025 東の森

「ふッ」
「ギュビビッ!?」

 俺は目の前に現れたグリーンキャタピラーを両断した。小型犬ほどの大きな芋虫ではあるが、吐かれる糸さえ気を付ければ相手にはならない。

 芋虫だけに動きが遅いのもあって、楽に倒せるな。

 倒されたグリーンキャタピラーは光りの粒子となり、そこには薄青色の魔石と、白い糸の束が現れる。いわゆるアイテムドロップという現象らしい。

 モンスター、この世界では魔物か。魔物が消えてアイテムが現れる現象は、何度見てもなれないな。

 元の世界では倒した魔物はしばらくその場に残り続ける。ダンジョンであればそのうちダンジョンに吸収されて消えてしまうが、その前に剥ぎ取れば魔物の素材は残り続けた。

 死体が残らないのは便利だが、得られる部分が少ないのはデメリットだな。

 そう思いながらも俺は、グリーンキャタピラーのドロップアイテムを右腰の布袋に収納した。ちなみに、これで納品物であるスライムゼリーとグリーンキャタピラーの糸は、全て集め終わっている。

 グリーンキャタピラーの討伐数は現在十二匹だし、納品依頼と合わせて900アロの収入か。かかった時間も二時間弱だし、まずまずの成果だろう。

 ちなみに、スライムの魔石は三個で10アロになるらしい。

 さて、受けた依頼品は集まったし、ゴブリンやスモールモンキーを狩ることにするか。確か、その二匹はここより北に現れるらしいな。

 エバレスの北や西には農耕地帯が広がっており、その作物を狙ってゴブリンやスモールモンキーが現れるとのことだ。現在は東の森なので、一番近いのは北の農耕地帯ということになる。

 さて、そうと決まれば北に行くか。

 俺がそう決めた時だった。

「やばいやばいやばい! ふざけんな! こんなの出るなんて聞いてないぞ!」
「早く逃げろ! 急げ! お前はその荷物絶対に捨てるんじゃねえぞ!」
「ま、待ってください! せめて荷物を……」

 前方から、昨日荷運びの依頼を受けた時にいた若い冒険者の男二人と、荷物を背負わされてその後ろを走る犬頭の獣人。そして、その三人を追いかける巨大なエメラルドグリーンの蝶が見えた。

 あれは、もしかしてルチアーノが言っていたグリーンキャタピラーの進化系、グリーンバタフライか!?

「くそ、もう無理だ!」
「ならそこのクソ獣人を置いていけばいい! 人族様の役に立てて嬉しいだろ!」
「そ、そんな!? グベッ!?」

 その瞬間、冒険者の一人が獣人の足を持っていた短剣で切り裂き、そのまま右ひじで獣人を強打する。それによって、獣人は後ろ向きに倒れて動けなくなった。

 生贄か。酷いことには変わりはないが、全滅することを思えば効果的かもしれない。いや、それよりも、このままではまた巻き込まれるな。

 そう思うのもつかの間、若い冒険者二人が俺の存在に気が付く。

「お、おい! 逃げろ! グリーンバタフライが来るぞ!」
「獣人を囮にした今なら逃げられるから急げ!」

 俺に注意勧告をしてくるが、それをあえて無視をする。鉄の剣を抜き去り、一人佇んだ。

「ちっ、俺は知らないからな!」
「死んでも恨むなよ!」

 若い冒険者二人はそう言い残すと、俺とすれ違い駆け抜けていく。

 確かに、巻き込まれることには違いない。だが、今の俺がどれだけ戦えるのか知るには良い機会だろう。それに、グリーンバタフライのドロップアイテムは高く売れそうだ。

 別に無謀だとは思ってはいなかった。G級試験で戦ったガイラスは元B級冒険者であり、そのガイラスと戦った俺の評価は、ルチアーノ曰くC級以上、B級未満だという。であるならば、Dランクだというグリーンバタフライを倒せる可能性は高い。

 それに、G級試験の時はスキル無しで純粋な剣技だけで戦った。だが、今はそれも関係ない。

 俺は軽く深呼吸をすると、倒れた獣人に迫るグリーンバタフライまで一気に駆けた。そして。

「スラッシュ!」
「――ッ!?」

 グリーンバタフライに光の線が走り、その身体を縦に両断する。一撃だった。

 やはり、スラッシュの威力は普通じゃないな。

 光りの粒子となって消え去ったグリーンバタフライがいた場所には、黄色の魔石と、ソフトボール程の球体が残った。

 魔石は分かるが、この球体は何だ?

 拾ってみると薄い膜に覆われているようであり、中にはエメラルドグリーンの粉が入っているようだった。

 もしかして、グリーンバタフライの鱗粉か? 入れ物が必要ないのは助かるが、不思議でならないな。

 そうは思いつつも、まずは魔石を布袋にしまう。布袋は既にスライムゼリーと糸がいくつも入っている事から、仕方なくこの球体は手で持つことにする。

「あ、ぎが……」
「ん?」

 邪魔になるので一度町に帰ろうかと思考していると、先ほどまで襲われていた獣人が何か喋ろうとしていた。だが身体が麻痺しているのか、何を言っているのか理解することができない。

 おそらくグリーンバタフライは、麻痺毒を使えたのだろう。訊きたいこともあるし、一応助けたやるか。

 俺は鉄の剣を一度鞘にしまうと、犬頭をした獣人の男に近づき、救護者の称号スキルである解毒を発動した。それによって、麻痺が解かれるや否や、獣人の男は感謝を口にし始める。

「た、助かりました! ありがとうございます! もうだめかと思いました。し、しかし、私には返せるものはございません。奴隷として売り払うのだけはご勘弁を! それ以外の事でしたら何でも致しますので! 許してください! お願いします!」
「す、少し落ち着け!」

 獣人の鬼気迫る言葉に俺は若干たじろぐ。それから何とか落ち着かせるまでに数分を要した。

 この町付近では、獣人を助けると奴隷として売り払うのか? それほどまでに、獣人の立場が弱いのだろうな。しかし、それは俺には関係がない。

「とりあえず、ここまでの経緯を教えてくれないか」

 何故グリーンバタフライに追われていたのか、気になったのでそれまでの経緯を訊くことにした。

「わ、私の名前はブラウと申します。F級冒険者です。普段は町の中で細々と依頼を熟しているのですが、アグムとジットという二人からパーティに誘われまして、私は断ったのですが、無理やり入れられました。荷物を持たされるのはもちろんですが、常に魔物の前線に立たされました」

 どうやら、あの若い冒険者は盗賊職がアグムといい、弓使いがジットというらしい。二人の獣人の扱いから考えて、最初から荷物持ちと囮役にするつもりだったのだろう。

 俺がそんな事を考えている間にも、ブラウと名乗った獣人の男は続きを話し始める。

「それであの二人は、もっと奥に向かうと言い始め、結果的にグリーンキャタピラーの巣を発見しました。流石に不味いと思い忠告をしたのですが、二人は聞かず狩り続けました。そうしてしばらく経ったころ、奥からグリーンバタフライが現れたのです。おそらく、グリーンキャタピラーはグリーンバタフライの元に集まって来ていたのだと思います。そして、そこから急いで逃げたのですが、結果的に囮にされた訳です」
「なるほど」

 俺はその話を聞いて、グリーンバタフライに襲われた経緯を理解した。

 逆に考えれば、グリーンキャタピラーが大量にいるところを発見できれば、そこにグリーンバタフライがいる可能性が高まるという訳か。

「あの、よろしければこちらをどうぞ」
「ん? ああ、助かる」

 一人考え事をしていると、ブラウが布袋を差し出してきた。丁度グリーンバタフライからドロップした球体を入れるスペースが無かったので、ありがたい。俺は布袋を受け取ると、球体を入れて腰に結びつけた。

「そ、それで、私は何をすればよろしいでしょうか? できれば、危ないことや犯罪は遠慮していただけるとありがたいです」

 そんな面倒なことを頼む気はないが……そうだな、この際気になることでも訊いてみるか。

 俺はとりあえず、ブラウにいくつか質問をすることにした。


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