026 獣人差別と魔素

 改めて何を訊こうかと考えたとき、真っ先に思い浮かぶのは獣人の差別についてだった。そのことをブラウに質問をしてみる。

「俺はこの国出身じゃなくて詳しくはないんだが、獣人は何故差別されているんだ?」
「え? ……それは、この国が人族至上主義だからですよ、獣人の人権は一応宗教的に認められていますが、形だけです。何かあれば、獣人はすぐ奴隷にされてしまいます」

 ブラウは何故そんな当たり前の質問をするんだ? という風な表情をしたが、俺の質問に対しては問題なく答えてくれた。

 はやりそういうことか。しかもここら周辺だけではなく国自体がそうだとすれば、なかなかに闇が深い問題だ。だが、何故それを分かっていて、獣人たちはこの国に残り続けているのだろうか。

 俺はそのことが気になり、離接している国々に何故逃げないのか、ブラウにそう質問してみる。

「であれば、何故他の国に逃げないんだ?」
「それは……そもそも獣人が国を出ることを認めていないからですよ。獣人が他国に行くには、商人協会か冒険者ギルドでC級以上になる必要があります。それでも難癖をつけられて、他国へと逃げるのを妨害されますけどね……」

 ブラウは全てを諦めたかのような表情をしながらも、言葉を続けた。それを俺は、ただ聞くことしかできない。

「獣人は、この国で労働力としての価値と、娼婦としての価値が大きいのです。人族の待遇をよくした結果、そのしわ寄せが獣人にきたとも言えますね。普通に生きていても、運が悪ければ奴隷狩りに遭遇して、そのまま奴隷になってしまいます。それを国がとがめることはありません。見て見ぬふりです」

 それはかなり酷いな。国ぐるみで獣人を差別して、奴隷狩りを事実的に容認しているのか。

 獣人はこの国自体から搾取されているようだった。人権は最低限存在しているようだが、それもいつ奪われるかは分からない。獣人たちはそうした中で、怯えながら生きている。

 これは、あの獣人集団が人族という理由で、俺を殺そうとしたのも一応は納得ができるな。まあそれでもいつかは、それなりの報いを受けさせてやるが。同情したところで核生命という称号スキルが無ければ、俺はあのまま死んでいた訳だしな。

 そんなことを思いながら、次に何を質問しようか思考し始める。

 そういえば、ルチアーノが魔素という言葉を使っていたな。濃ければ強い魔物が発生するというものだったが、その辺詳しく訊いてみよう。

 改めて獣人の差別を話すことで、将来の不安から絶望的な表情を浮かべていたブラウに対し、俺はそのまま次の質問をしていく。

「獣人への差別に関しては理解した。次の質問なのだが、魔素について知っていることを全部教えてくれ。うろ覚えで何となくしか知らないんだ」
「魔素ですか? 魔物の発生する要因ですよね。薄ければ弱く、濃ければ強い魔物が発生します。あとは、魔法やスキルを発動させるのには魔力が必要ですが、その魔力の回復に関係しているようです。私のような凡人には、魔力なんてほとんど縁のない物ですが」

 ……なるほど。魔素とは魔力の元になっているのか。時間が経てば魔力が回復する仕組みは、この魔素が関係しているらしい。

 俺は魔素についてそれが全てだと思ったが、ブラウは更に深堀をして、魔素についての説明を始める。

「それとそもそも、魔素はどこにでもあって、生き物を通じて循環しています。魔素が人に取り込まれると、魔力に変換して余剰分を体外に排出させ、その魔力が分解されてより多くの魔素へと還元されます。これは魔物の中でも行われます。つまり、魔物を間引きしなければ、魔素が濃くなって強い魔物が発生してしまいます。魔物を生み出すのには魔素が必要なので、間引きしていけば自然に魔素が薄くなるというわけですね」

 どうやら魔素とは、魔素(小)→人→魔力→魔素(大)という感じで循環していららしい。

 ブラウの話はかなり分かりやすかったが、それよりも何故ここまで魔素について詳しいんだ? 話し方も丁寧だし、どうして冒険者なんてやっているのだろうか。

 俺がそんなことを考えていると、ブラウは説明することが楽しくなってきたのか、嬉しそうに魔素について話している。どうやら魔素についての説明はまだ続くようだ。

「しかし人が多いはずの町や村では、魔素が急激に増えることは無く、街中で魔物が発生することはほぼありません。これは、教会が神の力を借りて結界を張っているからであり、しかも人々から漏れ出る魔素を使用しているのでデメリットが無い上に、緊急時には外敵の侵入を拒むための強化を施すこともできるようです。これが、教会の権力が大きい理由の一つであり、我々獣人が差別されても他国が介入しない理由にも繋がるわけですね。更に――」
「ま、待て、十分よくわかった。もう大丈夫だ」
「そ、そうですか……」

 元の説明から脱線しかかっていたので、俺はそこでストップをかけた。といっても、話自体は十分に有用なものであり、ブラウの説明は分かりやすかった。

 もしかして、ブラウは元々育ちが良いのか? それがどういう訳か落ちぶれて、今に至っているのかもしれない。まあ、それについては別に訊かなくてもいいか。

 学があり、説明好きが言葉の端々が伝わってきたことから、俺はブラウは元々別のところからやってきたが、何らかの事情で冒険者になったのだろうと考えた。しかし俺が口出しする話ではないと思い、あえて訊かないようにする。

 まあ訊いたとしても、俺にどうこう出来る問題では無い。それでホームに誘うのも違う気がするしな。

 一瞬ブラウをホームへと誘うのはどうかとも考えたが、いわばホームは魔力搾取の牢獄のようなものだ。子供を言いくるめることは出来ても、知恵のあるブラウはそうなるとは限らない。連れていくのはリスクが高いと判断した。

 後は、いくつか質問して終わりにするか。一度に訊いても全てを覚えられる気がしないしな。

 そうして、その後はブラウにいくつか質問を投げかけ終わると、解放することにした。

「質問は以上だ。変な質問ばかりだったとは思うが、他言はするなよ?」
「は、はい。他言はしません。それで……次は何をすれば?」

 質問を終えるとそう言ってブラウは、まだ何かする必要があると考えているらしい。だが、俺からすれば有益な情報を得たので、借りは返してもらったどころか、こちらが貰い過ぎだと考えていた。

「いや、他にはない。これで助けた事はもう気にしなくていい。それよりも、お前はこれからどうするんだ?」
「え? これだけでいいのですか? と、とりあえず、私は町に戻って冒険者ギルドに行かなければいけません。この荷物は私だけのものではないので、生きているとわかれば最悪窃盗罪で奴隷落ちにされますので」
「そうか……」

 どうやら獣人にとってはどこまでも厳しい世の中のようだ。

 それじゃあ、俺も一旦町に戻るか。布袋もいっぱいだし、先にリュックサックを買った方がいいだろう。それに、グリーンバタフライのおかげで今回は稼げただろうしな。

 そう思った俺は、町に戻るなら共に戻らないかと告げると、ブラウに驚かれる。

「ええっ!? いいのですか!? 正直ありがたいですが、何も返すものが無いですよ? ……もしかして、それを理由に私から金銭を取り上げる気ですか!?」
「いや、そんなことはしない。俺も一旦町に戻ろうと思っただけだ。それに、俺にとってはかなり有益な情報だったからな。一方的に得をしておいて、返さないやつが嫌いなだけだ。だから、町まで護衛も兼ねて付き合うだけに過ぎない」
「あ、ありがとうございます!」

 散々利用をするだけして、最後にはゴミのように捨てる。そんな存在にはなりたくないという考えが、俺の中にはあった。だが、現在獣人の子供たちにしていることを思えば、その言葉は鏡のように反射する。

 俺は何を偉そうに言っているんだか。俺も利用しきれば、孤児院に捨てようと思っていたくせにな。

 自分の言葉と矛盾した行動を行っていることに、自己嫌悪が止まらない。だが、時として搾取する必要もあるのだと、自己肯定をして罪悪感を消し飛ばす。

 成り上がろうとすれば成り上がるほどに、俺は自分の嫌いな存在へと近づいていく。これが、ある意味人間の真理なのかもな。

「それじゃあ、町まで戻るか」
「はい、よろしくお願いします!」

 そうして俺は、ブラウを連れて歩き出した。


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