038 イライラ棒

 慎重に進んでいこう。焦っても仕方がない。

 俺はイライラ棒のスタート地点から、ゆっくりと棒を進ませていく。最初は何の変哲もない直線コースだ。

 ここは問題ないな。

 そこを難なく突破し、続いては直角に曲がるコースだった。ちなみに、ここでキャサリンは壁に触れている。

 指先に集中だ。よし、上手く行った。

 若干速度が落ちてしまったが、無事に直角コースも乗り切る。それからしばらくは問題ものなく、ゆっくりと進んでいく。

「凄いさね。これなら行けるかもしれないよ」
「ルインさん頑張ってください!」
「る、ルインたん。どうか僕ちんをこの椅子から解放してほしいんだなぁ」
「……」

 仲間の声援が聞こえてくるが、手先がブレないようにするため、あえて反応をしない。

 ふぅ、ここでようやく半分か。道のりは長いな。

 そして何とかイライラ棒を半分まで進めた時だった。

『ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、残り時間はあと三分です』
「なっ!?」

 唐突に、どこからともなく機械的な音声が流れてくる。それも、残り時間を伝えてきたかと思えば、残りが三分しかないという。俺はそれを聞いてつい焦ってしまった。

『ブー』
「くそっ!」

 棒が壁に当たってしまい、失敗してしまう。それによって、奥平の拘束椅子に電流が流れる。

「ぶひゃああああああッ!?」
「奥平さぁああああああああん!!」

 数分間奥平を苦しめると、黒い煙が僅かに上がった。

「す、すまない」
「あれじゃあ仕方がないさね」

 まさか、制限時間があるとは思わなかったぞ。それもおそらく、制限時間は十分ほどだろう。俺は半分まで進むのにおよそ七分かかった。前半のタイムを縮めることはもちろんのこと、前半より難しそうな後半を乗り越えなくてはいけない。これは厳しいな。

「つ、次僕がいきますね!」

 俺が一人悩んでいると、姫紀が元気な声でイライラ棒に挑戦し始めた。

 姫紀がどれだけできるかは分からないが、クリアするのは難しいだろう。キャサリンも先ほどの思えば、おそらくクリアはできない。ここは俺が頑張らないと駄目だな。

 そんな風に思考を働かせつつ、姫紀の挑戦を見守る。

「……は?」

 俺は思わず、間の抜けた声を呟いてしまう。何故ならば、姫紀が既に四分の一まで進んでいたからだ。それも動かす腕に迷いはなく、一切のブレも存在しない。

「凄いさね……」
「姫紀にあんな才能があるとは思わなかったな……」
「ぶひゅひゅ! 姫紀たん凄いんだな!」

 俺たちはそろって姫紀を絶賛した。だが、それがいけなかった。

「えへ、そうですか? 何だか照れます」
『ブー』
「「「あっ……」」」

 嬉しそうに振り返った姫紀の手先が、壁に当たってしまう。そして、当然奥平に電流が走る。

「ブギャアアアアアアァア!?」
「奥平さぁああああああああん!!」

 そうして、順番が一周した。

「ご、ごめんなさい!」
「いや、後ろで騒いだ俺たちにも責任はあるから、姫紀は気にしなくていい」
「そうさね。あんたは何も悪くないよ」
「姫紀たん気にしなくていいんだなぁ!」

 思わぬ失敗だったが、この大部屋をクリアできる可能性がかなり高まったな。姫紀ならイライラ棒を制限時間内に、ゴールまで運ぶことができるだろう。

 そう思った俺は、次にキャサリンに順番を回さず、姫紀が続行する旨を伝える。

「これなら、俺やキャサリンが挑戦するよりも、姫紀が続けた方がいいだろう」
「確かに、あたしゃが次やるよりも、姫紀がやったほうがいいさね」
「ええっ!? 僕がもう一度ですか!? ……わ、わかりました! 皆さんのために、僕頑張ります!」

 姫紀が力強くそう答え、再びイライラ棒に向かう。先ほどと違い、より集中しているのがうかがえた。

 頼むぞ。姫紀で無理なら五時間待つしかない。

「行きます!」

 そして、姫紀の挑戦が始まった。最初の直線や直角は歯牙にもかけない。その後のコースも同様だ。そうして難なく中間まで到達する。

『ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、残り時間はあと七分です』

 よし、これなら行けそうだな!

 制限時間が機械音で知らされると、七分も余裕があった。しかし、後半は前半以上に難易度が高くなっている。

 姫紀、頼むぞ……。

 先ほどとは違い、俺たち三人は無言で姫紀の挑戦を見守った。

 ッ!? あのコースを躊躇いなく進めるのか!?

 姫紀が現在挑戦しているコースは、渦巻状になったコースであり、難易度はこれまでの中でも断トツだ。しかし、そこを姫紀は速度を減速させることは無く、スムーズに進んでいき、難なく乗り越えてしまう。

 本当に凄いな。俺にはとてもできそうにはない。姫紀の身体制御は神がかっている。

 俺がそう思う中、イライラ棒は最終コースへと到達した。ほとんど幅のないギザギザコースであり、減速は免れない。流石の姫紀の動きも慎重になる。

 そこを乗り越えればクリアだ! 行け!

 そしてギザギザコースを突破すると、最後の直線を余裕で抜け、姫紀がゴールを突っ切った。その瞬間。

『パンパカパーン。クリア! え? これクリア出来るとかあんた化け物!? そんな貴方には特別アイテムを進呈しよう! ジャーン。電流イライラ棒をプレゼント! おめでとう!』

 な、なんだこのふざけたアナウンスは……。

 俺たちはこの女性のような声をしたふざけたアナウンスによって、クリアした喜びが霧散してしまう。奥平の拘束具は解け、姫紀の手には先ほどまで使っていた警棒のような棒が残る。おそらくそれが電流イライラ棒だろう。黒いゴムのグリップと、折りたたみできる鉄の棒部分が特徴的だ。

「ぼ、僕やりました! 新しい武器も貰えましたよ!」
「おめでとうさね!」
「ぶひゅひゅ! 姫紀たん最高だったんだな!」
「ああ、おめでとう。良かったな」

 俺たちはアナウンスの事は無かったことにして、その場で喜びを分かち合った。

 そうして、俺たちは三つ目の大部屋を無事に乗り切り、残る生贄と大部屋は共にあと一つだ。

 本来なら五時間待たされることが前提の部屋だったのかもしれないな。悪辣にもほどがある。普通なら関係にヒビが入るのは避けられないんだろうな。

 そうなったら最後、次の生贄でもめるに違いない。それを乗り切ったとしても、最後の大部屋でこのイライラ棒を超える試練が待ち受けている可能性もある。そう考えると、制作者の性格は相当なものだと俺は思った。

 何はともあれ、俺たちがこの試練を乗り越えたことを、今は喜ぼう。

 しばらく姫紀を褒めちぎると、俺たちは大部屋を後にした。次に待ち受けているのは、最後の生贄ポイントだ。


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