023 宝箱の中身

 何が起きてもおかしくはない。

 そう考えた俺は、即座に何が起きてもいいように身構える。だが、しばらく経っても特に変化はなく、罠が発動した様子は見られなかった。

「ぶひゃひゃ! お宝なんだな!」

 すると、奥平が何やら一枚のカードを手に歓喜する。どうやら、大げさな宝箱のわりに、それだけしか入っていなかったようだ。

「わ、罠じゃなさそうさね」
「び、びっくりしました」

 キャサリンと姫紀は、罠が発動しなかったことで安心したのか、溜息を吐く。

 はぁ、何はともあれ、罠じゃなくてよかったな。だが、あのカードはいったいなんだ?

 俺は奥平の持っているカードが気になった。あれだけ奥平が喜んでいるということは、特別なものだろう。

「みんな! これを見るんだな!」
「マジックショット? ですか?」
「そのカードはなにさね?」

 奥平の手に持っているカードを確認すると、以下のようなことが書かれていた。

 ____________________________________

 名称:マジックショット
 CP:10
【説明】
 一定の魔力を発射することができる。
 ____________________________________

 必要CPと説明の間には、魔法使いが両手から半透明な青白い何かを放っているイラストが描かれている。カードの裏面には、紫色の魔法陣が見えた。

 見るからに、スキルの説明だよな……もしかして。

「ぎゅふふ、これはスキルカードなんだな! スキルショップで見たからまちがいないんだなぁ!」

 俺の予想は的中したようだった。奥平の持つカードはスキルカードであり、状況からして使用すればスキルを獲得できるのだろう。

 だが、問題は誰が使うかだよな。ここには四人いて、カードは一枚だ。

 ある意味、これが罠だったのではないかと、俺は嫌な汗をかく。

「ぶひゅひゅ。見つけたのは僕ちんだから、もちろん僕ちんが使うんだなぁ!」
「待ちな! パーティで行動しているんだ。あたしゃも使う権利はあるはずさね!」
「ぼ、僕もスキル覚えたいです!」

 やはりというべきか、三人がスキルカードの使用権を主張し始めた。

 俺も新しいスキルは欲しいとは思うが、ラーニングがあるし、三人よりは抑えられる。

 そう考えると、現状を止めるることができるのは、俺だけということだった。

 止めないと、まずいことになりそうだよな……。

「いくらなんでもそれは横暴なんだな! 宝箱を空けたのは僕ちんなんだな!」
「早い者勝ちというのがそもそもの間違いさね! それに、宝箱が罠だったら今頃どうなっていたのか考えな!」
「ぼ、僕……スキル欲しいです……」

 案の定、争いがヒートアップし始めている。それを見た俺は、仕方がなく仲裁に入ることにした。

「みんな待て。ここで争っている暇はない。この場合、適した人物にそのカードが渡るのが望ましいはずだ。ちなみに、俺は権利を放棄する。遠距離攻撃にはウインドスラッシュがあるからな。だからどうするべきか、まずは考えよう」

 俺の言葉を聞くと三人は争いをピタリと止め、少し考え始めると、キャサリンから口を開く。

「そうさね。ルインの言う通りだよ。ここで争っている暇は無いさね。あたしゃも、剣と盾で両手が塞がっているし、辞退するさね」

 キャサリンは自分の戦闘スタイルから、新しいスキルであるマジックショットを諦めたようだ。

 まあ、見るからにマジックショットは両手から発動している。それを思えば、キャサリンが辞退するのは納得だ。

 そうすると、残るは奥平と姫紀の二人だった。

「た、確かに、ルインたんの言葉は一理あるんだな。でも、ここは魔法使いである僕ちんが使うべきなんだな!」
「ぼ、僕は戦うすべがありません。このスキルがあれば、みなさんの助けになるはずです!」

 どうやら二人は引く気が無く、それぞれちゃんとした理由があるようだ。

 確かに、どちらが手にしても役に立つだろうな。どうするべきか。

「僕ちんが使えば姫紀たんの護衛もよりできるようになるんだな!」
「奥平さんには火の魔法があるじゃないですか!」
「あれは射程が凄く短いんだな!」

 確かに、奥平が遠距離攻撃できれば、姫紀の護衛はより強固になる。だが攻撃手段のない姫紀が戦闘に参加しやすくなるという、利点もあるわけだ。

 しばらく俺は考えると、次第に纏まっていく。

 このパーティの構成を考えれば、俺→遊撃。キャサリン→前衛。奥平→後衛。姫紀→補助。になる。だとすれば、一番バランスが取れるのは、これだよな。

「待て、この場合、奥平がスキルカードを使った方が良いと俺は思う」
「流石ルインたんなんだな!」
「ええっ、なんでですか……」

 俺が選択したのは、奥平だった。

「まず前提として、姫紀は補助に専念した方がバランスが取れると思ったからだ。姫紀は補助魔法を発動する時、あまり身動きが取れなくなる。それになにより、攻撃スキルの発動で消耗すれば、補助が難しくなるだろ? だから奥平が後衛としての幅を広げた方が、よりパーティの為になるはずだ」

 姫紀の補助魔法が実際どれだけのことができるのか不明だったが、第一試練ではあれだけの規模を発動した場合、言葉を発するのすら難しくなっていた。それを考えれば、姫紀が余計な消耗をするべきではないし、身動きが取れない時は、そもそも攻撃スキルを覚えたのが無駄になる。

 そう考えた故の決断だった。

「確かに、奥平が使った方がよさそうさね。あたしゃはルインに賛成だよ」

 俺の考えに、キャサリンは賛成してくれるようだ。

「うう、分かりました。わがまま言ってごめんなさい。僕、みんなの役に立ちたくて……でも実際は、自分のことしか考えていなかったようです」

 姫紀も納得してくれたようだが、罪悪感を覚えてしまったのか、ほんのり涙を流している。

「ひ、姫紀たん健気なんだなぁ。僕ちん少し大人げなかったことを反省。これからは、より一層姫紀たんの騎士になるんだな!」
「あんたはまず罠かもしれない宝箱を空けたことを反省しな!」
「確かに」
「ひ、酷いんだなぁ! 終わりよければすべてよしなんだなぁ!」

 宝箱を空けた件についてはあまり反省していないようだったが、パーティが険悪な雰囲気になるのは無事に回避できた。

 まあ、結果的には良かったが、この宝箱……悪質だな。

 俺は目の前の宝箱に対して、悪質だとしか思えなかった。即席で作られたパーティの中に、一つだけの貴重品。場合によっては争いになり、試練を上手く突破できなくなるだろう。

「早速使ってみるんだな!」

 俺がそんなことを思考している間に、奥平がスキルカードを使用する。スキルカードは一瞬輝いたかと思えば、そのまま光の粒子となって奥平に吸収されていく。

「ぶひゅひゅ! 僕ちん、新しい力を手に入れたんだな!」

 取り出したスマホからスキルを確認した奥平は、嬉しそうにスマホを掲げた。

 これで、一件落着だな。だが、第二試練はまだ途中だ。安心するにはまだ早い――。

 ちょうど、俺がそう思った時だった。唐突に吊り橋の霧が晴れていき、先が見えてくる。そしてそこには、ゴールと思わしき吊り橋の終わりが見えた。

「うそでしょ……」
「まずそうさね」
「僕ちんの新技で楽勝なんだなぁ!」

 俺たちの目の前には、ゴールへと到達させないように、ゴブリンとオークの群れが立ちふさがっている。

「いや、それだけじゃ無さそうだぞ!」

 ゴブリンとオークだけならば、何とかなった。だが、こいつは……。

「グガアアアアアアッ!!」

 背後から挟み込むように、一体の鬼が咆哮を上げた。


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