デスハザードとしては、二度目となる並行世界。
その場所は河川敷であり、川を越えれば、すぐそこは隣町である。
目の前には当然、並行世界の黒栖と白羽がいた。既に疲弊しきっているのか、並行世界の黒栖の息は荒く、まるで先ほどまで戦っていたようにも見える。しかし、そんな事は関係ないと、デスハザードはあの台詞を口にした。
「「俺の名はデスハザード、お前の彼女を殺す者だ! ……ん?」」
二重に聞こえた自分の声に、デスハザードは疑問を覚えると共に、声のした右側に視線を動かす。
「「!?」」
そこにいたのは、自分と同じ存在、デスハザードだった。
そう、今回、黒栖一人に対して、デスハザードが二人。これ以上ない有利な状況だった。
「くそっ……これが罰だっていうのか……」
「黒栖君……」
並行世界の黒栖は、苦虫を噛み潰したようにそう言って、不安そうにしている白羽の手を握り絞める。
それに対してデスハザードは、黒栖の言う罰とやらがなんなのか、とても気になった。それは当然もう一人のデスハザード、――仮に自分をデスハザードA、もう一人をデスハザードBと呼称する――も気になったようだ。
「何故俺が二人も現れた?」
「罰とは何だ?」
二人のデスハザードが黒栖に疑問を投げかけるが、相手の黒栖はそれに答えるどころか、そのまま転移で白羽と共に逃げだした。
「チッ!」
「逃がすか!」
追うように、デスハザードA、Bも転移する。だが、追いつく頃には再び黒栖が転移するので、何度も転移が繰り返された。
どうやら並行世界の黒栖は、能力値を時空魔法にほとんど振り分けているらしく、デスハザードでは追いつけそうにはない。しかし、白羽も転移させている事から、消費している覚醒エネルギーの量は凄まじく、そう長続きするはずもなかった。逃走劇は、あっけなく幕を閉じる。
「どうすれば? どうすればいいんだ!」
ようやくデスハザードA、Bが追いつくと、そこは並行世界で最初にいた場所、河川敷だった。その終着点に着いた途端、黒栖は頭を抱えると、嘆くように叫び始める。覚醒エネルギーを使い果たしてしまった黒栖には、最早戦う力は残されてはいない。それどころか、身体がまるで麻痺したかのうように、まともには動けなくなっているようだった。
「黒栖君……」
「白羽?」
そんな黒栖に白羽が寄り添うと、その背中を優しく包み込むように、ゆっくりと抱きしめた。その瞳には悲しみと共に、強い決意が満ちている。
「黒栖君、私は十分に幸せだったよ。だから私の事は忘れて、これからはどうか好きに生きて」
「し、白羽!」
その言葉と共に黒栖から離れた白羽は、二人のデスハザードの前に立ち、まるで黒栖を守るかのように両腕を広げた。
殺すならば絶好の機会だが、並行世界とはいえ、デスハザードAは白羽を殺せそうにはない。あれほど自分に言い聞かせたのにも拘らず、両手が震えるのだ。嫌な汗が滲み、呼吸も荒くなる。
やはりここは、先に並行世界の黒栖から殺そうかと、逃げるようにそう思考し始めた時だった――
「あっ……」
「なっ!?」
「白羽ぁあああ!!」
デスハザードBが、白羽の心臓を正面から貫いた。その右腕は、白羽の血で赤く染まる。
「く、ろす……く……」
最後に黒栖の名を呼ぶ白羽。だが、デスハザードBの腕が無残にも抜き取られると同時に、その生命は失われた。地に倒れる白羽が、もう動くことは無い。
「くそがぁあああ!! ふざけんな! ふざけるな! 殺してや――」
その瞬間、並行世界の黒栖の首が飛ぶ。手を下したのは、白羽を殺したばかりである人物、デスハザードBだった。
「俺には、俺には覚醒エネルギーが必要なんだよ」
「!?」
そして、次に狙われたのは、デスハザードAだ。突然振り下ろされた手刀を、咄嗟に受け止める。
「お前の覚醒エネルギーも寄越せ」
「なんなんだお前は! 何故白羽を殺せる!」
それが不思議でならなかった。同じ存在だというのに、何故白羽を殺すことができたのか。それがどうしても知りたかったのだ。
「自分の世界にいる白羽が大事だからに決まっている。その為ならば、俺は並行世界の白羽をも殺す!」
「くそっ、そういうことか」
その理由に、デスハザードAは納得してしまった。それを決意するだけの何かがあったのかもしれないと、そう思ってしまう。しかしだからと言って、そのまま殺される訳にもいかなかった。
同じデスハザードである以上、能力値に違いはない。ならば、どこに違いが出るのか、それは、心の持ちよう。決意の大きさだ。しかし、そう考えた場合、明らかにデスハザードBの方が、その強さは上である。実際、デスハザードBが繰り出した手刀が、デスハザードAにはやけに重く感じられた。
だが、永遠に感じられるような状況に水を差すかの如く、並行世界の黒栖が覚醒エネルギーの光となって、二人のデスハザードに流れ込む。その量は均等であり、どちらが殺しても関係ないようだった。
「そいつは俺の覚醒エネルギーだ! 寄越せ!」
「それは無理な相談だ。それに、どうやら時間切れのようだぞ」
「なにっ――」
危うくデスハザード同士の殺し合いとなるところで、時間切れになる。
デスハザードA、Bは、それぞれ元の世界と帰還した。
◆
「はぁ……」
戻ってきて早々に、黒栖は壁に背に座り込むと、大きなため息を吐く。
結果的に勝利はしたものの、今回、自分は何もしていなかったと、そう思ったのだ。
あの中で、覚悟が一番なかったのも自分だろうと、黒栖は思いつめる。いずれ、自分の世界にいる白羽が、殺されてしまうのではないかという、不安もあった。
デスハザードが二人同時に現れる可能性、そして、白羽を殺す事をいとわない存在。
このままではいけないと、黒栖は思考し始める。だが、そんな都合よく案など、浮かぶはずもない。
そんな思いつめた空気の中、一人の人物が現れる。
「黒栖君、大丈夫?」
「し、白羽……」
それは、白羽であった。あの時教室を出た黒栖を見て、どうやら追ってきたようであり、ここまで急いだのか、多少息を上げている。
「また、行って来たんだよね?」
「……ああ」
白羽の問いかけに、そう口にした黒栖の言葉は、重く、どこか傷心しているようにも感じられた。
その言葉を聞いた白羽は、ゆっくりと黒栖に近づくと、その隣に腰かける。
「大丈夫、私はずっと、黒栖君の側いるから」
そう言って、白羽は隣にある黒栖の左手を、自身の右手で握った。
「――っ」
黒栖は何も言えない。分かってはいる。自分の為にそう言ってくれるのだと。だが、もし自分が守り切れなかったとしたら、今回並行世界で殺された白羽のように、自分自身を盾にしてしまうのではないかと、そう思ってしまう。
そんな黒栖を見ていられなくなったのか、白羽は黒栖を慰めるかのように声をかけると、行動に移す。
「黒栖君、私はね、確かに守られてばかりだけれど、少しでも黒栖君の助けになりたい。だから、こういう事もできるの」
「えっ?」
白羽はそう言うと、黒栖を自分の方へとゆっくり倒れるように、両手で支えながら促した。それに最初は驚く黒栖だったが、自然とそれを受け入れる。
そうして、そのまま黒栖の頭は、白羽の膝の上に置かれた。そう、膝枕である。
「悩んで息詰まったら、きっと黒栖君は余計に自分を追いつめちゃうと思うの。今だってそうだよ。だから、そんなときは私を頼って。一人で考えるだけじゃ、苦しいだけだよ。それに、そんな黒栖君を見ていると、私も苦しい。けど、黒栖君はそれでも私を頼ってくれないから、こんな事をしちゃうんだよ」
白羽はやさしく黒栖へと述べると、黒栖の頭をゆっくりと左手で撫でた。その行動には、母性が感じられる。
「……すまなかった」
黒栖は完全に納得した訳では無かったが、白羽の想いに対して、素直にそう謝った。しかし、それを白羽は見透かす。
「む、分かってない気がする。けど、だったらまたこういう事しちゃうからね」
「そ、そうか」
「うん」
そんなやり取りをしているうちに、いつの間にか黒栖は無自覚にも、その心を落ち着かせるのだった。
繰り返される悪夢のような出来事、挫けそうになるほどの絶望。しかし、それでも諦めるわけにはいかない。足掻き続け、最後には自由を手に入れてみせると、黒栖は、何度目になるか分からない決意を、改めて強く心に刻み込んだ。
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