019 最悪の呼び出し

 教室に入ってからしばらく、黒栖の周囲は大変騒がしかった。

 というのも、以前金魚の糞のごとくつきまとってきた者たちと、旺斗を見限って黒栖に鞍替えしようとした者たちが、黒栖に媚びを売って来たのだ。
 最早、旺斗のクラスカースとは地に落ちている。

 しかし、それに対して黒栖といえば、とても面倒だとしか思ってはいない。
 学校に通っているのも、白羽のためでしかなかった。
 故に、殺気を薄く周囲へと飛ばし、クラスメイトたちを遠ざける。

 まるで蜘蛛の子を散らすかように、黒栖から離れたクラスメイトたちは息を呑みながらも、どうにかして黒栖の派閥に入りたいと考えていた。

 だが、黒栖の近くはまるで不可侵領域となっており、下心でその領域へと足を踏み入れると、先ほど以上の殺気が襲って来るので、容易には近づく事が出来ない。

 ならばと、白羽を通して派閥入りを狙う者もいたが、白羽に軽くあしらわれてしまう。
 それでも強引に進めようとする者は、当然、黒栖より殺気を飛ばされたのである。

 黒栖としても、白羽の交友関係まで口出しをする気は無かったが、それ以外の強引に下心で近づく者は例外だった。
 それでも、自分のせいで白羽に面倒ごとが舞い込んできている状況に、黒栖は申し訳なく思ってしまう。しかし、だからといって、白羽を一人にする事はできない。
 故にできる事といえば、自分からはなるべく白羽には近づかず、白羽の自由意思に任せる事だった。

 そうして、逃げだした旺斗が教室に戻ってくる事がないまま、授業が始まる。誰もその時の事を話さず、教師は珍しいこともあるものだなと、溜息交じりにそう言っていた。
 授業は何事もない、平和な時間である。当たり前の光景だが、黒栖にはとても大事なものだった。できれば、もう殺し合いなどはしたくはない。このまま、普通の高校生として、過ごしていたいと思ってしまう。

 いつ終わるのか分からない地獄。自分が何故その役目を負ったのか、誰からそれを与えられたのだろうかと、黒栖はつい考えてしまう。だが、それを知ることはできない。
 ただ、終わりが来るまで殺し合い、白羽を守り切る。ただそれだけ。シンプル故に、残酷だった。
 
 次は、黒栖の番である。
 デスハザードとして、並行世界の白羽を殺さなければいけない。

 その事を考えると、黒栖は恐怖に押し潰されそうだった。
 前回、並行世界の白羽は自殺をしたが、今回もそうだとは限らない。
 殺さなければいけないのだ。自分のためにも、そして、白羽のためにも。

 それは、矛盾。守らなければいけない人物を、殺さなければいけないという。
 白羽に対する想いが、日々大きくなっている。そうなればそうなるほど、苦しさが増していく。
 最後まで自分でいられるのか、平常心を保っていられるのか、黒栖は不安になって来る。
 平和な授業、望んだ平穏、目の前で行われている教師の話す内容が、そのまま通り過ぎて行く。

 黒栖が平穏に過ごせる事はない。
 逃れない運命に、翻弄ほんろうされる。
 そして、待っていたとばかりに、知らせるのだ。

「くそっ……」

 黒栖は小さくそうつぶやく。
 今感じているもの、それは、並行世界に呼び出されている感覚。デスハザードとして、白羽を殺さなければいけない時が、到頭とうとうやって来たのだ。

「狭間、どこに行く! 今は授業中だぞ!」

 叫ぶ教師の声など、黒栖の耳に入るはずもなく、そのまま教室を出た。並行世界に行く瞬間を見られるわけにはいかない。
 例え一瞬で戻ってくるとしても、能力が露見ろけんするような面倒は、避けなければいけなかった。

 すると、背後から白羽が席を立つ気配を黒栖は感じたが、今ばかりはそれを無視して、人のいない場所へと行かなければいけない。
 並行世界に呼ばれるまでの時間は、決して多くは無いのだから。

 それでも、片目だけは視界を飛ばし、白羽の監視は怠らなかった。後は移動するだけであり、黒栖は廊下を走る。身体能力にものをいわせて向かうのは、学校の屋上だ。あっという間に辿り着いたその場所は、当然ドアには鍵がかかっている。だが、黒栖の狙いは屋上に出る事ではない。
 屋上のドアがあるスペースは無人であり、授業中である現在、人が寄り付かないのだ。

 そうして、黒栖が壁に寄りかかると、自然と両手が震え始めた。不安と恐怖、絶望が迫ってきている。

「やるしかない、やるしかないんだ……」

 自分にそう言い訳するように、黒栖は鼓舞こぶし続けた。
 時間切れも可能だが、黒栖はそれを経験したことが無い。何が起こるのか不明なのだ。

 試すようなことをして、それこそ、自分の世界にいる白羽が死ぬようなことに繋がったら、目も当てられない。
 だからこそ白羽のために、白羽を殺せと、自分自身に言い続けるしかないのだ。

 そして、その時が来た。
 一瞬にして黒栖の視界は闇に包まれ、並行世界へと呼び出される。


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