白羽が死んだ。
その事実を、黒栖は受け入れられなかった。これまで何のために戦って来たのかと、分からなくなってしまう。
失わないために、努力してきたつもりだった。だが、並行世界の白羽を殺さなかったという甘さのせいで、全てが台無しになってしまう。
黒栖はどこか、自分ならば大丈夫だと思っていた節がある。だが、それは偽りだ。並行世界の白羽を殺さないための言い訳だった。
もう戻らない。体温が徐々に無くなっていく白羽を見つめることしかできない。
どうすればいいのだろうと、頭の中で思考を続ける。だが、その答えはただ一つ。自分がの考えが甘かった。目の前の白羽だけを見ていなかったせいだと、自責の念が絶えない。
加速していく思考の中で、黒栖は何かに蝕まれていく感じがしていた。愚かな自分、甘すぎた自分、馬鹿だった自分。全てが無くなっていく。
自分の内側から、何かが覗いている用だった。それは、闇の中から薄っすらと浮かぶ白い単眼模様。それがじっと黒栖を見つめている。心の奥にいるそれは、鎖で雁字搦めにされ、動けない用だった。
この鎖一つ一つが、何を表しているのか、黒栖は理解してしまう。これは、デスハザードだと。そして、この鎖はいわば封印。その解除するきっかけを、黒栖は既に持っていた。
どす黒い長剣によって、封印された部屋までの鎖は全て解かれている。あの感覚を思い出せば、この封印を解くことが可能ではないかと、黒栖は考えた。
しかし、それは容易ではない。自身の力を全て使ったとしても、解けない可能すらある。
だが、目の前の白羽を失った黒栖に、何をためらう必要があるのだろうか。ほんの一瞬でもいい。せめて白羽を殺した復讐さへ出来れば、自分の命など最早どうでもよかった。
「――ッ!」
「なにっ!?」
既に白羽を殺したことで、事は済んだと傍観していたデスハザード達は、驚愕をする。突然、黒栖が黄金の光を身に纏い始めたからだ。その黄金の光は、まぎれもなく覚醒エネルギーだった。
「くそっ!」
「死ね!」
何が起こるか分からないが、止めなければいけない。それを理解したデスハザード二人は、黒栖の排除に動き出す。だが、それは手遅れだった。
「ぐあっ!」
「何が起きた!?」
黄金の光が一気に吹き荒れ、デスハザード二人を吹き飛ばす。そして、そこに立っていたのは、黒栖ではなく、デスハザードだった。
その姿は、黒い軍服に軍帽、口元まで隠す軍服コート、そして黒い布で両目を覆い、その中央には特徴的な赤い単眼の模様がある。その模様は、血の涙を流しているかのように、幾本かの赤い線が足されていた。
赤眼のデスハザードとなった黒栖は、腕に抱えた白羽の亡骸をゆっくりと血に寝かす。
「終わったことだ。理由も知っている……だが、死んでもらうぞ!」
その瞬間、隔離空間が真っ赤に染まる。それは、目の前の敵を逃がさないという表れだった。実際、白羽を殺したことで自動的に元の世界に戻るはずだったデスハザード二人は、この世界から最早逃げ出すことができない。空間は閉じられた。
「いったい何が!?」
「お前は何なんだ!」
流石に目の前の状況に混乱を隠せないデスハザードたちだったが、それに黒栖が答えるはずはない。その代わりの答えが、これだ。
「次元の略奪者」
「ぐぼアッ!?」
黒栖の右手には、一つの心臓が握られていた。持ち主はもちろん、デスハザードの一人だ。心臓以外にも何かされたのか、口から大量に吐血している。当然、その命の灯は散った。
「嘘だろ!? こんな簡単に!?」
残ったデスハザードは、その出鱈目な力を理解することができない。
そもそも、次元の略奪者は対象の装備を奪い取る。又は以前行ったように、次元や空間を捻じ曲げて、遠距離攻撃を跳ね返すカウンター技であった。しかし、今の黒栖なら、無防備な相手の心臓を奪い取る事や、内臓を捻じ曲げることまで可能としている。
「そうか、時空魔法の制限が全て無くなったのか……」
殺したデスハザードの心臓を握りつぶし、黒栖は一人ごちる。これまで、時空魔法の力には制限をかけられていた。並行世界へ行くのもこの力が影響しており、覚醒エネルギーの管理も関係している。それだけの能力を秘めていた使用制限が、断ち切られた。
それを意味するのは、これまで時空魔法で行えなかったことを可能とするという事である。更に、既存の出力が大幅に上昇し、本来できない次元の略奪者による心臓の強奪を可能とした。
しかし、封印の解除となにか関連性があったのか、失った力も存在している。それは、両手で下位のあらゆる存在を殺害、破壊、無効化することができる能力、下位殺しだった。
どす黒い長剣が以前、自分は黒栖の両腕と近い存在であり、神の下僕だと言っていたことを思い出す。つまり、両腕とは下位殺しの事であり、下位殺しは神に関係していた能力になる。それが、封印の解除と共に失ったとなれば、いろいろと思うところがあった。
だが、それも今は関係ない。白羽を失ってしまったことに加え、目の前にはその実行犯であるデスハザードが存在している。やることは決まっていた。
「待て! 俺を今殺しても意味はないぞ! お前の白羽は戻ってはこない! 俺にも帰りを待っている白羽がいるんだ! どうか見逃してくれ!」
勝ち目が無いと悟ったのか、デスハザードが必死に懇願を始める。だが、それは逆効果だ。
「見逃す? 何故? お前の白羽が待っていても関係はない。それよりも、俺の白羽を殺しておいて、自分は白羽の元に帰れるなんて、虫が良すぎるんじゃないのか? 当然、お前には死んでもらう」
「くそが! 何ッ!?」
デスハザードが叫び転移で逃げようとするが、それは黒栖の時空魔法によって既に封じられていた。デスハザードに逃げ場はない。
「時空切断」
「ぐあぁ!?」
そうこうしているうちに、デスハザードの両足は黒栖によって切断される。地面に転がるデスハザードは、それでも生き延びようと両手で這いずり始めた。
「ふむ、時空魔法と下位殺しの併用技だったが、片方が無くなっても、今の俺なら使えるようだな」
「ぐぅう……俺は死ぬわけにはいかないんだ。約束、したんだ! 帰らないと!」
まるで黒栖の方が悪役に見えるが、そもそも、どちらも悪役だ。最後に立っている者が全てを手にする。だが、今回は勝者と敗者、両方ともが失うことになる。
「そういえば、時空魔法とアイテムボックスの合わせ技で、転移を妨害されたな。あれが無ければ、今頃……。その意趣返しをさせてもらおう。時空の箱」
黒栖が新しくこの場で編み出した時空の箱は、デスハザードの周囲だけを囲い込み、完全に閉じ込めた。
「ここで終わらせるのはもったいないと思ったが、お前の存在を許したくない気持ちの方が上回ったよ」
「――ッ! や、やめ……」
向けられた右手の平が何を意味しているのか、デスハザードは瞬時に理解してやめるよう促すが、もう遅い。
「死ね」
黒栖の徐々に閉じられる手の平に合わせて、デスハザードの囲い込んでいる空間が狭まっていく。そして、圧縮されて肉の塊となっていき、最後には空間ごと消えてなくなった。
黒栖の復讐は今終わりを告げる。だが、失った白羽はもう戻ってはこない。
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