014 自業自得

 隔離された場所から無事に戻って来た黒栖は、元々いた公園のベンチに座っている。

 戦いには勝利したが、これで最悪な事態が二つも判明してしまった。
 それは、デスハザードが現れるのは一度だけでは無かった事、そして、白羽と離れていても現れるという事だ。

 黒栖は、どうしたものかと考える。現在視界を飛ばして、白羽の無事を確認しているが、眠っている時や、何かしらの理由で監視できなかった場合、その数秒が命取りになるかもしれない。
 今回の相手は、どうにかして白羽を連れ去ろうと考えていた為、黒栖より先に白羽の近くにいたのにもかかわらず、白羽を殺す事はしなかった。だが、次の相手もそうとは限らない。

 白羽と離れていても、隔離空間には引きずり込まれるようではあるが、相手であるデスハザード自体は、白羽の目の前に現れる。
 つまり、如何いかに黒栖が急いだとしても、間に合わない可能性があるのだ。
 とはいえ、二十四時間、白羽を監視し続けられるわけがない。

 黒栖は頭を抱える。こんな事になると分かっていれば、白羽に嫌われ、遠ざけるという手段を取らなかったと。完全に、それがあだとなっていた。

 そうしている間に、能力を通して監視している白羽が、制服姿のままで日の沈んだ町へと飛び出す。
 目的地は、おそらく方向からして黒栖の自宅だと思われた。

「……話を聞いてもらうしかないか」

 結局のところ、まずはそれしかないと、黒栖は一人呟きながら左目だけ監視能力を維持しつつ、転移で先に自宅へと戻る。

「なんだよ、これ……」

 黒栖が自宅に転移すると、まるで空き巣にでも入られたかのように、荒れ放題の光景が広がっていた。
 机には目立つようにする為なのか、置かれていたものは全て床に薙ぎ倒され、代わりに一通の手紙が置かれている。

「はぁ……」

 明らかに犯人は姫紀だろうと、黒栖はそう確信をしたが、あの状況でこの場所に一人残していったのだから仕方がないと、つい諦めるようにため息をしてしまう。

 A4ノートを引き千切って書いたと思われる手紙を、黒栖は嫌な予感がしながらも手に取って読み始めた。

『ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないんだから!! 結局ただの痴話げんかじゃない! あんたの顔なんてもう見たくない! 私初めてだったのに!! 慰謝料を貰うから! 文句なんて言わせないわよ!』

 という内容だった。
 初めてという文面に、黒栖はキスの事だと思考する。しかし、だとすれば、黒栖の初めても姫紀が奪ったという事になる。
 そう、黒栖もあれがファーストキスだったのだ。

 そして、慰謝料という文面に、黒栖はボックス型の引き出しを確認する。そこには、今までデスハザードとして活動する事により、得ていた金銭が入っているはずだった。

「……取りすぎだろ」

  しかし、そこには申し訳ない程度にしか、金銭が残ってはいない。
 幸いだったのは、報酬としてドアポストへと投げ込まれていた金銭は手つかずで、そのまま残っていた事だろう。

 それでも被害総額は、数百万円にも上る。ファーストキスの代金にしては、あまりに暴利だった。
 常人ならば、怒りと悲しみにわめくか、奪い返そうと行動に移すだろう。

 だが、そこは黒栖クオリティ。溜めていた金銭の大部分を取られてしまったが、それで手を打ってくれたことに安心してしまった。

 結局、金銭を得ても、働いている気は全くなく、娯楽にも興味が薄い。それでいて、贅沢をする気も無かった。
 故に、黒栖は金銭への執着しゅうちゃくはほとんどない。

 それよりも、家具や衣服、様々な小物などを荒らされて、部屋に散らばっている惨状さんじょうの方が、黒栖はどちらかといえば悲しかった。

「自業自得か……」

 黒栖はそう呟くと、白羽が来る前にできるだけ元に戻せるように、掃除を始める。
 そして、何とか白羽が来る前に、身体強化や時空魔法を駆使する事によって、元通りきれいにする事ができた。

 無駄に能力を使ったが、自宅の鍵を開ける為に発動した部分転移しかり、こういう関係の無いところで能力を使う事によって、黒栖は技を思いつくきっかけがあるはずだと、そう考えている。
 決して、白羽に汚い部屋を見られたくないという事ではない……ないはずだ。

 そうしている間にも、自宅の前に白羽が到着したようで、インターホンが鳴り響く。
 今回は鍵を使わないようだった。前回の事がトラウマになっているのか、それとも、それだけ黒栖との距離が遠ざかってしまったのか、それを知るすべを、黒栖は現在持ち合わせてはいない。今できるのは、自宅に白羽を迎え入れる、という事だけだ。
 緊張しながらも、黒栖は自宅のドアを開けた。

「あ、黒栖く……狭間君」
「……入ってくれ」
「うん……」

 そう名前を言い直した白羽に、黒栖は何とも言えない痛みが一瞬だけ、心の中に突き刺さった気がした。
 だが、そうだとしても仕方がない。こうして自宅にわざわざ来てくれただけで、ありがたいと思うしかないと自分に言い聞かせる。黒栖は軽く深呼吸をすると、白羽を自宅へと招き入れた。


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