そろそろ時間か。
茂みに隠れること15分。俺は団地エリアから中学校に向かい始める。
周囲に人影はない。
遠くには人影が見えるが、距離があるので大丈夫だろう。
よし、行くぞ。
俺は軽く息を吐くと、茂みから出て公道を進んでいく。
そして団地エリアを抜けると、中学校が見えてきた。
中学校にも高校同様こちら側に裏口がある。
俺は公道を渡り切ると、裏口へゆっくりと近づく。
少女の姿は見えない。
「ようやく、ここまで来たな」
想像よりも苦戦した道中を思い、俺は呟く。
そのまま中学校の敷地内に入ると、教師などが使う出入口に向かう。
ここは裏口から比較的近い。
こんな時だし、土足になるけど勘弁してくれよ?
俺は後ろめたさから、そんな言い訳を脳裏に浮かべる。
最初の問題は、職員室だよな。
早速校舎に侵入すると、教師たちが使う出入り口ということもあり、職員室がすぐそこにある。
廊下に人はいない。
今なら大丈夫そうだ。
俺はドアの窓を避けながら、職員室前を通り過ぎた。
そうして、辿り着いた階段を上がっていく。
音楽室は三階であり、丁度この階段の近くにある。
給食中ということもあり、誰かと遭遇することは無かった。
懸念していたのは、高校のように何故か徘徊していた少女たちだが、この近くにはいないらしい。
ああいうイレギュラーな存在は、意外と少ないのかもしれないな。
俺はそんなことを思いながらも、音楽室の前までやってきた。
ゆっくりと扉を開けていく。
中には、誰もいない。
よし。
俺は音楽室内から行ける音楽準備室のドアへと近づく。
そして、リズミカルに四回ノックする。
「瑠理香ちゃん。俺だ。凛也だ。助けに来たぞ」
声をかけると、中から物音が聞こえ、内側からゆっくりと鍵が開けられた。
「ほ、本当に来てくれたんですね!」
「ああ、助けに来た」
音楽準備室から現れたのは、当然瑠理香ちゃんだ。
紺色のセーラー服に赤いスカーフを巻き、黒髪をツインテールをした小柄な少女。
幼さを残しながらも整った顔立ちをしている。
事前に顔を知らなければ、あの少女たちの仲間だと疑っていたかもしれない。
ちなみに、スカートの丈は校則違反にならないかと不安になる短さだ。
「ううっ……」
「うわっ!?」
そんな事を考えていると、瑠理香ちゃんが抱きついてきた。
最初は驚いたが、涙を流す姿を見て、不安で心細かったのだと理解する。
「だ、大丈夫だ。安心してくれ」
「……は、はい」
そう言って背中を撫でて上げると、瑠理香ちゃんは落ち着きを取り戻す。
ふと音楽室にある時計を見ると、時刻はそろそろ13時になりそうだった。
給食が終わるのが13時20分なので、余裕は……待て。
配膳があるなら、当然片付けもある。
配膳に15分であれば、片付けも15分と考える必要があった。
つまり、時間はあまりない。
13時5分ごろには、一斉に片付け始める。
いや、早いクラスだと、もう片付け始めているのか?
これは、まずい。
「瑠理香ちゃん。どうやら時間が無さそうだ。ここを出よう」
「は、はい、わかり……ッ!?」
「ど、どうした?」
俺が瑠理香ちゃんにそう促して離れると、俺の支えを失った瑠理香ちゃんが急に座り込む。
「こ、腰が抜けて、立てません……」
「え?」
「凛也さんが来てくれて安心したら、急に……」
どうやら緊張から解放されたことで、瑠理香ちゃんは腰を抜かしてしまったらしい。
こ、こんな時に……仕方がないか。
「瑠理香ちゃん、俺の背中に乗ってくれ。おぶっていくよ」
「えっ、でも……」
「恥ずかしいだろうけど、時間が無いんだ。諦めてくれ」
「わ、分かりました。し、失礼します」
腰を下げると、瑠理香ちゃんは恥ずかしながら俺の背に乗る。
大丈夫そうだ。全然軽い。これなら余裕だ。
俺は瑠理香ちゃんがしっかり掴まるのを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。
「わわっ」
「行くよ」
「は、はい!」
そうして、俺と瑠理香ちゃんは音楽室を飛び出す。
周囲には誰もいない。
よし、まだ片付けを始めていなさそうだ。
俺は階段を降りていく。
当然、瑠理香ちゃんが背中にいるので、行きよりもゆっくりだ。
二階、一階と順調に降りていく。
そして教師用の出入り口を目指した時だった。
「あっ、靴……」
瑠理香ちゃんが、そう呟く。
一瞬、靴は諦めてくれと言おうとしたが、ふと思う。
こんな世界だからこそ、靴を取りに行くのが重要なのではないかと。
今後、靴を手に入れられる機会は少なくなるだろう。
靴屋に行くのも命懸けだ。
他人の靴を盗むという手もあるが、サイズの問題もあるし、まだ人の物を盗むことに拒否感があった。
また職員室の前もいつ人が出て来るとも限らない。
危険度は大差ないはずだし、昇降口もここからなら近い。
俺は、決断をする。
「わかった。靴、取りにいこう」
「えっ? いいんですか?」
「ああ、靴、取りに行きたいんだろう?」
「は、はい。できれば、取りに行きたいです」
「なら、行こう」
「は、はい!」
そう言うと、瑠理香ちゃんが嬉しそうに返事をした。
昇降口にやってくると、そこは閑散としている。
俺は瑠理香ちゃんの靴が置いてある場所に向かう。
「ここです」
瑠理香ちゃんが指さす下駄箱には、一組のローファーがあった。
ほんの少し、上履きの方が動きやすそうだと思ってしまった。
瑠理香ちゃんを一度下ろすと、まだ腰が若干抜けているのか、俺を支えにしながらローファーに履き替える。
「よし、大丈夫そうだね。歩けそう?」
「えっと、まだ歩けそうにないです」
どこか恥ずかしそうにそう答える瑠理香ちゃん。
確かに、この状態なら俺が背負っていった方が速そうだ。
「わかった。また乗ってくれ」
「はい」
そうして瑠理香ちゃんを再び背負った俺が昇降口から出ようとした時、背後から声がかかった。
「あれぇ~? 不審者が校内にいるんですけどぉ?」
「――っ!?」
俺が振りむくと、そこにいたのは金髪ツインテールでツリ目の少女。
一瞬瑠理香ちゃんの同級生かと思ったが、制服が違う。
灰色のブレザーにチェックのスカートは、どこかいいとこの市立中学校を彷彿とさせる。
「もしかしなくても、同級生とかじゃないよね?」
「あ、あいつです。クラスメイトたちを次々に……」
「やっぱり、そうか」
見つかってしまったものは仕方がない。
どうにか切り抜けないと。
そう思っている間に、状況が悪化する。
「みんな~不審者がいるよ~ロリ―ちゃんもさらわれちゃう~♪」
「どこどこ~?」
「あ、お兄ちゃんだ!」
「ほんとだ!」
すると、どこからともなく少女たちが集まってくる。
「ひぃ!?」
「これは、まず過ぎる」
後ろを見ればそこにも少女がおり、気が付けば囲まれていた。
『お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん。』
周囲からは、俺をお兄ちゃんと呼ぶ声が木霊するかのように、響き渡る。
これは、今度こそ終わったかもしれない。
絶体絶命のピンチを、俺たちは迎えてしまった。
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