013 校庭での死闘

 黒栖は、自らが通う高校、陸央りくおう高等学校の校庭に転移してきた。
 隔離された人のいないその場所に、デスハザードの姿が無い。

「くたばれ!」
「!?」

 その瞬間、背後からデスハザードの声と共に手刀が迫る。デスハザードは、黒栖が転移してくるのに合わせて転移することで、時空の歪みによる感知から逃れたのだ。
 最早、その攻撃を回避する事は、通常ならば不可能に近い。そう、通常ならば。

「ぐがぁあっ!?」

 攻撃を受けたのは、黒栖では無く、デスハザード。その身体をくの字に曲げたかと思えば、校庭を転がるように吹っ飛ぶ。

「やはり、不意打ちをしてきたか」

 黒栖はそう言葉を吐くと、額から汗を流す。
 これは賭けであった。自分が相手の立場ならば、きっと不意打ちをするであろうという予想があり、実際それは正解だった。

 しかし、転移に合わせてくるというのは、流石に予想外であり、反応があと少しでも遅ければ、黒栖は死んでいただろう。

 そして、その攻撃から逃れた黒栖の能力値の割り振りは、基本値を100とした場合、下位殺しレッサーキラーに0、追撃者チェイサーに30、時空魔法に50、身体強化に20だ。

 そう、黒栖は必殺の一撃を捨て、回避型に調整していた。その結果、デスハザードの不意打ちを直前で感知し、時空魔法で手刀一つ分横に、短距離転移をしたのだ。
 そして、そのままカウンターの蹴りを繰り出した結果、デスハザードは校庭を吹き飛ぶように転がったのである。
 生憎あいにく、身体強化が本来より弱体化しているためか、致命傷には至ってはいない。

「くそがっ! 何で避けられるんだよ! 俺は・・避けられなかったのに!!」

 デスハザードが歪んだ声で叫ぶ。それは、悔しさと自暴自棄の混じったようなものだ。
 それを聞いた黒栖は、敵として現れたデスハザードのこれまでの言葉と合わせることで、あることを察する。

「そうか、お前、白羽を死なせたな?」
「黙れぇええ!!」
「図星か!」

 白羽を死なせた。それを耳にした途端、デスハザードは狂暴性を増したかのように、黒栖に転移と共に襲いかかる。
 下位殺しレッサーキラーに数値を割振っていない以上、その手刀を受ければ、黒栖の勝機は無くなってしまう。故に、黒栖は回避に専念する。

「お前に何が分かる! 目の前で盾になって死なれた俺の気持ちが!」
「そんな事は知りたくもない! 守れなかったお前の責任だ!」
「お前ぇええ!!」

 デスハザードは更に怒り狂う。それに対して黒栖は、口ではそう言ったものの、並行世界とはいえ同じ自分なのだ。その気持ちは痛いほど理解していた。

 自分がもし同じ立場となったならば、目の前のデスハザードと同様に狂うのか、それとも、それ以上になってしまうのか。
 黒栖は、その時が来ない事を祈るばかりだ。
 そして、それと同時に目の前のデスハザードを、解放してあげたいとも思った。

 だからこそ、黒栖は大きな賭けに出る。

「なんだお前、全然当たらないぞ? そんなんだから、白羽を殺されたんじゃないのか?」
「黙れ! お前はまだ白羽を殺されていないからそんな事が言えるんだ!」

 辛辣しんらつな言葉と共に、黒栖は短距離転移と感知能力をフル活用し、まるでデスハザードの攻撃を、難なく避けた様に演出する。
 だが実際には、かなりぎりぎりな状態だった。判断一つ間違えば、黒栖は真っ二つにされてしまうだろう。

「ああ、わからんな。白羽を守れなかった奴の言葉なんて」
「黙れ! 黙れと言っているだろうが!!」

 そして、デスハザードの怒りが頂点に達した瞬間、黒栖に隙ができる。
 そこへ、何の躊躇ためらいも無く、デスハザードは心臓へ向けて抜き手を放った。

「がはッ!?」

 それは、間違いなく心臓を穿うがち、吐血させる。

「残念だったな」
「な、何を……しやがった……」
「さあな」

 その言葉を吐血混じりに口にした人物、デスハザードは、そのまま地に伏す。

 黒栖は、賭けに勝った。
 いったい黒栖が何をしたのか、それは、時空魔法を最大限に利用した、設置型の罠だった。
 黒栖の心臓の場所に設置されたそれは、発動すれば相手の攻撃した個所と、同じ場所に向けて部分転移する強力なカウンターだが、設置するのにかかる時間、能力の割り振りに必要な高い数値、発動中消費する覚醒エネルギー、そして、その場所にうまく誘導させる必要がある。

 それを、黒栖はデスハザードの攻撃を回避しながら、会話までもしていた。そんな綱渡りのような芸当をやってのけた黒栖自身、実際驚きを隠せない。

 今回は、相手の精神状態が悪いのに加え、攻撃が読みやすく、単調になっていた事が勝利に繋がったのだ。
 次も同じ手を使うのは難しいだろうと、黒栖も考えている。

「ああ……ちくしょう……何で同じ自分なのに、どいつもこいつも強いんだよ……」

 黄金の粒子になりつつあるデスハザードは、死に際に、独り言を繰り返す。それはまるで、誰かに愚痴でも聞いてもらいたいようだった。

執拗しつように白羽を狙って攻撃してきた奴に、見たこともない技を使ってくる奴、ふざけるなよ……くそ、今思えば、俺は臆病者だったのかもしれない……時間切れまで白羽と転移して逃げるなんて、そもそも間違いだったんだ…‥白羽、白羽に会いたいなぁ……」

 黒栖は何も言わず、デスハザードの言葉を真剣に聞いていた。これは自分だと。ありえた可能性の一つだと、そう心に刻み込む。
 自分は決して白羽を死なせる訳にはいかない。黒栖はそう強く思う。

 そして、デスハザードは覚醒エネルギーの光となり、完全に消え去った。その一部が黒栖に入り込む。

「……」

 この戦いによる勝利の喜びは無く、喪失感のような後味の悪い想いが、黒栖の胸を締め付けるだけだった。


目次に戻る▶▶

ブックマーク
0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA