005 異空間生成

 これは……入ってみるか。俺の予想通りであれば、今後が一変する。

 俺は目の前に現れた黒い円形の空間へと、恐る恐る足を踏み入れた。

 何も無いな……。

 そこに広がっていた空間は、およそ高さ5m×横幅5m×奥行5mほどの正方形をした場所であり、全てが白い。光源は無いが、入り口から夜空の光が僅かに入り込み、薄暗く照らしている。

 暗視が無ければ何も見えなかっただろうな。それに、なんだか息苦しい。

 直感的に、空気がそもそも存在しなかったのだと、予想が付く。だが今では、外の景色が見えない黒い円形の出入口から空気が流れてきているようだった。

 これが、ダンジョンの初期状態なんだろうな。ここから、自分好みにしていくという訳か。なんだか少しワクワクするな。

 俺はこの世界に来て、初めて高揚とした気持ちになる。

「あー?」

 すると、エレティアもいつの間にかこの空間に入って来ていたようだが、相変わらず無反応だった。

 ……もしかして何かあるときは、エレティアをこの空間に待機させておけば問題ないのでは?

 その考えが間違っていないだろうと、俺は予想することができた。何故なら、ユニーク称号であるダンジョン転移に巻き込まれた者には、転送/召喚というスキルがある。これは自分の所有物や支配契約している者であれば、問題なく使用することができそうだった。

 他にも細かい効果や条件とかもありそうだが、それはいずれ考えればいいか。今は、この空間をいかにして活用するかが問題だ。

 とりあえずエレティアのことを後回しにすると、俺はまず入り口に目を付けた。

 この入り口を何とか閉じることができれば、安全を確保できる気がするんだよな。

 元の世界でもダンジョンは一時的に入り口を閉じることがあり、そのことを知っていた俺は、目の前の入り口を閉じるのは不可能ではないだろうと考えていた。

 可能性があるスキルといえば、異空間生成/編集か。この空間を創り出した称号スキルでもあるし、試してみるか。

 称号スキルの使用にはイメージが大事であり、実際に入り口を閉じるように発動してみれば、黒い円形の出入口は徐々に狭まっていき、最後には跡形もなく消え去った。

 よし、成功したな。消費した魔力も思ったより多くはない。

 称号スキルの発動には、体内にある魔力を使用するものがほとんどであり、これまで使用した飲水や清潔化なども、当然魔力を消費している。問題はその発動効果の規模によって、必要な魔力は多くなる傾向があったため、入り口を閉じるのにどれだけの魔力が必要なのかと心配していた。だが、それも杞憂に終わり安心する。

 さて、これで一応安全は確保できたが、酸素も無くなりそうだし、暗視があるとはいえ暗すぎるな。これもどうにかできないだろうか。

 次に考える問題は、酸素と光源の問題だった。しかし、先ほどまでは出入口から外の空気が入り込んでいたがそれも閉じたため、まずは光源よりも酸素の方からどうにかしなければならない。

 これは、同じ称号スキルである疑似天地創造が該当しそうだな。ダンジョンも洞窟型や草原型、海型など多種多様であるし、何よりダンジョン内は普通に酸素があった。そう考えると酸素を創り出すこともできるはずだ。

 そう結論付けた俺は、続けて疑似天地創造を発動させてみる。すると、身体の中から魔力が多く抜けて行き、空間に酸素を生み出して満たしていく。そして、一定の割合で酸素を自動的に生み出し、安定した酸素濃度を維持するように設定したところ、爆発的に魔力消費量が増えていく。

 や、やばい。これは足りないかもしれない。

 既に、自分の魔力総量を上回る量を絞られているが、俺がミイラになることは無い。どうやら、勇者召喚時に与えられた魔力生産工場の効果により、生き延びているようだった。

 ・魔力生産工場
 〈効果〉
 毎秒自身の魔力最大値の1%を生産する。
 自身の魔力最大値の十倍までストックを可能とする。
 一日に一度だけ魔力の生産量を一時間毎秒10%にすることが可能になる。
 自身の生産した魔力を他者へと譲渡することができる。

 現在俺はストック分を含めて十一人分の魔力を保有することができる。更に、一日に一度だけ魔力生産量を毎秒10%に引き上げる効果を発動することで、魔力消費量が緩やかになっていたことも大きい。

 このスキルが無ければ、危なかったな。まさか、ここまで魔力消費が激しいとは思わなかった。いや、酸素を自動的に生み出して丁度いい塩梅を保とうとすれば当然か。

 安全地帯を創り出せるという高揚や安心感から、俺は油断していたと反省をした。そして、それから数十分以上かかったところで、酸素生成を無事に終える。ついでに残りの魔力を使い、空間をダンジョンの基本となる洞窟に作り変え、壁にはいくつか光源となる光る石を生み出した。因みにこの光る石はダンジョンではよく見かける石である。

「お、終わった」

 俺は魔力の使用によって精魂尽き果て、その場で座り込んだ。魔力は体力と同じように使えば疲労が蓄積していく。毎秒回復しているとはいえ、その疲れは簡単には抜けない。

 疲れはしたが、これで安全は確保できたな。何かあればここに引きこもるのもありだ。そうだな。いつ何があってもいいように、ここに食料を溜めこんでおくのも検討しておこう。

 まだ多くのことを知らない異世界には、危険に満ちている。魔王なんかが存在しており、人類を敵視している現状、避難場所に様々な物を用意しておく必要があると俺は考えた。

 にしても、作ってからそのままはい終わり。という感じでは無さそうなんだよな。維持コストのように魔力が吸われている感じがする。あまり派手にダンジョンを拡張するのは止めた方がよさそうだ。

 今はまだ維持コストよりも魔力回復量が上回っているが、仮にもしこれが逆転するようなことがあれば、俺はミイラのように魔力が吸いつくされて死亡するだろうと思った。

 それに、どうやら維持コストはダンジョンだけでは無いようなんだよな……。

「あぅー?」

 俺の視線に気が付いて反応するエレティアにも、維持コストが僅かながらかかっているようであり、魔力が吸われ続けている。

 支配契約で仲間を増やしていくのも視野に入れていたが、見直す必要があるようだな。スライムのような雑魚をたくさん増やすよりも、それなりに役に立つ仲間を少数精鋭で増やした方がよさそうだ。

 まるでお金のように魔力のやりくりを頭の中で思考し始める。

 魔力も無限じゃないし、余裕を持たした方が良いよな。それに、今は魔力総量が少なくても増やしていけるわけだし、少しずつ状況に合わせてダンジョンの改変や仲間を増やしていけばいい。

 魔力は体力のように使えば徐々に増えていく。問題があるとすれば、個人差や才能によって増える量や、増えるまでに必要な使用回数が違う。生憎あいにく残念だが、俺の魔力成長度合いは平凡であるため、直ぐに多く増やすことは難しそうだった。

 安全自体を確保出来たと思ったら、また違う問題が現れたな。だが、解決できないことではない。状況は悪くないし、元の世界よりもやりようによっては生活に困らなくなりそうだ。

 現状は悪くない。異世界に来れたのは正解だった。俺はそう思うのと同時に緊張の糸が切れたのか、そのまま横になると目を閉じる。

 短い間に色々あって疲れたけど、なんだか清々しい気分だ。

 そして、俺は眠りについた。


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