稀人の少年は自分の世界に入っているのかこちらには気がついておらず、偶然空いていた正面の受付まで向かうと再び笑みを浮かべる。受付の女性はその表情に若干引き気味だ。
そんな時、一人の男性冒険者が少年に近づくと、右肩に軽く触れてこう言った。
「おい、稀人だろ? そこはとうろくじゃ……ぐあっ!?」
冒険者登録はそこじゃないと、そう教えようとしたと思わしき男性冒険者は、稀人の少年の突然繰り出した蹴りを腹部に受け、そのまま長方形の机を壊す形で突っ込んだ。
「いきなりガラの悪い冒険者が絡んできたから正当防衛をしたまでだ! それにしても、あれで高ランク冒険者なのだろう?」
そう言って稀人の少年は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
「えぇ……」
それは無いだろうと、俺はそんな声をこぼしてしまう。
あれは親切に場所を教えようとしてくれただけだろうし、そもそも誰も高ランク冒険者だとは言っていないだろ……。
「周囲の冒険者はその稀人を取り押さえてください!」
ギルド職員の一人がそう叫ぶや否や、冒険者達が一斉に稀人の少年に飛びかかり、あっという間に取り押さえられた。
そりゃ、そうなるわな。
「くそが!! 離しやがれ! NPCの分際で! そもそも俺はまだ一般人のはずだぞ! 冒険者が一般人に手を出していいと思ってるのか!」
稀人の少年の叫びには誰も答えない。その間にも、冒険者の一人が町の衛兵を呼びに向かった。
そしてようやく、こちらに気がついたのか、稀人の少年が助けを求めてくる。
「お、おい! お前もプレイヤーだろ! 助けろよ! 俺達は選ばれた存在だろ! 異世界転移なんだぜ! 仲間だろ! ……そ、そうか! お前がここで俺を助けて最初のハーレムに加わるのか! よく見れば美人じゃねえか! 男より女にモテるんだろ! 俺が男を教えてやるよ! だから早く助けろ!」
「……気持ち悪い」
俺から出た言葉はそれだけだった。
余りの傲慢さ。自分が言った言葉は全て叶うと思っているのだろうか。そして妄想が酷く、こちらに向ける視線がとにかく気持ちが悪い。
これならまだエロランド君に見られていた方がましというもの。
そこまで思考したところで、稀人の少年が打って変わって罵声を吐き出す、
「くそがぁ! このアバズレ! くそビッチ! ここの冒険者共に体でも売ったんだろ! 絶対許さねえ! 俺は裏切る女が一番ムカつくんだよ! 絶対PKしてやる! だがその前に、PVPだ! 俺が勝ったらお前は今日から俺の奴隷になれ!」
「え?」
稀人の少年がそう叫び終わると、目の前に半透明な板が出現した。
__________________________________
フェニックス・アルティメイトからPVPの申請をされました。
『試合条件』
1VS1
無制限
『敗北条件』
HP全損
降参
『勝利報酬』
敗北者が勝利者に隷属
受諾しますか? Yes/No
__________________________________
意味が分からないんだが……とりあえずNoに決まっているだろ。
俺は最早頭がおかしいのだろうと判断しながら拒否すると、問題なく半透明な板は消え去った。
「なっ!? 何で拒否するんだよ! 卑怯だろ! くそっ! ふざけやがって!」
拒否したことに納得がいかないのか、稀人の少年が暴れ出す。
ここまで来ると呆れるな。この少年の思考回路はどうなっているんだ? とても正常だとは思えない……。
俺がそう思った時だった――
「いい気になるなよ糞共が! 限界突破!!」
「なにっ!?」
「うおっ!」
稀人の少年がそう言った途端、彼の身体は黄色いオーラに包まれたかと思えば、驚愕した冒険者たちの隙を突き、取り押さえられていた状況から力づくで抜け出す。
「えっ!?」
「ミフィ―!!」
少し離れたところにいたミフィ―ちゃんまで駆け寄ったかと思えば、どこからか取り出したナイフをミフィ―ちゃんの首筋にあて、その場から少し距離を取ると、稀人の少年は勝ち誇ったかのようにこう叫ぶ。
「こいつが殺されたくなければ俺から離れろ!」
「くそっ!」
「あれはもしかして、ユニークスキルの限界突破か!」
「稀人が希少な能力を持つというのは本当だったのか!?」
周囲が距離を取り始めると、稀人の少年は余裕を持ったのか、再び俺に視線を向けた。
「おい! こいつが殺されたくなかったらPVPを受けろよ!」
稀人の少年がそういうと、再び先ほどと同じ内容のものが浮かび上がる。
ここまできてPVP? ……確かにあの身体能力には勝てる気がしない。勝利報酬で隷属化するとして、この場を抜け出すために利用するつもりなのか?
「おい! 早くしろ!」
「ひぃっ」
ミフィ―ちゃんの首筋に添えられたナイフが多少触れたのか、その個所から血が流れる。
「くっ……わかった」
「ひひっ! それでいい!」
どちらにしても受けなければ、確実にミフィ―ちゃんが殺されてしまうと、断腸の思いでPVPを受諾した。
その瞬間、視界が暗転したかと思えば、いつの間にかコロッセオのような場所にいた。
「え?」
「なんだここは!?」
稀人の少年も予想外だったのか、驚愕の声を上げる。
そして、観客席には先ほどまで冒険者ギルドにいた冒険者たちとギルド職員たち、そしてミフィ―ちゃんとシフィ―ちゃん、それにエロランド君もいた。
どうやら無事のようだな……けど、これからどうする?
そう思っている間にも、試合開始までのカウントダウンが始まる。
10・9・8……
そもそも俺は自分がどうやって戦うのかもわからない。とりあえず能力を確認しなければ、確かステータスとかだったはず……。
そう思考すると、目の前にそれが現れた。
_________________
名称 ルイ・ウィンター
種族 人族
年齢 18
性別 男 女
【アクティブスキル】
生活魔法1
【固有スキル】
アルカナ『愚者』 アルカナ『運命の輪』
アルカナ『吊るされた男』
【称号】
アルカナ『愚者』 アルカナ『運命の輪』
アルカナ『吊るされた男』
_________________
性別について一言あるが、今はそれどころじゃない。くそっ、こんな事なら先に使い方でも調べておくべきだった。
そうしている間に、無慈悲にも試合開始のブザーが鳴り響く。
も、もう始まったのかっ!?
俺は少し距離があるとはいえ、正面にいる稀人の少年に身構える。しかし、相手が行動を始めることは無く、どちらかといえば焦っているようだった。
「お、おい! 降参しろよ! 今なら許してやるから! 奴隷になっても優しくしてやるよ!」
「は?」
よく見ると先ほどまで纏っていた黄色いオーラが消えている。どうやらPVPを始める際に消えたらしい。
なるほど。だから焦っているのか。なら今のうちに少しでもスキルの確認をした方が良いな。
俺はそう思い、スキルの能力を確認しようと念じてみると、最初に視界へと入っていた為か、生活魔法の情報が浮かび上がる。
≪名称≫
生活魔法
≪効果≫
MPを使用してプチファイア、クリエイトウォーター、クリーン、ライトの魔法を発動する。
これは少し厳しい。
明らかに戦闘用ではない事にそんな感想を抱く。
「くそがっ! 無視してんじゃねえ! 鑑定! ……はっ? 鑑定! 鑑定! 鑑定! 何で鑑定できないんだよ! お前鑑定妨害のスキルを持ってやがるな!」
そんなものは持っていないのだが……。理由は不明だが運が良い。なら今のうちに次のスキル確認を……。
そう思考するが、そんな余裕は無くなる。
「ふざけんじゃねえ! 限界突破! っおお!! できた! できたぞ! やはり俺は選ばれた人間だ!」
その瞬間、稀人の少年が再び黄色いオーラに包まれる。どうやら限界突破を発動したようだった。
まずいっ、まずいな、どうすれば!?
「先手必勝だぜ!」
そう言って取り出したナイフ片手に猛スピードで向かってくるそれに対し、俺は咄嗟に手を向けて魔法を発動する。
「ライト!!」
「ぐあっ!?」
それは生活魔法のライト。掌から放たれた光に稀人の少年は目が眩み、その拍子に足を踏み外すと、俺の横を転がるように通り過ぎて行く。その間、手に持ったナイフも手放す始末だった。
今のうちにあのナイフを拾って行けば……いや、それは無謀かもしれない。
咄嗟にナイフを拾い襲いかかるという選択が過ったが、限界突破が発動している以上、力の差で取り押さえられるという現実が見えてしまった。
なら残された選択は、用途不明のアルカナスキルしかない。
俺は初めにアルカナ『愚者』の能力を確認する。
≪名称≫
アルカナ『愚者』
≪効果≫
特定の効果を無効化する能力、『エクスキュース』を使用することができる。再使用にはMPを支払う必要があり、無効化した効果によってその量は変化する。
通常方法による適性外のスキルが取得不能になる。
適性スキルの取得緩和。
所持スキルの成長速度上昇。
全基礎能力成長率上昇(中)
この固有スキルは称号【アルカナ『愚者』】を所持していなければ効果を発揮しない。
この固有スキルはアルカナと名のつく称号所持者に譲渡することができる。
所有者が死亡した場合、殺害者がアルカナ称号所持者であれば、この固有能力はその者に移動する。
それ以外の場合、条件を満たした者が新たな所有者として取得することができる。
「これはっ……」
名称とは似ても似つかない優秀な能力に俺は言葉を失う。
「ふざけんじゃねえ! 絶対許さねえ! お前はズタボロに使い潰して売り払ってやる!」
稀人の少年が罵声を吐きながら立ち上がる。未だに黄色いオーラに包まれ、怒気をこちらに放つ。
やるしかない。他のアルカナスキルを確認している余裕はもう無い。なら、この能力に賭ける。
「ぶっ殺してやらぁああ!!」
今だっ!!
こちらに全力疾走する稀人の少年に向け、俺はアルカナ『愚者』の能力を発動する。
「エクスキュース!!」
「なにっ!?」
その瞬間、稀人の少年から黄色いオーラが消え去った。
「うそ……だろ!?」
限界突破が解除された為か、まるで疲労困憊のように見えた。
「ウィ、ウィンターさん! 限界突破はその効果が終わると基礎能力値が三分の一になるんです!」
限界突破の能力を知っていたのか、観客席にいたエムルさんがそう叫んで教えてくれる。それを聞いた稀人の少年は顔を真っ青にした。
「何ばらしてやがる! こんなの卑怯だ! 無効試合だ! 反則だろ!?」
分が悪くなったためか、稀人の少年が俺に言い訳がましくそう吠える。
だが、それを聞く理由は無い。
「ぐぼぁ!?」
稀人の少年に駆け寄り、俺は渾身の蹴りを喰らわせた。それは確実な手応えがあり、事実その一撃で稀人の少年は沈み、光の粒子となって消え去る。
≪You Win!≫
そのアナウンスが聞こえると同時に、視界は暗転した。
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