007 街道での事件

 道中は至って平和だった。街道の端からモンスターがやってくることは無いし、人とすれ違うこともない。

 意外と人通りは少ないのかもしれないな。

 当初街道で人とそれなりにすれ違うのではないかと警戒していた。それはもちろん、エレティアがゾンビだと気が付かれないか、ということについてである。

 流石に、ゾンビだと気が付かれれば問題になるよな。俺の言うことを聞くとはいえ、それを人は早々に信用しないしな。

 仮に飼いならしているから大丈夫だと、猛獣を横に連れている人がいたとして、信用できるかと言えばできないだろう。猛獣は人を殺傷する牙や爪を持ち、人を喰らう可能性もあるのだから。

 つまり、エレティアがゾンビだと気が付かれてしまえば、ただでは済まないということだ。

 俺はそういった考えから、街道で常に人が来ないか警戒していた。

 村や町に近づけば近づくほど、人と遭遇する可能性は高くなる。であれば、エレティアをホームに残していくのも一つの手段だよな。

 街道でモンスターや盗賊等が現れない以上、エレティアを帰還させた方が良いかもしれないと考え始める。しかし、不測の事態に陥った場合、エレティアがいるのといないのでは、選択の幅が大きく変わってくるのも事実だった。

 悩ましいところだな。……いや待てよ、そもそも、エレティアを連れていること自体が問題なのでは?

 思考を巡らしていると、エレティアはそもそも命を狙われており、森には生き残りの盗賊もいたことを思い出す。更に言えば、エレティアの政略結婚を良く思わない者たちが、他にもエレティアを始末するための刺客を用意していないとは限らない。

 それに加えて、エレティアの実家や政略結婚の相手が探していないとも限らないか。

 ゾンビになったとはいえ、エレティアをこうして支配している以上、その方面に見つかるのもまずかった。

 総合的に考えるなら、エレティアをホームに戻した方が安全だな。

 俺はその結論に辿り着いた。

「エレティア、悪いがしばらくホームで待機してもらうぞ。お前の姿を見られるのはまずいからな」

 そうしてエレティアをホームに転送したが、その時エレティアが若干悲しそうな表情を浮かべたような気がした。

 ……これで問題は無くなったな。しかし、何となく罪悪感がしたのは何故だろうか。

 俺は息を吐くと、一人街道を歩き始めた。

 ◆

 ほどなくして、人とすれ違うことが何回か起きる。歩きの者は比較的少数であり、馬車とそれを囲む護衛らしき集団の方が多数だった。

 馬車か……初めて見たが、自動車は見かけないな。この世界は文明の発達が遅れているのだろうか。

 見かける人物の服装もどこか古風であり、現代的ではないように思えた。

 人がいる場所に着けばそれも詳しく分かるだろうし、今気にしても仕方がないか。どれだけこの世に滞在するのか不明な以上、そういうのも受け入れなきゃいけないな。

 そんなことを考えながら進むと、前方に何やら停止した馬車が数台見えてきた。

 何かあったのか?

 新路上にある以上避けられないので、俺は街道の横に逸れて距離を取る。そして通り過ぎるまでの間停止した馬車に視線を移すと、どうやら車輪が溝にはまり身動きが取れなくなっているようだった。

 大変そうだが、俺には関係ないな。それに、何かしようとすれば問題になりそうだ。

 実際、護衛の男たちが目を光らせており、当然俺のことも警戒している。

 触らぬ神に祟りなしだな。

 そうして、何事もなく過ぎ去ると思われた瞬間、とても嫌な予感が脳内を駆け巡る。

 なんだ? この嫌な感覚は……。

 この場から早く立ち去ったほうがいい。そう確信した時だった。

「よし、ようやく溝から抜け出せたようだ――」
「死ね!」

 タイミングを計ったかのように、馬車から黄色い虎の頭部を持つ人物が飛び出したかと思えば、一番身なりのよさそうな中年男性の首をその太い腕でへし折った。

「成功だ! 皆続け!――」

 そして、虎頭の男が叫ぶのと同時に、その首に付けられた首輪が締り続け、その特徴的な虎頭が引きちぎれて地に落ちる。決死の行動だったことがうかがえた。

 な、何が!?

 俺は目の前の出来事に対してあっけにとられるが、嫌な予感が更に高まってきたこともあり、剣を抜いて警戒を強める。実際それは功を奏した。

「兄貴の命を無駄にするな! 皆やるぞ!」
「おお! 一世一代の大勝負だ!」
「自由を我らの手に!」

 複数の馬車から無数の人が飛び出し、護衛の者や商人風の男たちを次々に襲っていく。その全てが、獣の様な見た目の者や寸胴体型の者、耳の長い者など、普通の人とは違う特徴を持つ者たちだった。

 まずい、これは巻き込まれた。

 つくづく巻き込まれることに縁があるのだと、俺はうんざりしつつ、目の前のことに対処する。

「くらえ! ぬっ?」

 当然馬車の一味だと思われた俺は、先ほど首が引きちぎれた男に似た白色の虎頭をした男に襲われ、その奪ったと思われる剣が振り下ろされた。しかし、それを黙って受ける訳にもいかないので、こちらも剣で受け流す。

「何か勘違いしているようだが、俺はそいつらとは関係ない。偶然道を通ろうとしていただけだ」

 一応、自分は関係ないと白い虎頭の男に説得を試みるが、それも一蹴されてしまう。

「黙れ! 人族は全員敵だ! この現場に居合わせた自らを呪って死ぬがよい!」

 チッ、聞く耳持たずって訳か。面倒だな。それにこいつ、かなり強い。

 実際、振るわれる剣を対処するのが精一杯であり、転送による避難や飲水などを発動する余裕が無かった。

「むぅ? お前、人族の割にかなりの身体能力だな。獣人である俺以上となれば、スキル持ちか! 時間が無い以上、卑怯とは申すなよ! 手の空いた者! 手伝ってくれ! こいつは身体能力強化系のスキル持ちだ!」
「何!?」

 こいつ一人でも限界なのに、人数が増えれば対処しきれなくなるぞ! くそ、もしかして馬車にいた奴らはもう全滅したのか!?

 自分より技量が上だと思われる相手に集中しなければならず、周囲の戦況を確認する余裕はなかった。

「ぐあっ!?」

 すると、背後から何かが飛来して背中にいくつも突き刺さる。

 弓で射られたのか!?

「ぬ? 弓に射られても体勢を崩さぬとは」

 やばい、頭の中で警鐘が鳴りやまない。このままだと死ぬ。死にたくない。

 白い虎頭の男が何か言っているようだったが、俺はそれどころではなかった。どう対処すればいいのか頭が真っ白になり、思考が定まらない。

 何か生き残るためのスキルはないのか!? どうすれば!?

 称号スキルを発動させようにも集中力不足であり、目の前の相手の剣戟をやり過ごすのに精一杯だった。

「――ッ!?」

 そして、戦いの終わりは唐突に訪れる。

「恨んでくれて構わなにゃ」

 背後からささやくように、少女の声が耳に届く。それと同時に、心臓へと剣が背後から突き刺され、貫通していた。

「うそ……だろ……」

 そのまま剣が引きぬかれると、俺はその場で倒れるように地へと伏した。

「人族ではあるが、卑怯な手段を用いたことを謝罪しよう。せめてその死体を辱めぬことを、我が勇敢なる死した兄、グランドの名に誓う」

 最後に白い虎頭の男が何かを言っているようだったが、絶え間なく流れる血液と共に、俺の意識は途切れていく。

 こんな……ところで、終わるのか……。

 そして、俺の意識は完全に闇へと落ちていった。


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