007 中学校までの道中

「凛也先輩……瑠理香を、よろしくお願いします」
「ああ、任せておけ」

 心配そうな表情を浮かべる夢香ちゃんに、俺は親指を立てて答える。

「凛也君、あいつらに見つかったら逃げることよりも、臨機応変に対応するようにね?」

 鬱実は心配しているのか、そうじゃないのか表情からは分かりづらい。

 基本的に無表情が多いやつだ。

 しかし、長年の経験から心配していることを理解した。

「そうだな。そうしてみるよ」

 褐色の少女の時にも思ったが、少女たちの身体能力は高そうだ。

 逃げても、追いつかれる可能性が高い。

 また逃げることで機嫌を損ね、対話が不可能になる方が問題だ。

 鬱実の助言は、意外にも的を射ている。

 さて、そろそろ行くか。

 準備を終えた俺は瑠理香ちゃんを助けに行くため、秘密基地の梯子に向かう。

 まあ、準備と言っても手荷物は無いし、変わった点はブレザーを脱いでいるだけだ。

 下手に荷物を持つよりも、身軽になることを選択した。

「凛也君、いってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」

 最後に聞こえた鬱実の声に答えて、俺は梯子を上る。

 ここからが、勝負所だ。

 俺が梯子を登りきると、入り口が自動的に締まる。

 おそらく、鬱実が閉めたのだろう。

 周囲を見渡すが、少女の姿はない。

 そのことに安堵すると、頭を切り替える。 

 中学校は、高校の西側だ。

 現在位置から考えると、南西になる。

 予想では15分ほどだが、なるべく急いでいこう。

 もちろん細心の注意を払いつつ、俺は山を下っていく。

 元々人の少ない場所には、少女はあまりいないのかもしれない。

 裏山は静かなものだった。

 あっという間に山を下り終え、公道に出る。

 周囲の住宅も静かではあるが、鬱実が中に人の気配がすると言っていたことを思い出す。

 それが息をひそめている住民なのか、それとも少女になってしまっているのかは定かではない。

 最悪の状況を考え、俺は気配を消しながら移動を開始する。

 といっても、ある程度開けた場所なので、見つかるときは見つかってしまうだろう。

 よし、何とか住宅エリアは抜けた。

 今進んでいるルートは、住宅エリアを西に抜けそのまま進み、中学校に近づいたら南下する予定だ。

 難所としては、今抜けた住宅エリア、次の公園エリア、そして最後に団地エリアになる。

 ちなみに公園を南下していくと、商店街だ。

 さすがにお昼時なので、商店街は危険すぎる。

 普段ここら辺に来ないから、若干の不安があった。

 公園を外側から迂回しよう。この時間帯でも人がいる可能性がある。

 丁度公園の周囲を沿う形で茂みのような植物が続いているので、俺は見つからないよう屈みながら進む。

 ちらりと公園内を覗けば、やはり人影があった。

 背丈から見ると、女子大生くらいだろうか?

 どうやらベンチで日向ぼっこしているらしく、こちらには気が付いていない。

 よし、今なら問題なさそうだ。

 俺はそのまま公園を無事に通過した。

 思ったよりも、少女たちが少ない。

 もっと町中溢れていると思っていただけに、拍子抜けだった。

 案外余裕か? いや、油断するな。こういう油断こそ危ない。

 元々この時間帯では、ここら辺に人が少なかっただけだろう。

 駅周辺やショッピング施設がある場所なら、時間も関係なく、少女たちが溢れているだろうと予測する。

 そもそも、高校にはたくさん少女たちがいた。

 なら時間帯によっては、この公園にも少女たちが集まってくるに違いない。

 今後は、そういうことも予想して行動したほうがよさそうだ。

 そんなことを考えながら、俺は団地エリアにやってくる。

 ここらへんには団地が乱立しており、たくさんの人が住んでいることが分かっていた。

 つまり少女たちとの遭遇率は、かなり高い。

 最初に通った住宅エリアと同じように、団地内に籠っていることを祈るしかないな。

 ここで馬鹿正直に団地の前を通るわけにはいかない。

 俺は団地の裏側へと移動する。

 そこは芝生となっており、木と茂みが続いていた。

 茂みの中に身を隠しながら行けば、大丈夫か?

 小学生の頃、かくれんぼでこうした茂みに隠れたことを思い出す。

 そういえば、あの時は誰も見つけてくれず、最後には俺を見つけることを諦めて帰られたことがあったな……。

 悲しい過去が脳裏によぎったが、俺は直ぐに思考を引き戻し、茂みの中に入っていく。

 やはり、小学生の時とは違って完全に隠れることはできそうにない。

 それと枝が邪魔で、進む速度が速いとは言えなかった。

 これは、判断を間違えたか? いや、普通に道を歩くよりは見つかり辛いはずだ。

 俺はゆっくりと先へと進んでいく。

 だがこの時、俺はあることを見落としていた。

 それは、団地には様々な人間が住んでおり、十二時に昼食を摂るとは限らないということだ。

「あらぁ? そこにいるのは、弟くんかしらぁ?」
「――ッ!?」

 声のする方に視線を向ければ、そこには黒髪ロングで、無き黒子が特徴的な大学生くらいの女性がいた。 

 先ほど公園で見かけた女生と同一人物に見える。

 しかし少女と同様に、女性もある程度同一の姿になってしまうのだろう。

 つまり、この女性は先ほど公園で日向ぼっこしていた女生とは別人だ。

「そんなところにいたら、お洋服が汚れちゃうわよ? そうだ! お風呂入っていかない? お姉ちゃんが洗ってあげるから、おいで?」

 微笑みながら、俺を誘う女性。

 大学デビューしたみたいな爽やかな白いブラウスに、青いスカート。

 優しそうな見た目をしている。

 だが、近づくわけにはいかない。

 あの女性も少女と同じように、隙をみて噛みついてくるのだろう。

 しかしこのまま無視をすれば、近くまでやってくるかもしれない。

 俺は思考を回転させ、女性に返事をした。

「だ、大丈夫です。今かくれんぼしているので。よ、余裕があれば、後で行きますから……だめ、ですか?」

 流石に、この言い訳は苦しかっただろうか。

 だが、瞬間的に適切な回答など、そうそうできない。

 ましてや、自分の命がかかっていると思うと、逆に緊張して思考が乱れる。

 俺は唾を飲み込んで、女性の反応をうかがった。

「……そう。それは残念。お姉ちゃん待っているから、かくれんぼが終わったらおいでね? うふふ、弟くんはいくつになっても子供なんだから」

 そう言って、女性はベランダから部屋の中に消えていく。

 しばらく見ていたが、戻ってくる気配はない。

 また今回はどういう訳か、光の粒子になって消えることは無かった。

 はぁ、何とかなったな。

 しかしこれで、ある程度会話でやり過ごすことができることが判明した。

 これはでかい。

 俺は窮地を脱すると、そのまま先へと向かった。

 その後は特に誰かと遭遇することはなく、俺は団地エリアの中心付近に辿り着く。

 よし、ここまで来れば、あとは南下するだけだ。

 団地エリアで時間をかけてしまったが、まだ中学校の給食は始まっていない。

 配膳までの時間を考えれば、少しの間待っている方がいいだろう。

 給食が始まるのが12時半ということに意識が行き過ぎていて、配膳時間のことを忘れていた。

 給食の配膳って、どれくらい時間がかかるんだったっけ?

 15分くらいか?

 そう考えると、12時45分くらいまで待機していた方が良いかもしれない。

 ここから中学校までは目と鼻の先だ。

 それに丁度茂みの中だし、隠れるのには絶好の場所だった。

 動かなければ、見つかる可能性も低い。

 スマホを確認すれば、12時半になったところだった。

 俺は、ここで15分ほど待機することを決める。


目次に戻る▶

ブックマーク
0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA