「なんだいありゃ……」
「ひぃっ!」
「あ、あれはオーガなんだな!」
奥平がモンスター眼鏡で鬼の名称を叫ぶ。その正体は、オーガというモンスターだった。
だめだ。あいつはヤバすぎる。体中が逃げろと本能的に叫んでいる。だが、それでも……。
「あれはどう考えても勝ち目はなさそうだ。けど、放置する訳にもいかない。逃げても追いつかれるのが関の山だろう。そして、ゴール方向にはゴブリンとオーク。絶望的だな」
「そ、そんなの見ればわかるさね!」
「は、早く逃げましょうよ!」
「流石の僕ちんでもあれは無理なんだなぁ!」
俺の言葉に、パーティメンバーが慌てふためく。だが、不安を増長させるのが目的ではない。覚悟を決めるためだ。
「なら、誰かがあれを足止めするしかないよな? メンバーから考えるに、俺が適任だ」
「ルイン、あんたってやつは……」
「それって……」
「ルインたん、もしかして」
オーガの攻撃を回避できて、それなりに戦闘が可能となれば、俺しかいない。キャサリンは回避行動には向かないし、姫紀や奥平など問題外だ。
「ここは、俺に任せて先に行け!」
「ルインたん……それ死亡フラグなんだな……」
奥平が何か言ったが、俺は気にしない。そのまま無視してキャサリンにみんなを頼む。
「ゴールまでの間。キャサリンさんが二人を守ってくれ。そして、二人はキャサリンさんを支えるんだ。俺がどれだけ時間を稼げるのか分からない以上、できるだけ急いでくれ」
「わ、わかったさね。ルイン、死ぬんじゃないよ!」
「ルインさん! 僕絶対ゴールして見せます! 聖なる光りよ、ルインさんを守って!」
そうして、最後に姫紀が補助魔法をかけてくれた。どうやら、一人に限定するなら瞬時に発動できたみたいだ。だが、やはりというべきか、対価として消費が激しいように見える。
「助かる。それじゃあ、頼んだぞ!」
「あいさね!」
「うん!」
「了解なんだな!」
そう言い残すと、俺は二本のナイフを抜いて一歩前に出るとオーガに対峙する。背後からは、三人が走り去っていく音が聞こえてきた。
「なんだ? わざわざ待っていてくれたのか? それとも、慌てふためく姿を楽しんでいたのか? まあ、どちらでもいい。今は、この時を存分に楽しませてもらうぞ!」
「ガァルァァ!」
俺戦闘が楽しみで、俺の口角が上がる。
俺は敵を甚振るのが好きだ。そして、何よりも強者が苦痛に悶えるのはもっと好きだ。ルール無しの殺し合い、勝てる可能性は低い。だがそれでも、俺はこの感情を抑えられそうにはなかった。
身長約二メートル半はあるだろう巨体に、筋骨隆々の体躯。腕は丸太のように太い。殴られれば簡単にやられてしまいそうだった。挑むのは無謀だと、誰もが思うだろう。肌でその強さを直に感じれば、尚更そう思ってしまう。
これまで我慢していたんだ。誰も見ていないし、もうその必要もないよな?
「キヒッ! 行くぞ!」
「ガァアア!」
俺とオーガの戦いの火蓋が、今切られた。
「ウインドスラッシュ!」
先制攻撃は、俺のウインドスラッシュから始まる。無造作に放たれたそれは、オーガの首を目掛けて飛んでいく。
「ググゥ」
「チッ、あまり効かないか」
それに対し、オーガは腕を軽く振るってウインドスラッシュを打ち消す。だが、それでも僅かばかり腕に切り傷が出来ていることから、全く効かないという訳でもなさそうだった。
ウインドスラッシュで首を落とすのは無理そうだな。当たっても腕の傷と大差がないだろう。そうなると、俺のスキルで効きそうなのはクリスタルブレスだけだが、それを今控えから装着する時間は無い。
それに加え、たとえクリスタルブレスを発動できたとしても、オーガを一撃で仕留められるビジョンが見えなかった。発動限界の二発を喰らわせても、倒しきれない可能性すらある。そうなった場合、疲労で動けなくなった俺は簡単にやられてしまうだろうと、簡単に予想できた。
そうか、俺の攻撃手段では倒せそうにないのか。
「くッ」
どうすればオーガを倒せるのか思考している間にも、攻撃が来る。太い腕から放たれる拳は想像以上に早く、避けるのが精一杯だった。
姫紀の補助が無ければ危なかったな。それに、避けたら避けたで問題か。
見れば、吊り橋の木がオーガの拳によって穿たれてしまっている。何度か回数を重ねてしまえば、吊り橋が崩落してしまう可能性があった。
絶望的な戦力差だな。だが、それがどうした?
「グガァ!」
再び放たれるオーガの拳に合わせて回避すると、その懐に入り込み、ナイフで斬りつける。が、オーガの肌には傷一つできない。
やはりか。ウインドスラッシュでかすり傷なら、ナイフなど意味をなさないだろう。
「パリィ!」
「ググゥ!?」
オーガの放たれる拳をパリィのスキルで受け流す。パリィで上手く受け流せば、吊り橋に被害は無い。
確かに、身体能力は化け物だ。だが、技術面では模擬戦をしたレイディアスには及ばない。これなら、見切れる。
何とか強者の苦しむ姿を見たいが、さいあくパーティメンバーがゴールするまでの時間を稼げばいい。それに、雑魚だと思った相手を一向に倒せない強者というのも、それはそれで滑稽だ。
「パリィ!」「パリィ!」「パリィ!」
それからしばらく、俺はオーガの猛攻をパリィで受け流し続けた。次第に目が慣れてきたのか、パリィも発動させやすくなってきている。
「グガァア! ガァアアアアアアアアア!!」
「ッ!?」
流石に苛ついてきたのか、オーガが咆哮を上げたかと思えばこちらを強く睨みつけ、何かが身体を通り過ぎていく。
≪スキル『威圧』をラーニングしました≫
すると、案の定何かのスキルを使ったのか、威圧がラーニング出来た。
一瞬ぞわっとしたが、問題無さそうだな。
おそらく精神耐性の固有スキルが働いたのだろうと理解した。
「無駄だ。それは俺には効かないぞ!」
「グガ!?」
威圧が効かなかったことにオーガは驚くが、その隙を見逃す俺ではない。
「ウインドスラッシュ!」
接近して狙うのは、オスの急所である股間。不意を打ったこともあり、それは見事に命中した。
「グガガ!」
「なにッ!?」
苦痛に悶えるはずだと予想した俺だったが、オーガはピンピンとしている。そして、ウインドスラッシュによって腰布が地に落ちると、その理由を理解した。
そこには、排尿器官がそもそも存在していない。性別がメスということではなく、そのように創られた存在だという証明だった。
くそ、イベント用のモンスターだから、必要のない器官は要らないってことか? それとも、明確な弱点を無くすとが目的か?
どちらにしても、有効打が与えられなかったことに変わりはない。
「グガァアアアア!」
何より、腰布を切り裂かれてオーガは激高し始める。羞恥心は持ち合わせているようだった。
チッ、効かなかったのは仕方がない。だが、攻撃に激しさが増してきたのは厳しいな。
激高したオーガの猛攻は勢いを増して、その場で暴れ始める。振るわれる拳は増えたが、そこに技術力は無く、本能の赴くままに戦う獣だった。
パリィしやすくなったが、逆に体力的には厳しくなってしまったな。これは、不味いかもしれない。
時間稼ぎが目的ではあるが、このままではパーティメンバーがゴールするよりも先に、やられてしまいそうだった。
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