞いて、白羽を抱き返す。そして気がつけば、白羽と唇を重ねていた。数多くの並行世界が辿り着くことのできなかった中間地点。解放は未だに遠いが、この奇跡に今だけはと、ひとときの幸せを二人は強く噛みしめるのだった。

「つまり、俺の死因は交通事故か」
「うん……」

 あれからしばらくして、落ち着いた二人は情報を共有する事にしていた。
 黒栖からは白羽が気を失ってからの事であり、白羽からは思い出した記憶についての事である。

 そして白羽の記憶を聞くと、どうやら全てを思い出した訳ではなく、記憶の一部だけのようだった。しかしそれによって、白羽の幼馴染の名前が、黒栖と同姓同名であり、容姿もそっくりである事や、死因・・までもが判明する。

 そう、過去の黒栖は死亡していた。それも、どうやら白羽がその日に呼び出した事が原因であり、その道中に過去の黒栖は、路上で交通事故に遭ってしまったのだ。

 更に呼び出した理由が、白羽の愛の告白を受けいれるのであれば、手紙に書かれた場所まで来てほしいというものだった。つまり、その道中だったという事は、過去の黒栖と白羽は両想いだったという事になる。同じ自分だと思いつつも、黒栖はつい嫉妬心が芽生えてしまった。だが、今はそんな時ではないと、その嫉妬心を振り払い、聞いた話を纏める。

「それで、今ここにこうして生きているという事は、この地獄のような試練における報酬の先払い、つまり、デスハザードの力を得て蘇ったという事がそうなんだろうな……」

 白羽の記憶と自分の得た情報を繋げた結果、黒栖はようやく自分の戦う理由を知った。皮肉な事に、蘇った命を守るためとはいえ、同じ条件である並行世界の自分自身を殺さなければいけない。この試練を考えた神は、人格が破綻はたんしているとしか思えなかった。

 そして何よりも、どうして白羽が巻き込まれているのだという、強い怒りが込み上がってくるのだ。仮にこの状況を楽しんで白羽を巻き込んだのであれば、そこには悪意しか感じられない。だがそんな黒栖を白羽は察したのか、なだめるように声をかける。

「黒栖君、きっと私の事で怒っているんだよね。その気持ちは嬉しいけど、私は今幸せだよ。こんな事にならなければ、また黒栖君に会う事もできなかったと思うの。だから落ち着いて」
「……ああ、すまない」

 黒栖は自分でも熱くなり過ぎていたと、息を吐きだしてそう答えた。しかし、気を落ち着かせようと思っていたところで、それは再び乱される。

「ねえ、お願いがあるのだけど」
「ん? なんだ?」

 頬を赤く染めて言う白羽は、どこかいつもより魅惑的みわくてきに見えた。そして次の言葉に、黒栖は思わず言葉を失う。

「今日はね、同じベッドで寝てほしいの」
「え?」

 それは、恋愛に対して鈍いと言える黒栖の心をかき乱すには、十分すぎるものだった。


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