016 小競り合い

「おう。お前凄い力持ちなんだな!」
「武器を持っていないところを見るに格闘家か?」

 俺が木箱を運んでいると、不意に若い冒険者二人から声をかけられた。

「ん? いや、格闘家ではないな」

 急になんだ? それよりも、木箱運べよ。

 誰がいくつ運んでも全て運べば完了する以上、こうして何もせず話しかけてくる相手に、俺は少なからず苛立ちを感じていた。

「そうなのか? いや、それでも凄い力とスタミナじゃないか!」
「そうそう、そこの使えない獣人とは大違いだ!」

 突然俺のことを褒める二人に対して、この後言われる内容を何となく予想できてしまい、俺は辟易へきえきとする。

「それで、何のようなんだ?」

 とりあえず、黙っている訳にもいかないので、一応理由を聞いてみた。だが、次に発せられた言葉はやはり予想通りだ。

「ああ、実は俺たち最近冒険者になったばかりなんだけど、今パーティメンバーを探しているんだ。君さえ良ければ、是非俺たちとパーティを組まないか?」
「ちなみに、こいつは盗賊で、俺は弓使い。お前は見たところ前衛だろ? バランスがいいぜ?」

 確かに、俺が前衛ならバランスが良いかもしれない。だが、こいつらとパーティを組む気は一切起きないな。そもそも、俺には秘密が多いし、この町にずっと留まるわけでもない。更に言えば、差別的な発言をする奴はどうも好きなれないからな。当然、お断りだ。

「すまないが、俺は誰とも組む気はないんだ。他を当たってくれ」

 俺がそう言った瞬間だった。二人の態度が急変する。

「あ? 俺たちがせっかく誘っているのに、断るのかよ?」
「そうだぜ! 前衛ばかりの冒険者の中で、盗賊と弓使いは希少なんだぜ? そんな機会を無駄にするのかよ!」

 なんだこいつら……面倒くさいな。

 断ったくらいで激怒するとは思ってもみなかったので、俺は呆気に取られてしまう。そんな時、争いの声を聞いた獣人の男が、止めに入ってくる。

「こ、ここで争われると困ります! ど、どうか作業に戻っていただけないでしょうか!」

 獣人の男は、若干身体を恐怖に振るわせながら止めに入った。おそらくこれで作業が無事に終わらなければ、雇い主から重い制裁でも科せられるのだろう。

「あ? 獣人風情が何の用だ!」
「人族様の問題に口をだすんじゃねえ!」

 だがやはりというべきか、若い冒険者の二人は獣人に対して高圧的だ。

「あ、いえ……ですが……」

 二人に威圧されて、獣人の男の言葉が徐々に小さくなっていく。

 板挟みか。原因はこの二人だが、何となく不快だな。

「あ? 何? 聞こえねえぞ!」
「黙ってないで何とか言えよ!」

 そして、獣人の委縮した姿に苛ついたのか、若い冒険者の一人が獣人の胸倉を掴もうとしたそのとき。

「いい加減にしろ」
「なっ!? い、いでぇ!?」

 俺がその手首を掴んで力を込めた。それにより、情けない声を男は上げる。

「何しやがる! お前! 獣人の肩を持つのかよ!」
「獣人愛者かよ! 気持ちわりぃ! ぐえッ!?」

 獣人愛者の意味は分からなかったが、差別的用語だと理解し、もう一人の男の胸倉を左手で掴み持ち上げる。身体能力向上系の称号スキルが複数ある俺にとって、これぐらいは訳もなかった。

「黙れ。俺はただ面倒ごとは御免なだけだ。お前らのせいで依頼が駄目になったり、遅れたらどうしてくれるんだ? そもそもお前らが全く運ばないから、俺ばかり運ぶはめになっているじゃないか。それで終わったときに俺と同じ報酬を手にするのか? ふざけんなよ?」

 俺はあえて獣人は関係なく、自分の利益が相対的に減少することに重点を置いて話す。

「わ、悪かったよ」
「ああ、ちゃんと運ぶから、放してくれ!」

 二人は俺の迫力に気圧されたのか、素直に許し請うた。

「次からはしっかり運べよ」
「ああ、もちろんだとも」
「は、働く……グエッ!」

 俺は二人から手を放すと、黙って木箱を運び始めた。獣人の男は、離れた場所から俺にお辞儀をしていたが、気にしないふりをして通り過ぎる。

 差別意識が依頼に影響するのは面倒だな。まあ、この二人はそもそも問題外だが。

 その後は、まじめに若い冒険者たちも木箱を運んだため、目的の時間よりも早く木箱を運び終えることに成功した。その大部分はもちろん俺が運んだわけだが。

「おお! 早えじゃねえか! お前らよくやった! 依頼は問題なく完了だ!」

 依頼の完了を報告すると、ラーズドは嬉しそうに声を上げながら、俺たちを絶賛した。もちろん、そこに作業していた獣人たちは含まれてはいない。

「よし、依頼書をだしてくれ。押印をしよう」

 言われた通り俺は依頼書を取り出し、ラーズドに押印を無事にしてもらった。

 これで、冒険者として初めての依頼は完了だな。

 俺は依頼書を懐にしまうと、その場を後にして冒険者ギルドに戻る。ちなみに、その時あの若い冒険者二人に再度パーティに入らないか誘われたが、当然断った。

「おや、もう戻ったのかい。早いね」
「ああ、思ったよりも早く終わってな。これが依頼書だ」

 冒険者ギルドに戻ると、依頼を早々に終わらせた俺にルチアーノが驚くも、依頼書を受け取って確認を取る。

「うん。確かに完了したようだね。報酬は1,500アロだ」

 報酬に、小銀貨一枚と大銅貨五枚を渡された。本来五時間の報酬がこれだとすると、やはり底辺冒険者の稼ぎは安いと思ってしまう。それが表情に出ていたのか、ルチアーノは苦笑いをしながら説明をしてくれる。

「安いかい? まあ、安全な町の中の依頼だし、G級の依頼ではこれでも高い方だ。これが危険を伴う依頼であれば、もう少し良くなるよ」
「なるほど」

 確かに、安全な依頼は報酬が安く、危険な依頼の報酬が高いのは、道理が通る。

「依頼の前に紹介した宿は冒険者ギルドと提携しているから、本来なら一泊朝食と夕食をつけて1,500アロだが、契約冒険者であることを示せば、三割引きになって1,050アロになるよ」
「それは助かるな」

 三割も割引が効くのは凄いな。それに報酬もそうだが、そもそもこの町の物価は全体的に安いらしい。

 俺は改めてルチアーノから宿屋の場所を訊くと、報酬をポケットにしまい冒険者ギルドを後にした。


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