017 鳥のゆりかご亭

 ここがルチアーノの紹介してくれた宿屋か。

 大通りから少し外れた場所にあるが、二階建ての立派な宿屋だった。看板には、宿屋の名称である鳥のゆりかご亭という文字が記されている。

「いらっしゃい。宿泊かい?」
「はい、とりあえず三泊頼みます。それと、契約冒険者であれば割引が効くと聞いたのですが」

 宿屋に入ると、恰幅のよい中年女性が現れてそう尋ねてきたので、俺は冒険者証を差し出して割引が効くか訊いてみた。

「ほう。あんたあのルチアーノの契約冒険者なのかい。もちろん割引させてもらうよ。一泊朝食と夕食付きで1,050アロになるが、特別に1,000アロに負けるよ。三泊で3,000アロだ」
「ありがとうございます」

 中年女性はルチアーノの名前を聞いて一瞬驚きの表情をしていたが、それだけルチアーノの契約冒険者は珍しいのだろうか。

 俺はそんなことを思いつつ、小銀貨三枚を支払った。

「部屋は二階の203号室になるよ。鍵を渡しておくけど、宿を出るときは必ず受付に預けるように。それと部屋で何か紛失しても一切の責任をとらないからね」
「わかりました」

 まあ、当たり前のことだが、泥棒が入る可能性はゼロではないのだろう。

 鍵を女性から受け取ると、俺は案内された二階の203号室に入る。一人部屋なのか広くはなく、ベッド、机に椅子、あとはクローゼットやちょっとした収納ボックスがあるくらいだ。それで部屋の広さは結構ぎりぎりになっている。

 少し狭いが、まあ仕方がないか。これで食事が付いて一泊小銀貨一枚は安い。
 
 俺は備え付けられている鍵かけに203号室の鍵をかけると、ドアの内側から誰も入ってこないように鍵を閉める。

 ふぅ、ようやく一息付けるな。

 窓の外はまだ日が昇っているが、しばらくすれば夕日に変わる微妙な時間帯だった。俺は部屋にある椅子に腰かけると、これからのことを考え始める。

 まずは、冒険者になって町に滞在するという第一目標は達成した。契約冒険者にもなれたし、上出来の結果だろう。なら、次はどうするべきかだが、やはり金銭的な余裕が欲しい。

 現在、俺の所持金は残りわずかだった。これまでは盗賊や騎士風の男から奪った金銭が予想よりも多く、俺の懐にも余裕があったが、それも道中に現れた獣人の集団に奪われて半減している。そして門の通行料や冒険者になるための登録料、そして宿屋に三泊する分を考えれば、懐具合はとても寂しい。

 後々北の帝国に行くことを考えれば、金銭を稼ぐ必要があるな。それに、そもそもG級冒険者では、身分証明書として弱く、登録したこの町の出入りにしか使用できない。更に言えば、国を渡るためにはD級冒険者になる必要がある。これは、登録前ルチアーノに質問して訊いておいたことだ。

 それを改めて理解したことで、俺はこの町でするべきことを理解する。まず第一に金銭を稼ぐこと。次に冒険者ランクを上げることだ。

 あとは、旅に必要なものとかも買い集めておいた方が良いか。まあそれも、金を稼がなきゃ無理なんだけどな。とりあえず、明日も冒険者ギルドで依頼を受けるか。

 そう思った時気が抜けたのか、腹部から空腹を知らせる音が鳴った。

 昼飯、食べていなかったな。宿屋は朝と夜だけだし、ホームに戻るか。ここは節約だ。

 リンゴ、いやこの世界ではリップルという名称の果物を昼食代わりにするため、俺は宿屋の隅に移動用の目印になる石を疑似天地で生み出して、いくつか隠しておく。

 これだけ隠しておけば、掃除されても全部は回収されないだろう。

 そうして、俺は自らをホームへと転送した。

「あー!」
「うわっ!?」

 俺がホームに戻ってくると、エレティアが飛びつく勢いで迫った来る。それを俺は咄嗟に避けると、エレティアが何故避ける!? と言わんばかりに再び飛び掛かってきた。

「あー!」
「はあ、もうわかったよ」

 このままではいたちごっこになると理解した俺は、諦めてエレティアを受け入れる。

「うー!」
 
 やっぱり、自我が芽生えてきてるよな? というか、いくらゾンビとはいっても、見た目ほとんど人と変わらないし、少し冷たいくらいなんだよな。でも、その冷たさも冷たすぎるという訳でもないし、不思議な感じだ……いや、それよりも、これは男にはある意味拷問だ。

「あー!」

 エレティアに為すがままにされている俺の正面からは、エレティアの豊満な胸が押しつぶされており、後ろに回された手によって締められることで、益々形を崩すように圧迫されていく。

「も、もうこの辺にしてくれ」
「うー?」

 俺はそろそろヤバいと感じ、エレティアを引きはがした。若干、何故かエレティアが不満そうな声を上げる。

 困ったものだな……いやそれよりも、何故ここまで俺に懐いているのか意味が分からない。恨まれることはあっても、懐く理由はないはずだが……支配契約の影響か?

 仮に支配契約の影響だとすれば、それは恐ろしいものだと俺は思ってしまう。何故かといえば、それは支配された挙句、その実行した相手に好意を植え付けられていることになるからだ。

 この力は、あまり使うべきではないんだろうな。だが、自分の安全には変えられないか。今更、後悔しても意味は無いし、この力は今後も使うはずだ。ここで躊躇う訳にはいかない。

 俺は善人では無く、悪人寄りなのだろうと理解しつつ、これからも何かあれば支配契約を使うことを心に決めた。

 さて、それよりも飯だ。リンゴ、リップルでも食べるか。

 未だになれない名称を使いながらも、俺はリップルの木から実をもいで口にする。酸味と甘みが広がり、食欲が益々増進した。それから二個目を食べていくが、そこで満腹になってしまう。

 え? もう満腹なのか?

 以前リップルの実を食べたとき同様、俺は直ぐに満腹になってしまった。流石にそれはおかしいと感じてしまう。

 俺が小食になったのか? それとも、このリップルの実が特別なのか? 分からないな。とりあえず、宿屋の夕食の時にそれを検証してみるか。

 とりあえず満腹の問題に関しては夕食の時に確かめることにした俺は、エレティアにもリップルの実を渡すと共に、空腹なったら自分でも食べるように言っておく。

「エレティア、今後俺が食事の時にいるとは限らないから、腹が減ったら自分で実をもいで食べるようにしてくれ」
「あー!」
 
 どうやらエレティアは理解してくれたようなので、俺は一安心をする。

 まあゾンビに食事が必要なのか不明だが、食べないで何か問題が起こるよりはましだろう。

 昼食を終えると、時間が余っていることもあり、俺は道中で倒した芋虫の落とした白いとの先端に、疑似天地で針を生成させる。針なら買うよりも創る方が早いと、これは後から気が付いたことだった。

 やはり針とはいっても、小さくて先端を尖らすだけなのに魔力の消費が激しいな。でも、これで服が縫える。

 俺は着ていた黒いシャツを脱ぐと、獣人集団に空けられた穴や、切られた場所を縫っていく。元の世界では貧乏でその日暮らしだったこともあり、裁縫は得意だった。

 よし、こんなものだろう。次は……やっぱり縫った方がいいよな。

 俺の視線の先には、もちろんエレティアがいる。その胸の間には、短剣で突き刺した際にできた切れ目が入っていた。

「はぁ、エレティア、服を脱いでくれ。その切れ目を今ここで縫うからな」
「あー」

 俺がそういうと、エレティアは何のためらいもなくシスター服を脱ぎ去った。

「ッ――」
「あー?」

 そこには純白の下着姿に、ガーターベルトのエレティアが現れる。左太ももには、短剣の入った鞘が取り付けられていた。

 これは、不味いな。なるべく見ないようにしよう。

 いくら俺でも、外れてはいけない道というのがあると考えている。支配下に置いているとはいえ、何をしてもいいという訳ではない。

 切れ目は、大したことが無いな。他も少し解れているところがあるし、そこもついでに直しておこう。

 無心の気持ちで俺はチクチクとシスター服を縫っていき、無事に修復を完了した。

「エレティア、縫い終わったからこれを着てくれ」
「あー」

 もぞもぞと、エレティアは時間が少々かかりながらも、生前の記憶か、それとも知性が発達してきているからかは分からなかったが、問題なく一人でシスター服を着ることができた。

 はあ、服を縫うだけで一苦労だな。時間があるし、素振りでもしてよう。

 俺は石刀を手に持ち、何かを忘れるようにその場で素振りをし始めた。


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