教室に入ってからしばらく、黒栖の周囲は大変騒がしかった。
というのも、以前金魚の糞の如くつきまとってきた者たちと、旺斗を見限って黒栖に鞍替えしようとした者たちが、黒栖に媚びを売って来たのだ。
最早、旺斗のクラスカースとは地に落ちている。
しかし、それに対して黒栖といえば、とても面倒だとしか思ってはいない。
学校に通っているのも、白羽のためでしかなかった。
故に、殺気を薄く周囲へと飛ばし、クラスメイトたちを遠ざける。
まるで蜘蛛の子を散らすかように、黒栖から離れたクラスメイトたちは息を呑みながらも、どうにかして黒栖の派閥に入りたいと考えていた。
だが、黒栖の近くはまるで不可侵領域となっており、下心でその領域へと足を踏み入れると、先ほど以上の殺気が襲って来るので、容易には近づく事が出来ない。
ならばと、白羽を通して派閥入りを狙う者もいたが、白羽に軽くあしらわれてしまう。
それでも強引に進めようとする者は、当然、黒栖より殺気を飛ばされたのである。
黒栖としても、白羽の交友関係まで口出しをする気は無かったが、それ以外の強引に下心で近づく者は例外だった。
それでも、自分のせいで白羽に面倒ごとが舞い込んできている状況に、黒栖は申し訳なく思ってしまう。しかし、だからといって、白羽を一人にする事はできない。
故にできる事といえば、自分からはなるべく白羽には近づかず、白羽の自由意思に任せる事だった。
そうして、逃げだした旺斗が教室に戻ってくる事がないまま、授業が始まる。誰もその時の事を話さず、教師は珍しいこともあるものだなと、溜息交じりにそう言っていた。
授業は何事もない、平和な時間である。当たり前の光景だが、黒栖にはとても大事なものだった。できれば、もう殺し合いなどはしたくはない。このまま、普通の高校生として、過ごしていたいと思ってしまう。
いつ終わるのか分からない地獄。自分が何故その役目を負ったのか、誰からそれを与えられたのだろうかと、黒栖はつい考えてしまう。だが、それを知ることはできない。
ただ、終わりが来るまで殺し合い、白羽を守り切る。ただそれだけ。シンプル故に、残酷だった。
次は、黒栖の番である。
デスハザードとして、並行世界の白羽を殺さなければいけない。
その事を考えると、黒栖は恐怖に押し潰されそうだった。
前回、並行世界の白羽は自殺をしたが、今回もそうだとは限らない。
殺さなければいけないのだ。自分のためにも、そして、白羽のためにも。
それは、矛盾。守らなければいけない人物を、殺さなければいけないという。
白羽に対する想いが、日々大きくなっている。そうなればそうなるほど、苦しさが増していく。
最後まで自分でいられるのか、平常心を保っていられるのか、黒栖は不安になって来る。
平和な授業、望んだ平穏、目の前で行われている教師の話す内容が、そのまま通り過ぎて行く。
黒栖が平穏に過ごせる事はない。
逃れない運命に、翻弄される。
そして、待っていたとばかりに、知らせるのだ。
「くそっ……」
黒栖は小さくそう呟く。
今感じているもの、それは、並行世界に呼び出されている感覚。デスハザードとして、白羽を殺さなければいけない時が、到頭やって来たのだ。
「狭間、どこに行く! 今は授業中だぞ!」
叫ぶ教師の声など、黒栖の耳に入るはずもなく、そのまま教室を出た。並行世界に行く瞬間を見られるわけにはいかない。
例え一瞬で戻ってくるとしても、能力が露見するような面倒は、避けなければいけなかった。
すると、背後から白羽が席を立つ気配を黒栖は感じたが、今ばかりはそれを無視して、人のいない場所へと行かなければいけない。
並行世界に呼ばれるまでの時間は、決して多くは無いのだから。
それでも、片目だけは視界を飛ばし、白羽の監視は怠らなかった。後は移動するだけであり、黒栖は廊下を走る。身体能力にものをいわせて向かうのは、学校の屋上だ。あっという間に辿り着いたその場所は、当然ドアには鍵がかかっている。だが、黒栖の狙いは屋上に出る事ではない。
屋上のドアがあるスペースは無人であり、授業中である現在、人が寄り付かないのだ。
そうして、黒栖が壁に寄りかかると、自然と両手が震え始めた。不安と恐怖、絶望が迫ってきている。
「やるしかない、やるしかないんだ……」
自分にそう言い訳するように、黒栖は鼓舞し続けた。
時間切れも可能だが、黒栖はそれを経験したことが無い。何が起こるのか不明なのだ。
試すようなことをして、それこそ、自分の世界にいる白羽が死ぬようなことに繋がったら、目も当てられない。
だからこそ白羽のために、白羽を殺せと、自分自身に言い続けるしかないのだ。
そして、その時が来た。
一瞬にして黒栖の視界は闇に包まれ、並行世界へと呼び出される。
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