目が覚めると、そこは洞窟の中だった。
ここは……ああ、そうか。ダンジョンを作ったんだっけ。
「あー」
「おはようエレティア」
横に視線を向けると、そこにはエレティアが昨日と同じ場所に立っていた。ゾンビだから寝る必要が無いのかもしれない。そもそも、命令していないので立ったままだった可能性が高そうではあるが。
ゾンビとはいえ、放置したのは悪かったかもしれないな。次からは気を付けよう。
俺はそう思うと飲水を軽く発動して喉を潤す。一応エレティアにも進めてみると、生前の記憶からだろうか、両手をお椀のようにして水を飲んだ。
のどを潤すことはできたが、流石に水だけだと厳しいものがあるよな。
ゾンビのエレティアに食事がいるのかは分からなかったが、生きている俺には必要不可欠だった。
……疑似天地創造でどうにかならないだろうか。
そこでふと思いつくのは、このダンジョンを創る上でも使用した称号スキルの疑似天地創造だ。
昨日魔力を節約すると考えたばかりだが、背に腹は変えられない。
俺は早速、食料確保するため実行に移す。
といっても、疑似天地創造で可能かは半々なんだよな。創るとすれば、無難にリンゴの木にしよう。
そして、疑似天地創造を発動する。身体から案の定多くの魔力が抜けていく。しかし、酸素の時とは違い、そこまで魔力の消費は多く無かった。
魔力の消費は多くも少なくも無い感じだな。
そうして、無事に一本のリンゴの木が部屋の隅に生成された。赤いおいしそうな実をいくつも付けている。
問題なくできはしたが……維持費がヤバいな。リンゴの木一本で酸素の維持費に迫るほどなのか……。
リンゴの木が生成できたことに対して喜びはあるが、維持に必要な魔力が異常に多かった。
どういうことだ? ……いや、そもそも洞窟のような場所にリンゴの木を創ったこと自体がおかしいのか。ということは、太陽の光や気温とかが関係しているのかもしれない。他にも何かあるのかもしれないが、俺には分からないな。
植物は本来太陽の光を必要としているが、この洞窟型ダンジョンの部屋には当然それは無い。つまり、太陽の光無しでもリンゴの木を正常のまま保つためには、それ相応の魔力が必要だったということだろう。
なるほど、確かにダンジョンの多くは、その環境に適したモンスターや植物がほとんどだった気がする。雪山型のダンジョンで南国のフルーツがるなんて聞いたことが無いからな。
つまり条件を無視して生成すれば、それだけの維持費が必要ということだった。
一つ勉強になったな。さて、次の問題は、このリンゴがうまいかどうかだ。
俺はリンゴを一つ木から取ると、口に運ぶ。シャキッとした歯ごたえと共に、酸味と甘みが口の中に広がった。
「うまい」
思わず感想が口から零れるほどの出来栄えだ。俺はもう一つとると、エレティアに差し出す。
「エレティアも食べるか?」
「あぅー」
エレティアもリンゴを受け取り、芯まで残さず食べ切った。その後、俺はリンゴを二個食べて満腹になってしまう。
あれ? 俺ってこんな直ぐ満腹になっただろうか? もっと食べられたはずだが。
十代で身体が資本の探索者として活動していた俺は、当然食欲旺盛で食べる量も多かった。僅かな稼ぎの多くが食費に消えるほどと考えれば、リンゴ二個で満腹というのはあり得ないことだ。
どういうことだ? この世界に来ることで小食になったのか? それとも称号に何か関係が……?
しばらく考えたが答えは出なかったので、この件は保留することに決めた。食費が浮くことを考えれば、悪くないと自分を言い聞かせる。
ふぅ、衣・食・住の内、食と住はどうにかなりそうだな。そうすると、次は着る物か。流石に身に着けるものは村や町に行く必要がありそうだ。それに、他にも必要な物は多い。金も稼がなきゃな。
俺は次にするべきことを決定すると、異空間生成/編集を使って出入口を創り出して、エレティアと共に外に出る。
場所は変わらず森の中か。
出入口を再び閉じると、日が昇り明るくなった森を見渡し、特に怪しいところが無いことを確認した。
村や町を目指すとして、問題は創り出したダンジョン……いや、これからはホームと呼ぼう。ホームに戻ってくる必要が出てくることか。
周囲には特徴的な目印が無く、本来戻ってくることは困難に思われた。
一応、俺とのつながりがある関係か大体の場所は分かるし、戻ってくることは問題なさそうだ。しかし、いちいちここに戻ってくること自体が面倒過ぎる。
村や町との距離が離れていれば、それだけ行きかうのに時間がかかってしまう。更に、一つの場所に留まる予定は無いので、先に進めば進むほど、その問題がより深刻になってしてしまうのが現状だった。
称号スキルにある転送/召喚でどうにかなるか? 試してみるべきだな。
まずは、エレティアに対して行ってみる。エレティアを対象に、ホームに転送を意識して発動した。
「おお」
すると、エレティアはその場から消え去り、確認のためホームの入り口を開いて中に入ると、そこには何の問題もなくエレティアが一人佇んでいる。
無事に転送できたようだな。これで、人の多い場所に入る際にエレティアを避難させることができる。
そして、次に召喚を試すことにした。ホームから出て入り口を閉じると、エレティアをこの場所に呼び出すことを意識して召喚を発動してみる。すると、俺の目の前にはエレティアが一瞬で現れた。
これはすごい。成功だ。
その後自分でも試して見た結果、当初転送はできるが召喚は不可能であり焦ったものの、エレティアを目印にすることで移動を可能とした。
これで、ホーム帰還の問題はある程度解決したな。しかし、俺とエレティアが共にホームに戻ってしまうと、その場所に行けなくなってしまうが、そこは考えがあるので大丈夫そうだ。
ひとまず俺は問題が無そうだと判断し、森の外を目指してエレティアと歩き始めた。
ゾンビといえば、日の光とか苦手と聞いたことがあるが、この世界では関係ないようだな。エレティアに変化は無いし。
「うー?」
「何か問題があれば知らせるんだぞ」
「あー」
エレティアとそんなやり取りをしつつ、俺たちは森を歩いた。道中倒したモンスターが落としたものは、転送でホームに送ることで手荷物が増えることは無い。
まさかここまで便利だとはな。やはりユニーク称号は別格だ。
あまりの便利さに、俺はユニーク称号所持者が老衰する前に戦争を起こした国々の気持ちが賛成はできないが、理解することはできた。
ノーマル称号じゃこうはいかないからな。
そのことを実感すると共に、俺はあと二つユニーク称号を所持していることに心の中で戦慄してしまう。
称号スキルについては、なるべく知られないように心がけないとな。知られたとしても、対処できるようにしなければいけない。
ホームに永遠と引き込むるわけにはいかない以上、いつかはバレてしまうと俺は考えている。そうなった時のために、せめて逃げ出せるだけの力を蓄える必要があった。
はぁ、問題というのは、解決しても次から次に現れるな。面倒だが、対処しないわけにもいかないか。
溜息を吐きながら今後のことに頭を悩ませていると、次第に森を抜けて簡素な土の街道が姿を現した。
ようやく森を抜けたか。目的地は北だから、太陽の位置からしておそらくこっちだろう。
「エレティア、これから人と遭遇しても決して声を上げるなよ。喋らなければ肌白い人間に見えるからな」
俺の言葉を了承したのか、エレティアは声に出さず首肯した。
理解したのはありがたいが、なんだか昨日より賢くなってないか? いや、気のせいか。
そんなことを思いつつ、俺とエレティアは街道を歩き出した。まず目指すのは、人の住む場所だ。
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