034 移住への決断

「それで、どうだろうか。このホームに移り住む決心はついたか?」

 俺が獣人たちにそう問いかけると、既に答えが出ているのか、代表してべガルが答える。

「ああ、我々はこのホームでやっかいになろうと思う。ついては、拠点に残してきた仲間たちへの説得と、荷物の移動にとりかかりたい。これからはよろしく頼みます」
「そうか。それはよかった。こちらこそよろしく頼む」

 べガルと俺はお互いに笑みを浮かべると、握手を交わす。こうして獣人たちが移り住むことが決まったので、一度元の場所に戻ることになった。

 念のため目印の石を撒いたのは幸いだったな。

 ホームへと転移する直前、俺はこっそり目印の石を周辺にいくつか撒いていた。それを起点に、俺たちは冒険者風の男たちを倒した場所へと転移する。

 順調だな。魔力徴収元となる獣人たちと、その獣人たちが持っていた物資が手に入るとすれば、上々の出来と言えるだろう。

 俺は心の中で笑みを浮かべつつ、森へとやってきた。ついてきたのは、べガルとノワレの二名である。これは効率的に移動するためと、後ほど目印の石を置くことで待機している面々を呼ぶことが可能だからだ。

「さて、我々の拠点だが、ここより少し離れた場所にある。方角としては、東の山脈方向だ。走って向かうが、問題はないか?」
「ああ、問題はない。体力には自信があるからな。遠慮せずに行ってくれ」
「了解した」

 そうしてべガルを先頭に、俺たちは森の中を駆ける。獣人の彼らはかなりの速度で走っているが、俺もそれに難なくついていく。

「驚いたにゃ。あたしとべガルに余裕でついてくるなんて」
「あの時戦った時から思っていたが、貴方はやはりただものではないようだ……あの時のこと、後ほど話をさせてほしい」
「わかった」

 べガルは俺を襲った時のを思い出したのか、申し訳なさそうにそう言った。それに対して俺は、とりあえず返事だけをする。

 まあ、表面上は許した方がいいのだろうな。償いは魔力の徴収と労働で返してもらおう。

 俺は心の中でそう考えていると、ノワレが続いて謝罪を口にした。

「あ、あたしも、取り返しのつかないことをしてしまったにゃ。本当に申し訳ないにゃ。償う機会があれば、あたしは何でもするにゃ」
「そうか。機会があれば頼むことにする」
「……その時は全力で応えるにゃ」

 ここで適当に許すのは違うと思ったので、そのように言葉を返す。ノワレも同様に、魔力徴収や労働力として報いてもらおう。

 それからは特に話すこともなく、俺たち黙々と森の中を移動した。そうして数十分ほど経ったころ、見覚えのある馬車が視界に入る。これはおそらく、あの時奴隷商人から奪った馬車だろう。目の前には、獣人たちの拠点だと思われる洞窟が見えた。

 かなり目立つが、仲間を移動するのに便利だから捨てられなかったのか。というか、この場所に運ぶ事態相当手間だっただろうに……。

 俺がそんなことを思っていると、洞窟から一人の獣人が出てきた。しかし、身体は傷だらけで、今にも倒れそうだ。

「エンザム!」
「べ、べガル……み、みんなが、奴隷狩りに……」

 エンザムと呼ばれた獣人は。それを最後にこと切れてしまった。

「く、くそ! どういうことだ! どうして奴隷狩りがこの場所に!?」
「わ、分からないにゃ! でも、あたしたちがいないときに襲ってくるなんて……」

 二人は混乱しながらも、他に生き残りがいないか洞窟の中に駆けていく。俺も追いかけるが、洞窟内は惨憺さんたんたるものだった。

 これは、酷いな……。

 死亡しているのは、ほぼすべて成人男性の獣人たちであり、身体の欠損から相当痛めつけられたことがうかがえる。女性や子供がいないことから、奴隷狩りに連れ去られたのだろう。

「く、くそ! いったいどうすれば! 人族め!」
「うっ、また仲間が、家族が……」

 手がかりは何もなく、二人は打ちひしがれる。

 これは困ったな。外の馬車が残されていることを考えると、回す人手がいない少数精鋭だったのか? いや、でもそれなら洞窟内の物資を根こそぎ持っていくだろうか?

 洞窟内には、大きな家具や価値のない物だけが残されており、貴重品や食料の類は見られなかった。

 何か、カラクリがありそうだな。いやそれよりも、貴重品が全てないのはある意味僥倖ぎょうこうか。

 俺は思わず笑みを浮かべてしまう。何故ならば、奴隷狩りが奪った貴重品の中に、俺の目印の石が入った金銭袋もあったからだ。意識を集中すれば、この場所から少し離れた場所を移動していることが分かる。

 これなら、問題なさそうだな。

「落ち込むのはまだ早い。仲間の場所に行くことが可能だが、どうする?」

 俺がそう言葉を投げかけると二人は一瞬驚くが、当然その応えは決まっていた。

「連れて行ってくれ! 頼む! こんなことをした奴らを生かしておけるはずがない!」
「あたしも行くにゃ! 一度遅れを取ったけど、今度は目にものを見せてやるにゃ!」

 二人は怒気に満ち溢れながらも、力強く返事をする。俺はそれに応えようと、軽い説明を始めた。

「これから奴隷狩りと思われる奴らの場所に転移する。おそらく奴らは突然現れた俺たちに驚くはずだ。そこで、その隙に出来るだけ敵の数を減らすことに集中してくれ。敵の数や強さは不明だが、一定の効果はあるはずだ」
「了解した!」
「わかったにゃ!」

 べガルとノワレは武器を抜き、準備を済ます。俺も同様に剣を抜いた。

 敵がどれくらいの強さを持っているのか分からないが、この二人がいれば早々にやられることは無いはずだ。

 べガルは俺よりも剣術の腕が上であり、ノワレは不意を突いて心臓を一突きするほど暗殺術に長けている。そこに俺が加われば、大抵の相手なら容易に倒せると踏んだ。

 よし、何も問題は無さそうだな。敵の位置は、ここか。

 俺は念のため近くに目印の石を落とすと、べガルとノワレを連れて、奴隷狩りの場所まで転移した。


目次に戻る▶▶

ブックマーク
0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA