037 永遠の無

 黒栖は、未だ隔離世界にいた。自身の時空魔法によって、その状態を維持し続けている。

 目の前には、時を止めて朽ちることのなくなった白羽の遺骸。それをずっと眺めていた。

 何がいけなかったのだろうか。どうすればよかったのだろうと、自問自答を繰り返す。

 だが、心にぽっかりと穴が開いてしまっているからなのか、思考力がほとんど無かった。

 意味のない時間だけが過ぎていく。いや、時が止まった隔離世界では、実質”無”そのものだ。

「白羽……俺はどうすればよかったんだ?」

 そんな言葉を呟いたところで、当然返事はない。最も黒栖自身、それに意味なんて無かった。

 隔離世界から出てしまえば、白羽が殺されたことを受け入れなければいけない。それが本能的に分かっているからか、黒栖はこの場所から抜け出すことができなかった。

 それから、黒栖の体感で何日、何年も過ぎていく。その間、黒栖は白羽を抱きかかえて、これまで一緒に行った場所へと行ったり来たりしていた。

 だが、それもただ思い出に浸るだけで、何も意味を為さない。最終的には、時の止まった白羽の遺骸を自宅のベッドに寝かせて、その傍らに座り込んでいる。

 白羽の遺骸は、未だに朽ちることなく、ただ眠っているように綺麗だった。

 黒栖にできるのは、過去の楽しい思い出の中で、僅かな幸福に縋るだけ。

 何も変わらない。何もなさない。最早、黒栖の心が無と化していく。そんなとき、偶然にもあることを思い出した。

 それは、この原因ともなった並行世界の白羽についてだ。自分があの時殺さなかったばかりに、こんな状況に陥った。戻れるならば、今すぐにでも並行世界の白羽を殺したい。

 そう何度も考える。だが、それはとうの昔にも考えたことであり、一度過去へ戻ろうとも思った。だが、それは現状でも分かる通り、実行してはいない。

 何故ならば、過去の並行世界に戻るということは、今維持している隔離世界を放棄しなければいけないということだ。それと同時に、目の前の白羽の遺骸を捨てるということにもなる。

 更に付け加えるのならば、仮に過去の並行世界に戻れたとして、そこで無事に白羽を殺して歴史を変えた場合、その後に出会う白羽は、果たして本当に自分の白羽なのか、分からなくなったからだ。

 並行世界に何度も行ったことで、様々な他の自分や白羽と出会ってきた。それを長い間同一存在だが別人であると思い続けてきた結果、歴史改変後の白羽が同じ白羽なのか、黒栖はそのことについて自信を持てないという訳である。

 白羽であれば、誰でもいい。黒栖はそんな考えを持てなかった。だからこそ、この隔離世界に長い間囚われている。

「クソがっ……」

 これまで感情が無へと向かい始めていた黒栖だったが、ここにきてそれを思い出したことにより、一瞬怒りと共に覚醒エネルギーが周囲へと吹き荒れた。

 だが、それが取り返しのつかないことへと繋がってしまう。

 吹き荒れた覚醒エネルギーが、白羽の遺骸にかけられていた時を止める時空魔法の効果を打ち消してしまった。それにより、白羽の遺骸はこれまで時を止め続けてきた反動なのか、一瞬で灰になってしまう。

「……し、しろは……うそ……だろ……」

 こうして、黒栖は完全に白羽を失ってしまった。

 それから、黒栖は泣き叫び、町を破壊したりと、隔離世界で暴れ続けた。しかし、それはただ虚しく、何も生み出さない。

 そして、白羽の遺骸を失ってからしばらくして、ついに限界が来る。

「白羽に、会いたい。俺の白羽に、会いたい」

 黒栖は、歴史を改変することにした。それによって出会う白羽が、自分の探し求めている白羽だと信じて。

時空転移ディメンションワープ

 黒栖は失敗したあの時へと転移した。

 ◆

 気が付くと、黒栖はあの時の白羽の部屋にいることに気が付く。周囲にはゆりかごや、赤子用の玩具、そして赤子用の衣服などが置いてある。正しく、あの時の場所だった。

 不思議なのは、そこに失敗した時の自分がいないことだ。時間を遡ったのならば、いないことの方がおかしい。だが、現状ここには自分以外にはおらず、隔離世界で長い年月を過ごしていた黒栖は、気にも留めなかった。

 そうして、その時は訪れる。

「黒栖君!」

 部屋の外から幽鬼ゆうきごとく、白羽が現れた。

「会いたかった! ねえ聞いて、私たちの赤ちゃんが生まれるんだよ? 一緒に名前を考えよう?」

 以前と変わらないセリフを言って近づいてくる並行世界の白羽。前回の黒栖であれば動揺していたところだが、今は違う。

「お前は、俺の白羽ではない」
「へ?」

 最早そこに躊躇ためらいや罪悪感など存在しなかった。

「死ね」
「そ、そんな……黒栖く……」

 黒栖は、白羽の心臓をその場で時空魔法を使い、圧縮して潰す。あっけなく、並行世界の白羽は絶命した。

「これで、いい」

 虚しく、黒栖の言葉が呟かれ、白羽の遺骸を見つめる。だがそこに、悲しみや絶望は無い。

 思うのは、これで問題なく歴史が変わったのかどうかだった。

「頼む。俺の白羽に会わせてくれ」

 隔離世界の残り時間は、黒栖にとって永遠のように感じられてしまう。そして、到頭元の世界に戻る時が訪れる。

「ここは……」

 気が付けば、黒栖は学校の屋上にいた。姿はこれまでずっと赤い目の模様をしたデスハザードだったが、今は本来の黒栖の姿である。

 だが、そんなことはどうでもいい。今は、白羽の事の方が重要だった。周囲を見渡すと屋上のドア近くの壁に、白羽が眠るよにして座っているのを見つける。

「し、白羽!」

 黒栖は当然白羽の元へと駆け寄った。そして、その手を肩に置いたとき、全てを悟ってしまう。

「うそ、だろ」

 この白羽は確かに自分の会いたかった白羽であるのは間違いない。生きてもいる。だが、そこに魂が感じられないのだ。

 覚醒エネルギーを自分自身で生み出した結果、その根源たる魂について、黒栖は敏感になっていた。人の僅かながらに発せられる覚醒エネルギーを、黒栖は感じ取れるようになったのだ。

 その力故に、目の前の白羽に魂が無いことを理解してしまう。

「な、なんで? どうして? そんなはずない。そんなはずないだろ!」

 黒栖は全てを呪った。これも神の成したことなのか、不正は見逃さないということなのかと。

「は、はは。俺は、いったいどうすればいい? どうすれば白羽を救える?」

 黒栖は涙を流しながら、頭を抱えて言葉を発する。だが、頭の中がぐちゃぐちゃで、碌に思考が定まらない。

「そ、そうだ。覚醒エネルギーをもっと集めればいい。そうすれば何か起きるかもしれない。これまでだったそうだったじゃないか!」

 思いつくのは、覚醒エネルギーという奇跡を起こすものを集めるということだった。そうすれば、何かが起きるかもしれない。いや、何かが起こるはずだと、黒栖は自分に言い聞かせた。

 そうでなければ、黒栖自身が狂ってしまいそうだったからだ。狂ってしまえば、今度こそ白羽を救うことができなくなる。

 それを本能的に恐れたのか、藁にもすがる思いで、黒栖はそう結論付けたのだ。

「まずは、帰ろう。白羽を何時までもこんな場所に置いてはおけない」

 黒栖は、白羽を抱えて自宅へと転移した。その時、学校の屋上を監視する視線には気がつかないまま。


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