038 覚醒エネルギー

「嘘……だろ……」

 並行世界からやってきたデスハザードを、黒栖は難なく撃破した。時空魔法の枷が無くなった黒栖にとって、最早デスハザードは相手ではない。

 あれから、白羽を自宅のベッドに寝かせた黒栖は、並行世界からやってきたデスハザードを強制転移させると、次元の略奪者ディメンションスナッチによって心臓を奪い、今に至る。

 そしてやってきたデスハザードは、歴史を改変させる前に来た二人組のどちらでもなかった。並行世界で白羽を殺したことにより、罰則が与えられなかったからだろうと、黒栖は納得している。

「これじゃあ、全く足りない」

 デスハザードを撃破して覚醒エネルギーを得たが、これで白羽の魂を戻せるとは思えなかったのだ。隔離世界から戻った黒栖は、部屋で寝ている白羽の頬をゆっくりと撫でる。

 「白羽、待っていてくれ。必ず助けて見せる。誰を犠牲にしても」

 黒栖はそう白羽に言い残すと、その場から転移した。向かうのは、介護用品が売っている店や、病院だ。そこで必要な物を揃える。

 購入できるものは購入し、無理なものは時空魔法を使って窃盗を働く。白羽を生かすためならば、犯罪もいとわない。

 白羽を誰かに見てもらうことができない以上、自分でこの手の品を用意する必要があった。また白羽を病院に預けることなどもってのほかであり、もし仮に何らかの理由から町の外へ連れていかれた場合、黒栖に追う手段はない。

 時空魔法の枷が外れた黒栖でも、未だに住んでいる町の外へ行くことはできなかった。というよりも、町の外が存在しなかった・・・・・・・というのが正しい。

 時空魔法で町を囲っている見えない壁をこじ開けたが、その先には何もない空間が広がっていた。見えない壁からは、確かにその先に町が続いている景色が確認できるのにもかかわらずだ。

 それに対して黒栖は、この世界の歪さを知ったのもそうだが、白羽がその先に連れていかれることを酷く恐れた。それで白羽が失われたら堪ったものではない。

 故に、黒栖は白羽の面倒を自分で見ることにしたのだ。それに加え、そもそも他の者に白羽の面倒を見られるということ自体を嫌がった。そのことも大きい。

 そのような理由から、黒栖は必要な物を窃盗してでも用意した。無い知識は本屋で仕入れ、準備を済ませる。

 だが、そのあとしばらくして、白羽の時を止めれば何も問題が無かったことに気が付き、酷く落胆した。明らかに自分の視野が狭くなっており、無駄な事をしていたと。

「時間はあるようで無いのに、俺は何をしていたんだ」

 今は一刻も早く白羽の魂を取り戻すことが重要だった。そのためには、無駄を削らなければならない。それが大切な白羽の世話であろうとも。

「時を止めれば、白羽は何も変わらない。美しいままだ」

 黒栖はそう呟くと、眠っている白羽の時を止めた。今の白羽には魂が無く、身体は器にしか過ぎない。

「次は、いつだ?」

 そうして、次にこの世界にやってきたデスハザードを倒したことについて考えれば、順番的にはデスハザードとして、黒栖が並行世界へ行くことになる番だ。その時が何時になるのかと、過ぎていく時間の中、黒栖は苛立ちを隠せなでいた。

 今日デスハザードが来たということは、早くても明日になる可能性があると、黒栖は心の中では理解している。だが、今すぐにでも並行世界に行きたかった黒栖は、そこであることを閃いた。

「そうだ。来ないのなら、こちらから行けばいい」

 時空魔法を自由に使えるようになった今の自分ならば、こちらから平行世界に行くことが可能だと黒栖は考える。だが、並行世界の黒栖や白羽がいる場所に行くための座標が分からない。これまではどのようなルールで並行世界への座標を設定されていたのかと、黒栖は頭を悩ませる。

 しかし暫くして、その答えは案外あっさりと見つかった。それは、自分と白羽の同じ魂を持つ存在のいる場所へと、ランダム転移すればいいというシンプルなものだ。それならば、座標が分からなくても何とかなるかもしれないと、黒栖は思いつく。

 仮にその世界に黒栖や白羽と同じ魂が無ければ、転移は発動しない。それを適当に選んだ並行世界に対して総当たりをすれば、いつかは辿り着けるはずだ。

 それに気が付いた黒栖は、早速実行に移す。いくつもの並行世界に黒栖と白羽の魂を目的地として設定すると、転移を試みる。何度も失敗し続けるが、数分後には見事にヒットした。

「見つけたぞ。白羽、待っていてくれ」

 黒栖は時の止まった白羽に声をかけると、並行世界へと旅立つ。たとえ相手が同じ白羽だろうと、最早ためらうことは無い。

 ◆

「俺の名はデスハザード、お前の彼女ヒロインを殺すものだ!」
「くそっ!」
「黒栖君!」

 並行世界にやってくると、そこではデスハザードと黒栖が殺し合いを始めようとしていた。その横には、当然白羽もいる。

「なにッ!?」
「うそだろ!」
「えっ……」

 そこに第三者として、黒栖はデスハザードの姿で現れた。その単眼は、相変わらず血の涙を流す赤眼模様だ。

「赤眼のデスハザード……だと?」
「何で二人目も……」

 並行世界のデスハザードは困惑し、黒栖は二人目の出現に焦りを隠せない。そんな緊張が漂う中、赤眼のデスハザードが、口を開く。

「俺は、赤眼のデスハザード。お前らの覚醒エネルギーを奪うものだ!」
「なんだと!?」
「どういうことだ!?」

 自然と口からは、言うつもりが無かったのにもかかわらず、登場文句が呪いのように漏れてしまった。そのことに対して赤眼のデスハザードは一瞬頭を悩ませたが、別にどうでもいいと直ぐに頭を切り替える。

「そこにいるお前ら三人を、始末させてもらう」
「ちぃっ!」
「くっ!」

 それを聞いたデスハザードと黒栖は、即座に反応を示す。デスハザードは赤眼のデスハザードに襲い掛かり、黒栖は白羽を連れて逃げ出そうとする。

「無駄だ」
「グブアッ!?」
「なっ!?」

 デスハザードは赤眼のデスハザードの身体から発せられたいくつもの時空切断ディメンションカッターに切断され、黒栖の転移は妨害されて不発に終わった。

 身体をいくつにも切断されたデスハザードは、当然即死して覚醒エネルギーに変わる。それは、倒した赤眼のデスハザードではなく、並行世界の黒栖へと流れていった。

 どのような理由から覚醒エネルギーが他者に渡るのかは不明だったが、赤眼のデスハザードはそれに激怒する。

「それは俺の覚醒エネルギーだッ! 返してもらう! 次元の略奪者ディメンションスナッチ!」
「グアッ……」
「黒栖君ッ!」

 次元の略奪者ディメンションスナッチによって心臓を抜き取られた黒栖は、なすすべもなく地に伏した。その体からあふれ出た覚醒エネルギーは、今度こそ赤眼のデスハザードへと流れ込む。

「足りない。まだ足りない」

 デスハザードと黒栖二人分の覚醒エネルギーを獲得したのにもかかわらず、求める量に全く届いていないと、赤眼のデスハザードは嘆いた。だが、嘆いているのは一人だけではない。

「いやぁ! 黒栖君! な、何で! 嘘でしょ! 何で、何でこんなことに! ――」
「黙れ、まがい物」

 泣き叫ぶ白羽の首を、赤眼のデスハザードは容赦なく時空切断ディメンションカッターね飛ばした。最早見た目が同じだけの白羽に対して、躊躇どころか憎しみさへ感じている。

「次だ。もっと覚醒エネルギーを集めなければ」
 
 赤眼のデスハザードは、そういうと一旦元の世界へと帰ることにした。帰るときは特に手間がかからず、座標を探す必要もない。魂がその世界を故郷だと認識しているのか、鳥の帰巣本能のように、迷うことなく帰ることができる。

 そうして、赤眼のデスハザードは、本物の・・・白羽のいる世界へと帰還を果たした。


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