008 遠い記憶と核

 深い、闇の中に俺はいた。いや、これは夢なのだろうか。灰色の映像が映し出されている。

「君の両親は立派だったよ。ダンジョンに迷い込んだ子供たちをモンスターから命がけで助けた上に、そのままおとりになって皆を助けたんだから」

 それは、遠い過去の出来事。いつものように、親の帰りを待っていた頃。

 そうだ。父さんと母さんの親友であるおじさんが、あの日俺にそう告げたんだ。

「流石俺の父さんと母さんだ! それで、いつ帰ってくるの?」
「……すまない。君の両親は、助からなかった」
「え……?」

 事故だった。何も知らない子供たちが、ダンジョンに迷い込んでいた。更にその手には、モンスターの注意を集めるアイテムを手に持って。そんな子供たちを文字通り命懸けで救ったのが両親だった。

 父さんと母さんも、本当は英雄と呼ばれてもおかしくない、そんな凄いことをしたんだ。それなのに……。

「今日からここがお前の住む家だ。心優しき葛下くずした様に感謝するんだな!」
「へ?」

 俺はダンジョンに迷い込んだリーダー格の子供の親に、全てを奪われ施設へと放り込まれていた。

「犯罪者の子供なんて、本当は我が施設に入れたくはないのですけど」
「お前犯罪者の息子なんだってな!」
「じゃあ悪者だ!」
「皆やっつけろ!」

 思い出すと、最初から待遇は最悪だったな。なんで自分がと、世界を恨んだっけ。

 何のことは無い。迷い込んだ子供は権力者の子供で、金持ちだった。その仲間も同様に。つまり、自分の子供が勝手に貴重なアイテムを持ち出した上に、無断で危険なダンジョンに入り込んだというのは、外聞が悪かったということだ。

 なら、俺の両親を悪党にして、それを処理したほうが楽だったということだよな。

 世の中に出回った話は、俺の両親が子供たちを金目的で誘拐してダンジョンへと逃げ込んだ。しかし、それを知った両親の親友が、見事子供たち救出して、悪者である俺の両親を成敗したという内容だ。

 おじさんは、一躍時の人になって英雄視されたっけ。でも、そんなおじんさも死んでしまった。ダンジョンでの事故死とされているが、消されたと俺は思っている。

 その後、おじさんの娘であり幼馴染だった子に散々罵倒されて、平手打ちされたのを思い出す。その子とは、それっきり出会うことは無かった。

 結局、権力者の都合のいいように、世の中はできている。両親に冤罪をかけ、遺産まですべて奪った癖に、俺を息のかかった施設に入れておいて、親の罪は子供には関係ない。と世間に言い放つ偽善者だ。そんな権力者にいいように使い捨てられたのが、俺の人生。

 異世界に来て、何かが変わると思ったのにな。結局、何も変わらなかった。

 何故、今こんな夢を見るのだろうか。辛くて、苦しくて、仕方がない。

 最悪だ。こんな記憶思い出したくもない。くるしい。くるしい。くるしい。くるし……。

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「ッはぁ!? はぁ、はぁ、はぁ……ここは?」

 目が覚めると、そこは見知らぬ森の中だった。しかも、なぜか自分は土の中に埋められていたようだ。

 何がどうなって? 俺はどうしてここに……。

「……あ、俺、殺されたんだ」

 一瞬混乱してしまうが、自分に何があったのかを思い出す。街道で争いに巻き込まれて、手も足も出ずに、最後は背後から刺されたのだと。

 でも、何で俺は生きているんだ?

 身体を見れば、胸に血痕と剣で貫かれたあとが服にある。しかし、貫かれた肉体には、何故か傷一つ存在しなかった。

 訳が分からないな。誰かが治してくれたのか? いや、それだと俺が埋葬されていた理由に繋がらない。というかこの傷の位置、エレティアと全く同じだよな? もしかして、俺はゾンビにでもなったのか?

 一瞬そう考えるが、直ぐにそれを撤回する。

 いや、だとしたら、こんな意識がはっきりしているのも変だよな? それに、心臓は人体急所であるわけだし、これは偶然かもしれない。

 特殊過ぎる状況下に、俺の頭は混乱していた。とりあえず、埋められた場所から完全に抜け出すと、立ち上がって土を叩いて軽く深呼吸をする。

 ああ、もしかしたら、俺が今こうして生きているのはあれが原因かもしれないな。

 ようやく少しずつ思考がはっきりしてくると、自分のユニーク称号であるダンジョン転移に巻き込まれた者に、その答えがあることに気が付く。

 確か称号スキルの一つに、核生命っていうのがあったよな。漠然と伝わってくる効果は、自分の命であり、全て。という曖昧なものだったはず。俺が助かったのはおそらく、これのおかげだろう。

 思えば簡単なことだった。ダンジョンを起点に考えれば、核生命とはダンジョンコアの事だ。ダンジョンコアはダンジョンの最奥にあり、それを破壊することで、ダンジョンを消滅させることができる。逆に言えば、ダンジョンコアが破壊されない限り、ダンジョンが消滅することはない。

 つまり、俺にはダンジョンコアのようなものがあって、それが破壊されなければ死ぬことは無いということか……。

 何という出鱈目な能力だと思いつつも、これが無ければ今頃本当に死んでいるはずであり、それを考えるとゾッとしてしまう。

 いや、普通の致命傷で命を落とすことは無くなったが、逆に核を破壊されたら即死ってことだよな? 俺の核ってどこにあるんだ?

 もしかしたら少しの衝撃で壊れるかもしれないという恐怖に襲われ、俺は自分の核を探し始める。すると、核は意識することで案外直ぐに見つかった。

 この感覚からして、俺の核は鳩尾にあるのか。そういえば、エレティアとの繋がりも鳩尾辺りから感じたな。そう考えると、正確には鳩尾ではなく、核と繋がっていたという訳か。

 身体の鳩尾当たりに俺の核があることが分かった。意識することで、ビー玉ほどの球体があることに気が付く。逆に意識しなければ、そこに核があることを感じ取れなかった。

 これが最初から分かっていれば、もっと落ち着いて行動できたんだろうな……。

 過ぎてしまったことは仕方が無いが、今後はより早く称号の力を理解する必要があるのだと思った。

 さてと、何時までもこうしてはいられないよな……はぁ、やはりというべきか、剣と短剣、金銭を入れた袋も無くなっているな。

 衣服は無事であるが、その代わり所持品は奪われているようだった。

 まぁ、俺も死体から奪ったものだから仕方がないとはいえ、それでも怒りが湧き上がるのが人間だよな。殺されかけて埋められた恨みもあるし。

「うわっ……」

 そうして、怒りの感情でもやもやしながら周囲を探索し始めると、衣服をほぼ纏っていない死体がいくつも撃ち捨てられているのを発見する。しかも死体の損傷は激しく、吐き気を催すレベルだった。

 これって、あの馬車で襲われていた人たちだよな? これを見るに、相当恨まれていたようだ。そうでなければ、あの集団は異常者ということになるし。

 部外者であった俺をわざわざ埋めたということは、異常者でないだろうと思いつつも、目の前の惨状を見て、正常だと判断を下すこともできなかった。

 核が破壊されなければ死なないとはいえ、何か違えば俺もこいつらの仲間入りをしていたということだよな……。

 そう考えると、冷や汗が止まらなかった。

 色々と思うところはあるし、復讐をするべきという気持ちもある。しかし、あの集団に現状勝てる見込みが思い浮かばなかった。

 エレティアがいたとしても、結果は同じだろうな。そもそも、俺の称号はユニークも含めて戦闘系は剣士だけしかない。他は便利系だったり、成長、生存、特殊なものばかりだ。

 復讐を果たすとしても、直ぐには無理だと判断した。

 まあ、急ぐことは無い。俺が成長して戦力を揃えたときに、やればいい。奴らの居場所については常に把握・・しているわけだしな。

 俺はあの人外集団の居場所を、偶然とはいえ把握する術があった。


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