元はホームに戻るために用意したが、今回はいい方向に転がったな。
そう思いながら俺は自らの手の平に創り出した石ころへと視線を移す。それは、転送/召喚の称号スキルでホームと行き来するために必要なものだった。
一度ホームに戻ってしまうと、元居た場所に戻ることが出来なくなってしまう。理由は転送する目印が無いからだ。しかし、無ければ用意すればいいだけの話だった。
疑似天地創造で生み出した物は俺の完全支配下にあり、エレティアのように転送の目印になる。因みに、拾った物は自分の物でも転送すことはできるが、召喚したり目印にはならない。
ホームを出る前に思いついたことだったが、あの集団を見失わないで済んだのは大きい。まあ、目印のある物を捨てられると分からなくなるが、当分は大丈夫だろう。
目印となっているのは、金銭の袋に紛れ込ませた石と、剣及び短剣の鍔に巻きつけるようにして生み出した石の輪がそれになる。
銭袋は捨てられる可能性があるが、剣と短剣は早々に捨てることは無いはずだ。
あの人外集団は見るからに問題があり、装備品を簡単に手に入れられるとは思えない。つまり、貴重な装備品である剣や短剣を処分することは無いと予想した。
けれど、それも絶対とは限らない。やり返すのならできるだけ急いだほうがいいな。
そう考えるが、今の実力では返り討ちに会うのが目に見えていた。
まずは、力を付けるべきだよな。今の称号スキルで何ができるのか、今度こそ調べた方がいい。本当なら勝てた戦いも、調べるのを怠った理由で負けてしまってはやりきれない。
今回のことも、もしかしたら勝てたのかもしれない。ダメだとしても、逃げることが可能だった可能性もある。
鳩尾にある核が破壊されなければ死なないと分かったとはいえ、それはただ単に死ににくくなっただけだ。
俺は不死身という訳ではない。気持ちを引き締める必要があった。
さてと、何時までもこうしているわけにもいかないよな。あの襲われていた人たちの死体もあることだし、少し離れたところに目印を置いてホームに戻ることにしよう。
そうして、俺は目印の石をその場から離れた場所に設置すると、ホームを目印にして自らを転送した。
◆
「あー!」
「へ? うわっ!?」
ホームに戻ってくると、早々にエレティアが俺を押し倒してきた。
「あー!!」
なんだ!? 支配契約の効果が切れたのか!?
俺は突然のことに焦ってしまうが、直ぐにそれが杞憂だったことに気が付く。エレティアは俺を押し倒して馬乗りになっているが、ただそれだけだった。一向に襲われる気配が無い。
これは……どういう状況だ?
「あーう」
「とりあえず降りてくれないか?」
「……」
「苦しいから降りてくれ」
「うー」
一度目は何故か命令を無視されたが、二度目の命令でエレティアは俺の上から降りた。しかし、降りてもなお距離が近い。
状況からして、俺があの人外集団にやられたのが原因か? 支配契約の繋がりから、俺のピンチを感じ取っていた可能性もあるよな。
つまり、エレティアは俺の心配をしているということになる。
「もしかして、俺のこと心配してくれたのか?」
「あー」
どうやら、心配しているらしい。それが伝わってきた。
「済まなかったな。けれど、俺はもう大丈夫だ。だから少し離れてくれ」
「うー」
エレティアは少し不満のようだが、流石に身体がくっつきそうなほど近いのは困る。
ゾンビとはいえ、エレティアの見た目は良いからな。今まで異性と触れ合う機会が無かったし、緊張しないと言えばうそになる。
ただでさえエレティアはゾンビには見えない。少し肌白い普通の人間に見えてしまう。そのことがより緊張する原因へと繋がった。
まあ、このくらいの距離なら大丈夫だろう。
そうしてようやく、エレティアが人一人分ほど距離を空けた。
さてと、無事に戻ってこれたことだし、称号スキルについて何ができるのかしっかり把握することにしよう。
気持ちを切り替えて、俺は称号スキルについて考え始める。
まずは、攻撃手段になりえる称号スキルが重要だよな。現状だと、この三つになりそうだ。
攻撃手段になりえるのは、探索者の称号スキルである『飲水』『着火』と、剣士の『スラッシュ』の三つだと考えた。
飲水はエレティアの時にも使用したし、威力も魔力次第で役に立つ。同様に、本来は火種用の便利スキルである着火も、飲水と同じような感じだろう。
そう考えると、水と比べて火である着火の方が攻撃手段としては優れていると思えた。
次に、スラッシュは剣士称号の必殺技であり、使用するには高い集中と溜めが必要になるが、その代わりそれなりに硬い相手でも効くし、骨も断ち切ることができる。
白い虎頭の男と斬り合っている時に使えなかったのは、条件を満たす余裕が無かったからに他ならない。
けど、今冷静になってから考えれば、スラッシュも以前より能力が上昇している可能性が高いんだよな。上手く発動できていれば、あの状況から抜け出せていた可能性もあったかもしれない。
称号の恩恵を失った者の称号スキルに、『称号効果向上』というものがある。これは文字通り称号の効果が上がり、そのスキルも強力になるものだと、感覚的に理解できた。実際飲水はエレティアを吹き飛ばすほどの威力になったことを考えれば、それは間違いないだろう。
一度、着火とスラッシュの威力を試した方がいいな。
俺はそう決断すると、一番試しやすい着火から使用してみることにした。
酸素濃度は一定に保つようになっているし、ホームの中で使用しても大丈夫だよな? ダンジョンで火による酸素のどうこうって聞いたことがないし。
ホームで使うのと外で使うのはそこまで大差がないだろうと思った俺は、意を決してホームの上空に右手を平を向けて、着火を発動させた。
「おおっ」
「うー」
右手の平から吹き出た炎は、まるで火炎放射器のように勢いよく広がり、まっすぐホームの天井まで届いていく。その熱気と迫力に思わず声が出てしまった。
これは凄いな。複数人が相手でも対応できそうだ。くそ、これが最初から分かっていれば……。
実際、あの戦闘時に着火を上手く発動していれば、敵を全滅させることが出来たかもしれなかった。
それに、右手だけとは限らないよな。
左手の平を同じように突き出して着火を発動すれば、同じように炎が吹き荒れる。
「……」
俺、剣で戦うよりこっちの方が強くないか?
目の前の光景に、俺は無性に虚しくなってしまう。何故なら、これまで剣の鍛錬を欠かさず頑張ってきたのにもかかわらず、こうして簡単にそれを上回る力を手にしてしまったからだ。
いや、まだ分からない。スラッシュだって能力が上がっているはずだ。そうに違いない。
俺は着火を解除すると、スラッシュの検証をすることにした。が、検証するための剣が無いことに気が付く。
ああ、そうだった。剣は奪われたんだった。
自分も人から奪った剣だったが、逆に奪われると、悔しくて仕方がない。
無ければ、創るしかないか。
剣の形をしていればそれでいいと、俺は疑似天地創造で木刀をイメージして力を行使する。
あれ? 想像以上に魔力を消費する……そうか、形が複雑なものほど、魔力が必要になるわけか。
木刀でこれなら、鉄の剣の場合どれだけ魔力が必要か分からなかった。
いや待て、魔力がたくさん必要でも、鉄の剣を創るべきなのでは?
今更ながらそのことに気が付いた時、木刀、いや石刀が完成した。
「は?」
どういうことだ? 何故石に?
木製で創っているはずが、何故か石製での物が出来上がってしまう。不思議でならなかった。
失敗か? まあいい。次は鉄の剣だ。
とりあえず石刀は地面に置き、俺は続いて鉄の剣の制作を始める……が、結果できたのは石の剣だった。
「え?」
どうやら疑似天地創造では、できる物とできない物があるらしい。
酸素やリンゴの木は大丈夫で、木刀や鉄の剣は創れない……どういうことだ?
そもそも、ダンジョンには宝箱が発生し、武具やアイテムが手に入る。であるならば、鉄の剣はできて当然だと思っていた。
もしかして、ダンジョンのアイテムを生み出す能力と、疑似天地創造は別物なのか?
そのことに気が付いたとき、あることを思い出す。
___あなたは不運にもダンジョン転移にピンポイントで巻き込まれてしまった。
それにより異空間に放り出されたあなたの生存は絶望的だったが、奇跡的に生還した。
ダンジョン核の影響を強く受けたあなたは、その恩恵としてダンジョンの力をある程度手に入れた。___
そう、全てではなく、ある程度。つまり、鉄の剣や便利アイテムを創り出すことは、不可能という訳だった。
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