042 最終話●●として生きる。

 黒栖、いやデスハザードは、とある町にいた。そこは、田園風景が広がっている。

「ここが、そうなのか」

 一人そう呟きながら、周囲をマジックミラーのような空間を生成することで、他人からは見えないようにしていた。

 デスハザードの容姿は、黒い軍服に軍帽、口元まで隠す軍服コート、そして、黒い布で両目を覆い、その中央には特徴的な赤い単眼と数本線の模様がある。

 田園風景には場違いな格好だ。故に、外からは見えないようにしている。

「あはは!」
「きゃっきゃっ!」

 そんなデスハザードの横を、子供たちが駆けていく。実に平和な光景だった。

「そろそろ覚悟を決めるか」

 跳躍して電柱の上に乗ると、デスハザードそう言って視界を飛ばす。覗くのはもちろん、元となった本物の白羽・・・・・だ。

「白羽……」

 そこに映るのは、少々幼い中学生の白羽だった。校舎に残り、誰かと談笑している。その談笑相手というのは。

「俺、か」

 中学生と思わしき黒栖だった。自分とは思えないほど明るく、はきはきと喋る姿に、自分とは別の存在なのだと理解する。

「そうか、俺は黒栖ではなかったということか」

 そう呟くデスハザードは、本当の世界に戻ってから、およそ二年前の世界に来ていた。何故二年前なのか、本人も分かってはいない。だが、何かが二年前だと告げている気がしたのだ。

 デスハザードは、二人の会話内容が気になり、何となく聴覚も飛ばす。

「デスハザードはね。正義のヒーローなんだよ! 誰かがピンチになると、当然現れて、こう言うんだ。俺の名はデスハザード。お前を救うものだ。ってね!」
「へー! そうなんだ!」

 話している内容は、なんとデスハザードのことだった。

「はは、救うものね。皮肉なものだな。俺は殺すことしか出来なかったというのに」

 白羽と出会った当初、デスハザードという存在は、彼が作ったキャラクターだったということを思い出す。

 神がゲームを始めるにあたって、そのキャラクターを使ったのだろう。

「デスハザードは、基本無口でクールなキャラなんだ。それで実は優しく、大切な人のためにはなんでもできるんだ」
「かっこいいね」

 何故だか、それを聞いていると、デスハザードは無性に虚しくなってくる。大切な人のために何でもやってきた。けれど、結局は救うことができない。それが虚しくてたまらないのだ。

 それから、暫く二人はデスハザードについて会話を続けているようだったが、話題は変わる。

「ねえ、黒栖君。明日の日曜日、私の誕生日なんだけれど、時間は空いてる?」
「ああ、もちろん空いてるよ!」
「よかった。それじゃあ明日の朝十時に、願ヶ丘に来てほしいの。そこで、とても大切なお話があるから」
「大切な話?」
「うん」

 何やらそう言って、二人は顔を赤くして黙ってしまう。お互いに理解しており、明日何が起こるのか、想像してしまったのだろう。

「わ、わかった。必ず行くよ!」
「や、約束だよ!」
「ああ。必ず行くよ!」

 そして、その日は何事もなく終了した。デスハザードは、それをただ眺めているだけだ。

 次の日、黒栖が家を出て願ヶ丘に行くのを、デスハザードは見ていた。嬉しそうな感じが、黒栖の表情から伝わってくる。

 目的の場所に辿り着ければ、そこに幸せが待っているのだ。嬉しくならない訳が無い。だが、それは唐突に訪れる。

「危ない!」

 横断歩道で赤信号を渡ろうとした子供を、黒栖が助けたのだ。無事に子供は助かったが、その代わり、黒栖が車にねられてしまう。

「そうか。これが理由なのか」

 救急車に運ばれていく黒栖を、デスハザードはただ眺めていることしかしなかった。それに見た感じでは、黒栖は助かりそうには見えない。事実死ぬのだろう。

 白羽の方に視線を飛ばすと、願ヶ丘でソワソワしながら、一人黒栖を待っているようだった。しかし、当然約束の時間になっても、黒栖は訪れない。

「黒栖君、遅いなぁ……」

 もしかして振られたのかと、白羽が不安になり始めているが、それでも黒栖は現れない。そこから、一時間、二時間、三時間が過ぎたが、それでも白羽は諦めず待っていた。自分から連絡をとらないのは、何だか気が進まなかったのだ。

 そうして、本当に振られてしまったのかと打ちひしがれている時だった。白羽に一本の電話がかかる。

「はい。……え……うそ……」

 電話の内容は、黒栖が車に撥ねられ、先ほど息を引き取ったという内容だった。黒栖と白羽は幼馴染であり、今日白羽と会う約束をしていたことを、黒栖の両親は知っており、その経由で白羽の両親に連絡が行き今に至る。

 黒栖の死を知った白羽は、その場で座り込み、涙を零し始めた。

「わ、私のせいで。私が黒栖君に来るように誘ったから……」

 自分のせいだと、白羽は嘆き苦しむ。

「誰か、神様。黒栖君を、生き返らせてよ。黒栖君を返して。私、まだちゃんと好きって言えてなかった……お願い。神様」

 心の中で、様々な葛藤が起こり、白羽は神に救いを求めた。無駄だと分かっていても、そう言わずにはいられない。本来ならば、ただ叫んで終わるはずだった。本来ならば」

「……え?」

 その時、願ヶ丘に置かれていた祠から、眩い光りが天に上っていく。まるで、白羽の願いを届けるかのように。

 そして、その光りは白羽にも降り注ぐ。

「あっ……」

 その瞬間、白羽は気を失い、その場から消え去った。

「……そうか、これが原因。全ての始まりか……」

 あの並行世界を行き来する殺し合いのゲームは、これが発端となったのだと、デスハザードは確信をする。

「道理で、本当の世界に来ても、白羽がいなかったわけだ」

 目の前で消えた光景を見れば、その未来で白羽がいなかった理由をデスハザードは理解した。

 であるならば、デスハザードがやることは決まっている。
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「ありがとう、おにいちゃん!」
「ああ、もう赤信号を渡るんじゃないぞ!」
「うん!」

 デスハザードは、過去に戻って黒栖が車に撥ねられる未来を変えた。

「これでいい」

 箱庭のゲームから脱したからか、過去に戻っても黒栖の魂が失われているということは無く、目の前には新たな並行世界が生まれる。

 そう、黒栖が死なず、あのふざけたゲームが行われない世界だ。
 
 そして黒栖は約束通りの時間に、白羽の元に辿り着いた。話す内容は分かり切っていたが、それを聞くことは無く、デスハザードは視界の映像を切る。

「俺は、消えないんだな。これからどうしたものか……」

 箱庭のゲームが行われないということは、自分は生まれないはずだった。だが、デスハザード今でもここに存在している。並行世界になってしまったことが理由なのか、それともそんなことは関係ないのか、今のデスハザードには分からない。

 だが、こうして存在している以上、これから生きていかなければならない。一瞬このまま死んでしまおうかとも考えたが、デスハザードの脳裏に、ある言葉が再生される。

『黒栖君、生きて。あなたを愛してる』

「白羽……」

 白羽の最後に残した言葉。それを裏切るわけにはいかなかった。

 確かに、過去に戻って白羽の元になった白羽に会うことが出来たのは事実だ。しかし、その横には本物の黒栖がいる。既にデスハザードとして生きるのを決めた以上、その横に本物をどかして歩くことはできない。そもそも、あれはやはり自分の白羽ではないと、どこか確信をしていた。

「救うもの……か」

 思い出すのは、本物の黒栖が話していた、本来のデスハザード。贖罪ではないが、それも悪くはないと、デスハザードはその場から姿を消した。

 ◆

 少年の名は狭間黒栖。現在ではデスハザードとして、困っている人の元へと、世界中、そして異世界にまで旅立つのだ。

「俺の名はデスハザード。お前と、その彼女ヒロインを救うものだ」

END


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