過去の俺から今の俺へ。今の俺から未来の俺へ。

「はぁ……」

 ため息が不意に出る。たった今、俺は二十六歳になってしまった。二十歳を過ぎてからは早いとはよく言うが、実際あっという間だ。これでは三十を迎えるのもそう遅くはないだろう。

「まずい……本当にこれはまずいな」

 現実を逃避するかのように、部屋で愚痴るようにそう呟く。この年齢になって未だにフリーターである俺は、焦燥感に苛まれている。だが、これは二十を過ぎてから毎年のことだ。

「何か資格を取るか? それとも就職活動をするべきか?」

 そうは思うものの、結局怖気づいて現状維持のまま過ごしてしまう。それで簡単に就職できるのならば、俺は等に就職をしているからだ。

「俺はダメなやつだ……」

 自分への罵倒は、ただの言い訳に過ぎない。結局、俺は変わることができず、ただ歳を食っただけだった。

 それから数週間は相変わらず、俺は無駄に日々を消費している。だが、今日は意味もなく押し入れの整理をしていると、偶然にも十年前、つまり十六歳当時、高校生になったばかりの時に使っていたノートを発見した。

「はは……」

 何となくパラパラとめくっていると、書かれていた文章を見て、つい情けない声が出てしまう。そこにはこう書かれていた。

『未来の俺へ
 無事に漫画家になっていますか? 今俺は未来の俺のために、必死に絵の練習をしている。だからきっとヒット作を連発してアニメ化、そして美人の嫁ができてるはずだ。今から十年後が楽しみです。他の奴らは現実を見たほうがいいと言うけど、今は絵がへたくそでも数年続ければうまくなるはず。継続は力なりと言うし。だから俺は今日も明日も頑張るから、未来の俺も頑張ってくれよな!
 十六歳の俺より』

「なんでこうなったのかな……」

 高校生の時は本気で漫画家を目指していた。けれど絵は上達せず、嫌気がさして徐々に描かなくなり、このままではまずいとバイトをし始めると、その疲労からますます絵からは離れ、二十二歳を過ぎるころには、ペンすら持たなくなった。

「やはり、専門学校に行くべきだったか……いや、どうせ俺じゃ何も変わらないか」

 高校生の当時、漫画の専門学校に行こうかと思っていた時期があった。だが調べてみると、漫画の専門学校は無駄だとネットで書かれていたことと、かかる費用に悩んだ末、どこにも進学せずに、時間のすべてを絵に費やすことにした。当然親には反対されたが、無理を押し切った結果、この現状だ。

(俺の漫画家への思いなんて、その程度だったってことだ。才能が無くても時間をかければ問題ないと思っていたが、そもそも才能あるやつが時間をかけないはずがなかったんだよな。俺より絵のうまい奴なんて、掃いて捨てるほどいるし)

 心の中でそう思いながら、押し入れの片づけをやめて無駄に絵の道具が並んだ机に移動する。

「未来の俺、頼んだぞ」

 俺は久々に絵を描くときに使っていたペンを持ち、未来の自分に手紙を残した。

『未来の俺へ
 無事に就職できていますか? できていても、俺の能力じゃ就職先もブラック過ぎて厳しいと思います。不甲斐ない過去の俺で申し訳ない。今更漫画家になっているとは思いませんが、また絵を描けるようになっているとうれしいです。結婚はできていますか? 美人じゃなくても構いません。性格の合う優しい人だと良いですね。後は、親を安心させることはできましたか? そのことが心配でなりません。なので、俺は今日から、いや今から頑張るので、未来の俺も頑張ってください。
 二十六歳の俺より』

 未来の自分への手紙を書き終えると、様々なことが頭をよぎり、自然と俺の気持ちは高ぶっていた。

「そうだよな。頑張るならからだ」

 そう声に出すと、過去のトラウマを乗り越えるべく、まずは一枚の用紙に絵を描き始める。自分の才能の無さから拒否反応を起こしていたそれと決別し、自信を取り戻す一歩から始めた。

「勇気を持て、俺!」

 その日、俺は数年ぶりに絵を描き上げることに成功した。

 ◆

 あれから月日が経ち、今年で三十六歳になった。最早おじさんと呼ばれても、それを受け入れられる歳だ。

 そんなことをふと思っていると、部屋のドアを開けて一人の幼子が勢いよく入ってきた。

「ぱぱ! これ見つけた!」
「ん? これは……」

 俺のことをぱぱと呼んでくれる子、俺の可愛い息子だ。そんな息子の手には、何やら手紙が握られている。

「押し入れで見つけたの!」
「そ、そうか。それを見せてくれるかな?」
「うん! いいよ!」

 息子から手紙を受け取り封を開けると、それは案の定、過去の俺が書いたものだった。

「そうか、そうだったな。過去の俺、ありがとう」
「ぱぱ、泣いているの? 大丈夫?」
「あ、ああ大丈夫だ。ちょっと目にゴミが入っただけだよ」

 ちょうど十年前の手紙。そういえばその時も、十年前の手紙を偶然手にしていたことを思い出す。運命めいたものを感じられずにはいられなかった。あの日に手紙を見つけた結果、俺は今こうして愛しい息子と妻、そして漫画家にはなれなかったものの、絵本作家にはなることができたのだから。

「そうだな。また手紙を書こう。未来の俺へ」

 また十年後に見つかることを願い。俺は慣れ親しんだペンを手に取った。


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