道中は問題なく進んでいた。途中自己紹介をしていなかったことに気が付き、俺の名乗りを聞きながらも、後ろをブラウが付いてくる。ただし、ブラウは足を短剣で斬られた傷があるので、若干足が遅い。
麻痺は流れで治したが、傷を治してわざわざ自分の手札を晒すのは危険だな。
今ここで称号スキルでブラウの傷を治した場合、明らかにそのことについて意識が向いてしまう。それは現状避けたかった。
この世界には称号スキルは無いが、普通のスキルはあるらしい。これは勇者召喚の時与えられた稀人や、魔力生産工場が該当する。
スキル所持者はそもそも貴重らしいし、多くを見せない方が利口だろう。一つぐらいは言い訳ができるが、二つ三つになると異常だと思われる。
試しに道中ブラウにスキルについて質問してみたところ、以下のことが分かった。
・百人に一人がスキルを一個授かる。
・一万人に一人がスキルを二個授かる。
・百万人に一人がスキルを三個授かる。
・歴史上スキルを四個以上授かったのは勇者がほとんどであり、この世界の者ではほぼいない。
・スキルは先天的なものであり、後天的にはまず手に入らない。
つまり、スキルを一つだけ持っている者は町でもそれなりにいるが、二つとなると町にいる人数は一桁台が基本となるらしい。
気が付かれたとしても、二つが限界だな。三つとなれば目を付けられるだろう。情報が手に入ったの良かったが、安易に麻痺を治療したのは軽率だったかもしれない。
ちなみに、スキルとは別枠で魔法が存在しており、魔法は魔法自体を扱える適性と、使用する属性の適性が共に必要になるそうだ。どちらか片方だけの場合、魔法を使うことはできない。
そういえば、稀人のスキル効果に『魔法適正を得る』という項目があったよな。なら俺は属性適性があれば、魔法を覚えられるということになる。
その部分が気になってブラウに訊いてみたが、ブラウ自身に魔法の適性が属性を含めて共になく、身近に魔法を使える者がいないこともあって、あまり詳しいことは分からないとのことだった。だが、イメージが大事だということは教えてもらったので、良しとする。
魔法についてもいずれ覚えられるといいな。そうすれば戦闘の幅が広がる。
そんなことを考えながら、俺たちはエバレスの東門までやってくることができた。
「ん? 確か君はG級の契約冒険者だったね。その獣人はどうしたんだ?」
「ああ、偶然東の森で襲われているところを結果的に助けることになってな。町に戻るというのでついでに、俺も付き合っただけだ」
門番の男性は、俺とブラウの冒険者証を一応確認すると、門の通行許可を出す。
「よし、通っていいぞ。それより、君も不運だな。お詫びにしばらく働いてもらうといいぞ」
「そうだな。それも考えておこう」
「……え?」
俺がそう門番に返事をすると、ブラウが一瞬困ったような声を漏らした。しかし、ここで獣人を擁護するような発言をすのは憚られるので、そう言葉にするしかない。
ここは門で人が多いし、下手を言って難癖を付けられるのは面倒だ。
そうしてエバレスの町に入ると、しばらく歩いてから一応そうしなければならなかったと、ブラウに小声で説明しておく。
「なるほど。そうだったんですね。一瞬焦りましたよ」
ブラウがほっとしたように息を吐くと、そのまま少し俺の後ろを歩き、冒険者ギルドに向かった。
当たり前のように後ろを歩くんだよな。稀に横に並ぶことはあっても、俺の前を決して歩こうとはしない。普段からそれが染みついているのだろうな。
そんなことを思いながら、俺とブラウは冒険者ギルドに辿り着き、中に入る。すると、ルチアーノの受付から何やら騒ぎ声が聞こえてきた。
「だから言っているだろ! グリーンバタフライが出て仲間のブラウがやられたんだ! あいつには身内はいねぇ! ならあいつの預金はパーティメンバーである俺たに受け取る権利があるはずだ!」
「どこで聞いたのかはわからいけど、それは長年に渡りパーティを組み、死後パーティメンバーに財産を渡すという契約をしている場合に限るんだよね。身内もおらず、契約もなければその財産は冒険者ギルドに半分。もう半分を慈善事業に回す決まりがあるんだよ」
あれは、ブラウを置き去りにした冒険者、確か今怒鳴っている盗賊職がアグムで、その後ろにいるのが弓使いのジットだったか。あいつら、置き去りにしたくせに預金まで奪うつもりなのか……。
俺はその行動に呆れながらも、ブラウに視線を向ける。等のブラウはというと、怒りで震えているようだった。
「なんだとてめぇ! 俺らはブラウとは長い間ダチだったし、死んだら俺らに金を渡すって約束をしていたんだぞ!」
「ですから、口約束は無効なんですよ。でなければ、事故をよそおってパーティメンバーを殺す者が少なからず出ますからね」
「なっ!? 俺たちがブラウを殺したっていうのかよ!?」
「いえいえ、一般論を申しているだけですが? 何か身に覚えでもあるのですかね?」
「グッ!?」
アグムがルチアーノのにそう言い負かされた時だった。ブラウが前に出て高らかに叫ぶ。
「私はこの二人に足を切られて置き去りにされた! ここにいるミカゲさんがいなければ、今頃私はグリーンバタフライに殺されていた!」
「なっ!?」
「ぶ、ブラウ……お前生きていたのか!?」
怒りが頂点に達したのか、注目を浴びることも厭わず、ブラウはそう叫んで二人を睨みつける。これまでの道中の性格を思えば、意外に思ってしまった。
それほどまでに、許せないという訳か。実質グリーンバタフライへの生贄にされて、更には預けていた金銭すらも奪われるとなれば、それも理解できる。俺なら、怒りで二人を殺していてもおかしくはない。
俺もブラウのされたことを思い、アグムとジットを睨みつける。二人はブラウが現れたことに驚愕しており、俺にはそこまで意識が向いていないようだった。
「おや、ブラウ君は生きているようだね? 更に外傷を負わされて置き去りにされたとか聞こえたけど、これはおかしいよね?」
ルチアーノも思うところがあるのか、普段細められている糸目が僅かに開かれる。その青い瞳の眼光が、二人を射抜いた。
「い、いや、これは何かの間違いだ」
「そ、そうだ。全員が死ぬような状況で仲間を置き去りにするのは、罪にならないと聞いたことがあるぞ! 自己防衛の為に仕方がなかったんだ!」
アグムは言葉に詰まるが、ジットはそれなりに知恵が回り、聞きかじった知識を披露して言い逃れようとし始めた。だが、後半で置き去りにしたこと実質認めてしまっている。その言い逃れに対し、ルチアーノは怯むことなく、別の視点から追及を開始する。
「確かに、それは罪にはならないかもしれない。けれど、報告では偶然やられたとなっていたのに、実際は手傷を負わせて置き去りにしたとある。更にそれでブラウ君の預金を奪おうとした。これは十分詐欺罪になるけど、何か言い分はあるかい?」
「な、何だと!?」
「そ、それは……」
ルチアーノの言葉に威圧されて、二人は言い返すことが出来ないようであり、顔を真っ青にしている。しかし、ルチアーノのターンはこれで終了していなかった。
「それに、仮に詐欺罪が適応されなくても、君たちは冒険者生命を絶たれたけどね。だってそうだろう? 緊急時とはいえ、仲間を傷つけて置き去りにするような者が、パーティで依頼を熟す者が大半を占める冒険者の中で、やっていけるはずはない。それをギルド側も許さないよ?」
「うそだろ……」
「そんな……」
精神的に叩き潰された二人は、反論もせずにその場で崩れ去り、言葉を失う。それで終了したと判断したのか、ルチアーノが衛兵を呼んだ。
ルチアーノを怒らすのは止めよう。口で勝てる気がしない。
アグムとジットが衛兵に連れていかれるのを尻目に、俺はそう思った。
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