違法転生にはご注意を。

 みんなは知ってるだろうか、異世界転生という言葉を。ああ、わかっている。もう聞き飽きたということぐらいは。それくらい異世界転生、または異世界転移というものはありふれている。それはもう、異世界転生させる理由が適当じゃなないかと思えるくらいには。

『異世界転生しますか? Yes/No』

 そう、半透明な板が目の前に現れて、そう問いかけてくるくらいには、ありふれている。

「……なわけないだろ! 異世界転生ブームだからって、これはいくら何でも適当すぎるだろ!」

 おもわず、そう叫ばずにはいられなかった。

 いやいや、待て、よく考えればありえないだろ。ネット小説じゃないんだ。現実にこんなことが起きるはずがない。

 だが、現に目の前の透明な板は夢でも幻でもなく、返答をするまで消えそうになかった。

 と、とりあえず、仮にこれが本物だとしよう。だとすれば、どうする? 異世界転生と聞けば、チート、ハーレム、俺TUEEE! というのが脳裏に浮かぶが、どう考えてもこれは地雷臭がする。ワンクリック詐欺の異世界ヴァージョンではないだろうか。

 そう考えると、次第に冷静になっていく。

 そもそも、俺には俺の生活があるし、家族や友人もいる。異世界と聞けば他に中世ヨーロッパ風だとか、魔物とかが跋扈ばっこしているかもしれない。そんな文明レベルの低い死地に、とてもではないが行きたいとは思わない。俺は今の生活に不満はないし、答えは決まっている。

 俺はそう決心して、目の前にある透明な板に表示されているNoをタッチすると、何事もなくそれは消え去った。

 ちょっともったいない気もしたが、仕方がないよな。それに、異世界とかがあるって知れただけでも良かった。だが、自分でも気が付かなかったが、俺ってこういうの普通に受け入れるタイプだったんだな。

 その日はそれ以降何事もなく終わった……が、翌日から悲劇が起きる。横断歩道ではトラックにひかれそうになり、工事現場の近くでは鉄骨に潰されそうになった。しまいには通り魔に刺されそうになり、全力で神が俺を殺しにきてるのではないかと思ってしまう日々が続き、最後には狙ったかのように目の前にそれが再び現れる。

『異世界転生しますか? Yes/No』

 ……こんなの、酷すぎる。脅迫にもほどがあるだろ。

 俺はきっと神は神でも邪神に違いないと思いつつ、恐怖に屈してYesをタッチしたのだった。

 ◆

 俺は掘り進む。左手のドリルが回転し、周囲の壁を崩していく。すると、壁から目的のものであるクリスタルのような結晶を見つけ、それを右て手で掴むと、腰にある袋に収めた。

 十年? 百年? いったいどれくらい経っただろうか。俺が何者だったのかすら、最近は思い出せなくなっている。だが、あの時脅迫に屈しなければと、そんな後悔だけは消えることなく残っていた。

 周囲を見渡せば、俺と同じように転生したのか、同じ見た目の存在が数多くいる。真っ白な人型のそれは、左手がドリルとなっており、背中には小さな翼。そして顔には丸く赤い瞳以外、耳や鼻、口すらもない。この鉱山で働くためだけに生み出されたような存在だ。

 逃げ出すこともできないし、採掘しなくてはいけないという本能に抗えない。ここは地獄だ。

 異世界転生という餌に引っかかった者たちの末路。たとえ引っかからなくても、俺のように脅迫されて連れてこられた者たち。ここに救いはない。救われるには、早々に自我を放棄するしかなかった。

 俺は、食事も睡眠もなく、永遠に働き続ける。当然、給料はおろか、何も与えられることはない。

 ◆

 いつからだろうか、周囲に自我が残っている者がいなくなった。今までは軽いジェスチャーをするだけの自由はあったはずだが、今はだれも反応してくれない。そして、それを証明するかのように、赤かった瞳は青くなっている。もしかしたら自我が無くなるとそうなってしまうのかもしれない。

 俺も、そろそろ限界だ。後悔も、悲しみもない。あるのは無だ。意識も途切れ途切れになってきた。俺はなんでここにいるんだっけ。

 自分の自我がそろそろ消えるということを自覚しつつ、まるで眠りにつくような心地よさに、もういいのではないかと、その感覚に身を任せようと思ったその時、代わり映えしなかった世界に変化が起きる。

 なんだ……?

 先ほどまで何もなかった場所に、突然大勢の人たちが現れた。どの人物も美しい顔立ちをした男女であり、共通して頭上に黄色い輪っかと純白の翼を持っている。

 お、おいお前ら!

 するとそれに反応したのか、自我を失った同僚たちが発掘をやめてその人物たちに襲い掛かった。

 ……まじかよ。

 しかし、一定の距離に近づいた同僚たちは、まるで飛んで火にいる夏の虫のごとく、光の粒子となって消えていく。俺はそれを眺めていることしかできなかった。

 ああ、ようやく解放されるのか。

 同僚はいつの間にか全滅し、残ったのは俺だけだった。そして、俺を見て何かを語りかけながら一人近づいてくるが、聴力のない俺には聞き取れるはずもなく、思うのは俺も同僚のように消されて、この地獄から解放されるというものだけだ。

 長かったな……。

 そう思いながら立ち尽くす俺の目の前に、その人物は到頭やって来る。白いスーツのようなものを着た美しい金髪碧眼の女性だった。

『安心して、もうあなたは自由よ』

 ふいに聞こえた魂に直接語り掛けるような言葉を聞いた瞬間、俺は本当の意味で解放されたのか、眠りにつくような心地よさの中、意識が途絶えた。


小説一覧に戻る▶▶

ツギクルバナー
ブックマーク
0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA