035 獣人奪還戦

「ふっ!」
「ぐあっ!?」

 転移して早々、俺は目の前にいた男を斬り倒す。周囲を見れば、複数の奴隷狩りと思わしき男たちがいる。そして狭い森の中に場違いな牢屋馬車があった。当然その中には獣人たちがいる。

「 仲間の仇だ! くらえ!」
「お前らには死んでもらうにゃ!」

 俺に続き、べガルとノワレも敵に斬りかかった。敵は突然現れた俺たちに対応できず、慌てふためいている。

 これならいけるな。

 俺はそう判断すると、三人ほど纏まっている敵に左手の平を向けると、探索者の称号スキルで得ある『着火』を発動した。手の平からは火炎放射器のように、炎が吹き荒れる。

「ぎゃああああ!」
「あづぅぁあああ!?」
「やめぁえ!?」

 着火の火力はかなりのものであり、瞬く間に奴隷狩りの三人は火ダルマになって焼け死んだ。

 実戦で使うのは初めてだったが、やはり着火は強力だな。べガルたちに見られてしまう恐れはあるが、まあいいだろう。

 べガルたちには今更能力を隠したところで、転送や疑似天地創造まで見られている関係上、そこまで気にしても仕方がないと割り切った。

「そこまでにしていただこうか?」
「誰だ?」

 着火についてそんなことを考えていると、一人の男が俺の前に現れる。青色の長髪をした優男だった。目の下のクマが不健康的に見えると共に、戦闘能力は一見低そうに見えるが、どことなく不気味な気配を感じ、俺は一旦様子を見ることにする。

「私はこの馬車の護衛をしているランディルという者です。貴方が最初に斬ったのが依頼主だったのですが、まさか突然現れるとは思いませんでしたよ。いやはや、護衛失格です」
「そうか、それは災難だったな」

 ランディルと名乗った男は、大げさに両手の平を上にあげて首を振った。その様子からそこまで残念とは思っていないように見受けられる。

「はい、災難でした。しかし、場合によっては幸運です」
「幸運?」

 何を言っているんだ、こいつは。

 俺はランディルの言葉を聞いていぶかしむ。

「その通り、幸運です。それと唐突な質問で恐縮ですが、何故貴方は獣人に手を貸すのですか?」
「助けた方が得をする。ただそれだけだ」
「なるほど……」

 ランディルは俺の回答に満足したのか、俺のつま先から頭のてっぺんまでを観察するように、紫色の瞳を向けてくる。それがどうにも、居心地が悪く感じた。

「遺言はそれだけか? ならお前には死んでもらう!」
「ふふ、怖いですねぇ。ですが、私はまだ死にたくないので、抵抗させてもらいますよ」

 俺が斬りかかると、ランディルは持っていた剣で難なく斬撃を受け流す。その動きだけで、実力の高さがうかがえた。

 くっ、やはり見た目は弱そうだが、実力はかなり高い。剣技だけでは、簡単に倒せそうにないな。だが、俺には称号スキルがある。

 問題は適当に発動しても、ランディル実力からして避けられる可能性が高いことだ。

 ここは隙を作って、そこにスラッシュの一撃を放つべきか。それに加えて、べガルとノワレが他の敵を倒すまで時間を稼げばいい。

 そう判断した俺は、間合いを詰めながらも、ランディルの動きに集中する。

「おや? お喋りはここまでですか? 残念ですねぇ。それでは、次はこちらから行きますよ?」
「っ!?」

 何だこの速さは!?

 まるで瞬間移動したかのように、ランディルが目の前に現れて剣を振るってきた。それを何とか受けてやり過ごすが、明らかに振るう速度から手加減をされていることを理解する。

 くっ、何が目的だ? それとも舐めているのか? だがこのままだと不味い。

 俺はランディルに向けて着火の炎を放つ。

「危ないですねぇ。ダークミスト!」
「なっ!?」

 するとランディルの周りに黒い霧が現れ、着火の炎を遮った。僅かに感じる魔力の残滓から、目の前のそれがスキルだと予測するが、ランディルがわざわざ説明を開始する。

「ふふ、これは闇魔法ですよ? 魔法を見るのはもしかして初めてですか? ということは、その炎はスキルなのでしょうか? 突然現れたのといい、もしかして貴方はダブル・・・ですか?」
「魔法? ダブル?」

  この世界に来て魔法を見たのは初めてだった。ほとんどスキルと大差ないように見える。更に、ランディルのいうダブルという言葉。予想するにスキルを二つ所持しているということだろうか。

 こいつ、普通じゃないな。なぜこんな奴が奴隷狩りの護衛なんかを。

 一人だけ実力が飛びぬけていることに疑問を覚えながらも、俺は次の手を考える。

 着火が効かないとなれば、飲水も効果は薄いだろう。出来て意表を突くことができるかといったところか。やはり、決め手は上手くスラッシュを喰らわせることしかない。

「おや? どちらも知らないのですか? ダブルはスキルを二つ持っているということですよ? 魔法はスキルとは別枠です。まあ、生まれ持っての才能という点では同じですが」

 俺が悩んでいる間も、ランディルは面白そうに説明をしている。明らかに、俺のことを舐めていた。

「余裕だな?」
「いえいえ、そこまで余裕はありませんよ。貴方は年齢にしては優良株ですね。どうでしょう。私側につきませんか? 金銭や美しい女性を思いのままにできますよ?」
「くっ、断る!」

 突然の勧誘に驚愕してしまうが、易々と頷くわけがない。目の前の男は信用できなかった。

「ふふふ、残念ですねぇ。では、一つだけ質問を。貴方は、魔族のことをどう思いますか?」
「魔族? 別に何とも思わない。害があるようならば対処するが、それだけだ」
「ふふふふふ! 益々貴方が欲しくなりますねぇ!」
「ぐっ、お前気持ち悪いな」

 舐め回すような視線に、思わず身の毛がよだつ。

 何故魔族なんかの質問をする? いや、答えは一つか。

「おや? もしかして気が付きましたか? そうですよ。私は今でこそ人族に擬態していますが、その正体は魔族です。どうですか? 恐ろしいですか?」
「知るか。お前が魔族だろうと、俺の敵であることは変わりない!」
「おやおや、アプローチの仕方を間違えてしまったようですね?」

 何なんだこいつは、さっきから舐めたような動きと、言動は。

 俺は苛立ちを隠せずに、剣を振るう。だが、それもランディルに届くことは無い。

「くっ、お前の目的は何なんだ!」
「気になりますか? そうですねぇ。貴方は面白そうですし、特別に教えましょう。最近この国に勇者が召喚されたことはご存じかもしれませんが、その勇者の一人がどうにも、獣人の奴隷を所望しているようでしてね。私は奴隷商の護衛に交じって、一目見ておこうと思ったのですよ。あそこは私一人だと守りが厳重過ぎて、容易には近づけませんからね」

 ランディルは長々と、自らの目的を簡単に喋った。しかしだからといって、ここで獣人たちを引き渡すわけにはいかない。

「そうか。だが、獣人たちを連れて行かせる訳にはいかないな」
「でしょうね。しかし、それはもいいのです。方法は一つではありませんから」
「それはどういう……」

 俺がそのことを訊こうとした時だった。

「お前で最後だ!」
「ミカゲ! 今助けるにゃ!」

 べガルとノワレが駆けつけて、ランディルに斬りかかる。しかしその剣は空を切り、ランディルに傷一つ付けられないどころか、ランディルの身体は徐々に霧へと変わっていく。

「ふふふ、今回は貴方、そちらの仲間がミカゲと呼んでいましたね。ミカゲの将来性に免じて引きましょう。貴方の活躍は、我々にとっても利になりそうだ。獣人たちと仲良くしてくださいね」
「ま、待て!」

 思わず呼び止めるが、ランディルはその言葉を残して消えてしまった。

 くそ、逃げられたか。いや、逃がされた。その気になれば、あいつは俺を簡単に殺せたに違いない。

 俺は唇を噛みしめながら、今回のことを深く胸に刻み込んだ。

 あいつとはこの先、どこかで再び出会うことになるだろう。俺の直感がそう告げている。であるならば、次は必ず倒さなければならない。せめて殺されない程度には、強くなる必要がある。

 魔族に勇者という厄介ごとが目に見えて迫ってきている予感に、俺はこのままではいけないと、強くそう感じた。


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