002 冒険者ギルドへ

 三人の子どもに案内されて街中を歩く。小さな広場を出ると、すぐそこには大通りがあり、その土の路上を沿う形で家々が並んでいる。

 どうやら木造建築が多く、全体的に村から町に昇格したばかりという印象を受けた。

 流石に歩道までは整備されていないか。中央を馬車が行き交うとはいえ、子どもが歩くのはいささか危なそうだが、この子たちからしたら当たり前の光景なのだろう。

 想像よりも迫力のある馬車の姿に俺はそんな事を思いつつ、自然が徐々に駆逐されている街並みを歩きながら、主にシフィ―ちゃん、ミフィ―ちゃんと会話をする。

 因みにエロランド君は背後からついて来ているが、薄気味悪い笑い声を時々呟きながら、その視線が俺の背後、臀部を中心に向けられている気がしてならない。

 こいつの将来が心配になって来るな……。

 俺は心の中で溜息を吐きつつ、目的地の冒険者ギルドまでの間に、二人から情報収集を試みた結果あることが分かった。

 稀人はお伽噺で登場するらしく、その身一つで突然各地に現れ、特殊な力で勇者にも魔王にもなるらしい。

 また稀人は様々なものを生み出すので、なるべく皆で保護し、仲良くしなければならない。

 けれど中には当然悪人もいるので、気をつける必要がある。それと冒険者ギルドも稀人が作ったとか。

 他にも、ファミリーネームは本来貴族しか持たないが、稀人は例外で持っているという事も聞いた。

 なるほど。稀人は過去にもこの世界に呼ばれているという事か。どのような理由で呼んでいるのかまでは不明だが、それはその内何かしらの手掛かりが見つかるだろう。

 あと今更だけど、稀人を初めて見たとはいえ、理由なく知らない人に声をかけてはいけませんと、自分のことは棚に上げて子ども達にそう注意しておく。

 まあ、稀人の保護とかが理由なんだろうけど、少し心配だな。冒険者ギルドの案内もそれが理由だろうし。

 そうして、俺は無事に冒険者ギルドに辿り着いた。大通りに面したその場所は、石作りの二階建てであり、正面には解放されている大きな両扉、真上には盾を中心として二本の剣が交差している鉄製と思われる印。その扉と印の間に木製の看板で冒険者ギルドと記されていた。

 記憶にない字だけど読めるな。そういえば子どもたちとも普通に会話できているし、今更か。

「こっちだよお姉さん」
「案内してあげる!」

 自信満々にそう言う女の子二人に導かれるまま、冒険者ギルドの中に入っていく。

「おおっ! 未来の受付嬢がお客を連れて来たぜ!」
「きれいな姉ちゃんじゃねえか!」
「なるほど、稀人か……って後ろでエロい視線送ってるのはエロバカの息子……ありゃ先が思いやられるな」

 どうやら子どもたちは冒険者ギルドでは有名だったようで、早々に冒険者達から声が上がる。

 俺男だよな? やっぱり見た感じ女にしか見えないのか……。
 それと、エロランド君、その舐めまわすような視線はやめなさい。

 そんな事を思いつつ、周囲を見渡す。

 まず正面奥には受付と思われるカウンターがあり、左右の端にはそれぞれ先に進む廊下が見える。次に左側には壁に様々な紙が貼られた複数の掲示板。最後に右側は複数の長方形の机や椅子が置かれたスペースであり、声を上げた冒険者達がいる場所だ。

 なんかイメージだと汚くて態度が悪そうな人が多そうな気がしていたけど、実際は清潔で優しそうな人が多そうでよかった。

 俺は冒険者ギルドの雰囲気に安堵しつつ、二人に連れられて空いている左端のカウンターに着く。そこには十代後半と思わしき、金髪セミロング、碧眼のまだ幼い印象の残る可愛らしい少女がいた。

「あら、シフィ―とミフィ―が人を連れてくるなんて珍しいわね。それに稀人の方は初めて見ました。私は冒険者ギルド、アガッド支部の受付をしております、エリムと申します。稀人の方という事は……冒険者登録ですよね?」
「あ、はい。よろしくお願いします」

 俺がそう答えると、受付嬢のエリムさんは一枚の用紙とペンを取り出した。

「こちらに答えられる範囲での記入をお願いします」
「わかりました」

 俺は言われるがまま用紙とペンを受け取ると、答えられる範囲で記入していく。

 やっぱり文字も書けるな。それと、流されるままにここまで記入したが、登録料を俺は持っているのだろうか……。

 俺は今更ながら金銭的不安を感じつつ、用紙の記入を終えた。記入した内容は以下の通りだ。

 _________________
 氏名: ルイ・ウィンター
 年齢: 18
 種族: 人間
 性別: 男

 特技
 生活魔法を一応使えます。
 _________________

 名前は問題ない。年齢も手紙に若返りの項目で18となっていたので、これも大丈夫だ。種族という項目に一瞬困惑したが、人間と記入。性別は断固として男だと信じている。

 特技の生活魔法は、ランダムガチャで入手したもので一番想像が容易だったからだ。アルカナの愚者と書いても説明できそうにないし。

「それではお預かりいたします……え? 男性? ……っ失礼いたしました!」
「え? お姉さんはお兄さんだったの?」
「うそ……本当に?」

 エムルさんが性別男という事に驚き、うっかり口を滑らせると、左右にいるシフィ―ちゃんとミフィ―ちゃんも驚きの声を上げる。

 それを聞いた周囲の冒険者達も同様だ。

 そして、真後ろにいたエロランド君といえば、あまりに驚愕したのか、二、三歩後退するほどだったが、その場で固まり何かを思考すると、俺と向かい合い手の届く距離まで近づき、何を思ったのか、俺の後ろに手を回して尻を撫でた。

「……うむ!」

 そして、そう呟くと俺に合格! といった具合に親指を立ててサムズアップをした。

「エロバカの息子……見た目が良ければそれでいいのか」
「あの年で何と業の深い……」
「俺はあの姉ちゃんが兄ちゃんだった事よりも驚きだぜ」
「という事は、同じ男の俺も守備範囲なのだろうか……今度聞いてみよう」

 エロランド君の行動と表情に若干イラつきを覚えるが、その行動のおかげで場が収まったので良しとしよう。ただあまりもう俺に近づかないでほしいが……。

「なんてことをするのこのスケベ!」
「お姉さんがお兄さんでも、そ、そういうのはいけないと思うの!」
「ゆ、許して二人とも!」

 その直後、エロランド君は少女二人から制裁の平手打ちを受けたのを見て、俺はそれでなんとなく許す気になれた。

「ご、ごほん。そ、それでは続いて適性診断と登録を行いますが、よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」

 冒険者登録の途中だったことを思い出し、俺はエムルさんに返事をする。

 すると、先ほどの用紙より一回り大きな四脚の石板をエムルさんが取り出した。

 石板には隙間が上部と下部にあるらしく、上部に先ほどの記入用紙をエムルさんが差し込むと、石板を上から軽く押し、カチッという音が聞こえると同時に用紙がプレスされ、石板の隙間が無くなる。

「それでは、こちらの方に手を置き、適性診断と念じてください」
「分かりました」

 言われるがまま俺は石板の上に手を置き、適性診断と念じた。すると、石板全体が金色に発光し始める。

「珍しいですね。ウィンターさんの適性は『運』です」
「運?」
「はい、運の適性ですので、ドロップ率が良く、また適性のある運に関するスキルなどを習得しやすくなります。もちろん他の適性のスキルも習得できますが、適性外スキルは適性スキルよりも習得が難しく、また成長が遅くなってしまいます」

 突然ドロップ率とか説明され、呆気に取られたが、そういう世界だと受け入れた。

 ドロップ率ってゲームだよな? よくよく考えるとスキルとかステータスとかもゲームだし、手紙にもシステムとかがどうとか書いてあった……もしかしてここはゲームの世界なのか? いや、でもたかがゲームで知識以外の記憶を消されたり、死んでも生き返らないとか手紙に書くのだろうか……分からない。

「そこまで深く考え込まなくても大丈夫ですよ。運の適性の方は少ないですが、適性スキルはサポートとしてとても優秀なものが多いので」
「そうですか。なら大丈夫そうですね」

 まずいまずい。思わず考え込んでしまった。

「はい、では登録ですが、情報の固定化に少々お時間が掛りますので、冒険者ギルドの規則などについてお話いたしますね」

 俺は気持ちを切り替えると、エムルさんの説明を聞き始めた。

 ◆

 それから冒険者ギルド基本的な規則を聞き終えた。
 要約すると、冒険者はランク1からスタートし、依頼を成功させる度にその依頼に応じた分のランクが上昇する。

 逆に失敗するとその分ランクが落ちてしまう。ランクは10、20とランクが10増えるたびに試験が行われ、合格しなければ以降の依頼が受けられず、合格すればその場で1増えて先の依頼が受けられるようになる。

 また依頼は最大で自分のランクの上下5ランク差までしか受けることができない。というもので、パーティの場合多少変わるが、ソロの場合はそうなるらしい。

 後は基本的に受付の指示には従う、暴力沙汰は起こさない、決闘はルールを守った上で死に繋がってはいけない、冒険者ギルドに不利益を与えない、死亡や怪我、所持品の管理などは基本的に自己責任。などであり、破れば軽くて罰金やランクの降格であるが、悪ければ除名や投獄などもある。

 思ったより分かりやすい規則でよかった。因みに、稀人は例外として登録料は無料で、種族の人間は人族に修正されるそうだ。

「それでは、こちらにもう一度手を置いて頂きまして、登録と念じていただければ完了となります」
「わかりました」

 エムルさんに言われる通り、俺は石板に手を乗せたその時――

「ここが冒険者ギルド。俺の出発点か」

 咄嗟とっさに振り向くと、そこには黒目黒髪の十代後半と思わしき少年が笑みを浮かべて立っていた。

 あれってもしかして稀人か? なるほど。見ればわかるっているのも納得だな。

 説明はできないが、俺はその少年を見て容姿や言動では無く、本能的に稀人だと確信を持ってそう言えた。


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