020 それぞれの覚悟

 デスハザードとしては、二度目となる並行世界。
 その場所は河川敷であり、川を越えれば、すぐそこは隣町である。

 目の前には当然、並行世界の黒栖と白羽がいた。既に疲弊ひへいしきっているのか、並行世界の黒栖の息は荒く、まるで先ほどまで戦っていたようにも見える。しかし、そんな事は関係ないと、デスハザードはあの台詞を口にした。

「「俺の名はデスハザード、お前の彼女ヒロインを殺す者だ! ……ん?」」

 二重に聞こえた自分の声に、デスハザードは疑問を覚えると共に、声のした右側に視線を動かす。

「「!?」」

 そこにいたのは、自分と同じ存在、デスハザードだった。
 そう、今回、黒栖一人に対して、デスハザードが二人。これ以上ない有利な状況だった。

「くそっ……これが罰だっていうのか……」
「黒栖君……」

 並行世界の黒栖は、苦虫を噛み潰したようにそう言って、不安そうにしている白羽の手を握り絞める。
 それに対してデスハザードは、黒栖の言う罰とやらがなんなのか、とても気になった。それは当然もう一人のデスハザード、――仮に自分をデスハザードA、もう一人をデスハザードBと呼称する――も気になったようだ。

「何故俺が二人も現れた?」
「罰とは何だ?」

 二人のデスハザードが黒栖に疑問を投げかけるが、相手の黒栖はそれに答えるどころか、そのまま転移で白羽と共に逃げだした。

「チッ!」
「逃がすか!」

 追うように、デスハザードA、Bも転移する。だが、追いつく頃には再び黒栖が転移するので、何度も転移が繰り返された。

 どうやら並行世界の黒栖は、能力値を時空魔法にほとんど振り分けているらしく、デスハザードでは追いつけそうにはない。しかし、白羽も転移させている事から、消費している覚醒エネルギーの量は凄まじく、そう長続きするはずもなかった。逃走劇は、あっけなく幕を閉じる。

「どうすれば? どうすればいいんだ!」

 ようやくデスハザードA、Bが追いつくと、そこは並行世界で最初にいた場所、河川敷だった。その終着点に着いた途端、黒栖は頭を抱えると、嘆くように叫び始める。覚醒エネルギーを使い果たしてしまった黒栖には、最早戦う力は残されてはいない。それどころか、身体がまるで麻痺したかのうように、まともには動けなくなっているようだった。

「黒栖君……」
「白羽?」

 そんな黒栖に白羽が寄り添うと、その背中を優しく包み込むように、ゆっくりと抱きしめた。その瞳には悲しみと共に、強い決意が満ちている。

「黒栖君、私は十分に幸せだったよ。だから私の事は忘れて、これからはどうか好きに生きて」
「し、白羽!」

 その言葉と共に黒栖から離れた白羽は、二人のデスハザードの前に立ち、まるで黒栖を守るかのように両腕を広げた。
 殺すならば絶好の機会だが、並行世界とはいえ、デスハザードAは白羽を殺せそうにはない。あれほど自分に言い聞かせたのにもかかわらず、両手が震えるのだ。嫌な汗が滲み、呼吸も荒くなる。
 やはりここは、先に並行世界の黒栖から殺そうかと、逃げるようにそう思考し始めた時だった――

「あっ……」
「なっ!?」
「白羽ぁあああ!!」

 デスハザードBが、白羽の心臓を正面から貫いた。その右腕は、白羽の血で赤く染まる。

「く、ろす……く……」

 最後に黒栖の名を呼ぶ白羽。だが、デスハザードBの腕が無残にも抜き取られると同時に、その生命は失われた。地に倒れる白羽が、もう動くことは無い。

「くそがぁあああ!! ふざけんな! ふざけるな! 殺してや――」

 その瞬間、並行世界の黒栖の首が飛ぶ。手を下したのは、白羽を殺したばかりである人物、デスハザードBだった。

「俺には、俺には覚醒エネルギーが必要なんだよ」
「!?」

 そして、次に狙われたのは、デスハザードAだ。突然振り下ろされた手刀を、咄嗟に受け止める。

「お前の覚醒エネルギーも寄越せ」
「なんなんだお前は! 何故白羽を殺せる!」

 それが不思議でならなかった。同じ存在だというのに、何故白羽を殺すことができたのか。それがどうしても知りたかったのだ。

「自分の世界にいる白羽が大事だからに決まっている。その為ならば、俺は並行世界の白羽をも殺す!」
「くそっ、そういうことか」

 その理由に、デスハザードAは納得してしまった。それを決意するだけの何かがあったのかもしれないと、そう思ってしまう。しかしだからと言って、そのまま殺される訳にもいかなかった。

 同じデスハザードである以上、能力値に違いはない。ならば、どこに違いが出るのか、それは、心の持ちよう。決意の大きさだ。しかし、そう考えた場合、明らかにデスハザードBの方が、その強さは上である。実際、デスハザードBが繰り出した手刀が、デスハザードAにはやけに重く感じられた。

 だが、永遠に感じられるような状況に水を差すかのごとく、並行世界の黒栖が覚醒エネルギーの光となって、二人のデスハザードに流れ込む。その量は均等であり、どちらが殺しても関係ないようだった。

「そいつは俺の覚醒エネルギーだ! 寄越せ!」
「それは無理な相談だ。それに、どうやら時間切れのようだぞ」
「なにっ――」

 危うくデスハザード同士の殺し合いとなるところで、時間切れになる。
 デスハザードA、Bは、それぞれ元の世界と帰還した。

 ◆

「はぁ……」

 戻ってきて早々に、黒栖は壁に背に座り込むと、大きなため息を吐く。
 結果的に勝利はしたものの、今回、自分は何もしていなかったと、そう思ったのだ。
 あの中で、覚悟が一番なかったのも自分だろうと、黒栖は思いつめる。いずれ、自分の世界にいる白羽が、殺されてしまうのではないかという、不安もあった。

 デスハザードが二人同時に現れる可能性、そして、白羽を殺す事をいとわない存在。
 このままではいけないと、黒栖は思考し始める。だが、そんな都合よく案など、浮かぶはずもない。
 そんな思いつめた空気の中、一人の人物が現れる。

「黒栖君、大丈夫?」
「し、白羽……」

 それは、白羽であった。あの時教室を出た黒栖を見て、どうやら追ってきたようであり、ここまで急いだのか、多少息を上げている。

「また、行って来たんだよね?」
「……ああ」

 白羽の問いかけに、そう口にした黒栖の言葉は、重く、どこか傷心しているようにも感じられた。
 その言葉を聞いた白羽は、ゆっくりと黒栖に近づくと、その隣に腰かける。

「大丈夫、私はずっと、黒栖君の側いるから」

 そう言って、白羽は隣にある黒栖の左手を、自身の右手で握った。

「――っ」

 黒栖は何も言えない。分かってはいる。自分の為にそう言ってくれるのだと。だが、もし自分が守り切れなかったとしたら、今回並行世界で殺された白羽のように、自分自身を盾にしてしまうのではないかと、そう思ってしまう。

 そんな黒栖を見ていられなくなったのか、白羽は黒栖をなぐさめるかのように声をかけると、行動に移す。

「黒栖君、私はね、確かに守られてばかりだけれど、少しでも黒栖君の助けになりたい。だから、こういう事もできるの」
「えっ?」

 白羽はそう言うと、黒栖を自分の方へとゆっくり倒れるように、両手で支えながらうながした。それに最初は驚く黒栖だったが、自然とそれを受け入れる。
 そうして、そのまま黒栖の頭は、白羽の膝の上に置かれた。そう、膝枕である。

「悩んで息詰まったら、きっと黒栖君は余計に自分を追いつめちゃうと思うの。今だってそうだよ。だから、そんなときは私を頼って。一人で考えるだけじゃ、苦しいだけだよ。それに、そんな黒栖君を見ていると、私も苦しい。けど、黒栖君はそれでも私を頼ってくれないから、こんな事をしちゃうんだよ」

 白羽はやさしく黒栖へとべると、黒栖の頭をゆっくりと左手で撫でた。その行動には、母性が感じられる。

「……すまなかった」

 黒栖は完全に納得した訳では無かったが、白羽の想いに対して、素直にそう謝った。しかし、それを白羽は見透かす。

「む、分かってない気がする。けど、だったらまたこういう事しちゃうからね」
「そ、そうか」
「うん」

 そんなやり取りをしているうちに、いつの間にか黒栖は無自覚にも、その心を落ち着かせるのだった。

 繰り返される悪夢のような出来事、挫けそうになるほどの絶望。しかし、それでも諦めるわけにはいかない。足掻き続け、最後には自由を手に入れてみせると、黒栖は、何度目になるか分からない決意を、改めて強く心に刻み込んだ。


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