012 姉妹の再開

 住宅エリアはその後何事もなく、裏山まで俺たちはやってくる。

 そのころには瑠理香ちゃんも少しずつ歩けるようになり、ようやく背から降りた。

 いや、鬱実がうるさいので、結果として降りてもらうしかなかったのだが。

「お姉ちゃん!」
「瑠理香!」

 そして秘密基地内に戻ってくると、夢香ちゃんと瑠理香ちゃんは再会を喜び、抱き合った。

 涙を流す二人を見ると、助けた甲斐があったというものだ。

「ねえ凛也君。あたしたちも抱き合おう?」
「はぁ、断るに決まっているだろ……」
「うぅ、凛也君があたしに塩対応ぅ!」

 鬱実は相変わらずだが、俺は疲れたということもありそう言ってソファに腰かけた。

「凛也先輩、本当にありがとうございました」
「いや、俺も瑠理香ちゃんを助けたかったし、気にしないでくれ」

 俺の前まで来て頭を下げる夢香ちゃんに、右手を上げて気にしないよう軽く返事をする。

 しかし、瑠理香ちゃんはそれでは収まらない様子だった。

「いえ、妹の命の恩人です! 凛也先輩がしてほしいことがあったら、何でも言ってください! 私にできることがあれば、どんなことでもしますから!」

 あまりの気迫に、俺は少々たじろぐ。

 だが、そこに入り込んでくる者がいた。

「じゃあ、凛也君にあげるお菓子に、自分の体液を入れるのを止めてくれないかしら? 最初は興奮したんだけど、慣れたら普通に嫌なだけだったわ」
「え?」
「は?」

 鬱実が突然、とんでもないことを口走る。

 お菓子に体液? え? もしかして、夢香ちゃんがよくくれたお菓子って……。

「きっと今ではエスカレートして、下半身から洩れた〇液を入れているに違いないわ。私ならそうするもの」

 追撃とばかりに、鬱実がとんでもないことを口に出した。というか、お前は入れるのかよ! やってないよな? 本当にやってないよな?

 俺は別の意味で心配になってくる。

「ま、まだそこまでしてません!」
「「まだ?」」

 鬱実の言葉へ反射的に反論した夢香ちゃんだったが、そこで墓穴を掘ってしまう。

「あっ……いえ……これは……」

 夢香ちゃんの言葉が徐々に小さくなっていく。

 そこへ、トイレから戻ってきた瑠理香ちゃんが現れた。

「あれ? お姉ちゃんどうしたの?」
「る、瑠理香……」
「?」

 状況が理解できないのか、瑠理香ちゃんが首をかしげる。

 体液を入れられていたことには、正直ドン引きだ。俺にそのような性癖は無い。

 しかし夢香ちゃんはいい子だ。それだけは分かる。

 おそらく、魔が差したのだろう。

 男どうしで缶ジュースを飲み回ししたと思えば……いや、なんか違うな。

 とにかく、この状態はまずい。

 こんな状態で関係がこじれれば、グループ崩壊の危機だ。

 俺はそう思い、ここで一旦この話をうやむやにすることに決めた。

「別に何もないぞ。夢香ちゃんにお礼を言われただけだ。気にしないでくれ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「り、凛也先輩……」

 瑠理香ちゃんは少し違和感があるようだが、納得したようだ。

 対して夢香ちゃんは、熱い視線を向けてくる。おそらく感謝しているのだろう。

 そして鬱実は、何故か息を荒くしていた。これはいつものことなので、気にしない。

「さて、流石に腹が減ったし、遅い昼食にしようか?」
「は、はい! 凛也先輩の為に、できる限りのことをしました!」

 夢香ちゃんはにこりと笑みを浮かべると、キッチンがある部屋へと向かっていく。

 どうやらこの秘密基地には、キッチンまであるらしい。

 それと俺たちが戻ってくるまで、二人とも昼食を摂らずに待っていたようだ。

 別に先に食べてもらっていても良かったのだが、そういう心遣いはうれしい。

 そうして、奥から料理が運ばれてきた。

 出されたのはカレーライスだ。

 俺たちはソファにそれぞれ席に着く。

 俺の横には鬱実が座り、正面には瑠理香ちゃん、その横が夢香ちゃんだ。

「非常食類しかなかったので、レトルトで申し訳ないです」
「それは、あたしに言っているの?」
「い、いえ、そういう意味じゃないです。すみません」

 料理好きの夢香ちゃんは、純粋にそう思ったのだろう。

 決して、置いてあった食材に文句を鬱実に言ったわけではない。

 また鬱実も、実際には気にしていないのだろう。

 それなりに鬱実とは一緒にいるので、それが分かった。

 しかし、若干空気が悪くなったのは確かだ。

「別に気にしてないよ。俺、カレー好きだからレトルトでも大歓迎だ。それと、鬱実も責めている訳じゃないと思うぞ。こいつは、ただ単に気になっただけだ」

 俺はそう言ってフォローをする。

「り、凛也君があたしにやさしぃ! 今夜、何か起きちゃう? 起きちゃう?」
「起きねえよ! そもそも、鬱実に優しくした覚えはない!」
「うぅ! 凛也君があたしに辛辣ぅ!」

 鬱実がいつものように絡んでくるので、俺は声を上げた。

 すると、それを見て瑠理香ちゃんが笑い出す。

「あはっ、あ、ごめんなさい。何だかおかしくって」
「そうだな、こいつは可笑しなやつだ。だから、普通の人と同じ思考を持っていると思わなくていいぞ」

 俺は、夢香ちゃんを見ながらそう言った。

「凛也先輩、ありがとうございます」
「気にするな。それよりも、そろそろ食べようか」
「そ、そうですね」

 そうして俺たちはカレーを食べ始める。

 食料の問題もあるので、おかわりは止めとこう。

 何はともあれ、瑠理香ちゃんを無事に助けることはできた。

 これからは、生き残ることを第一に考えよう。

 一瞬、両親のことが脳裏を過る。

 実は瑠理香ちゃんを助けに行く前に、両親に連絡をしていた。

 しかし返ってくるのはどちらも少女と女性の声。

 俺の両親は、既に噛まれた後だった。

 小さいころから放任主義で、俺にあまり関心がない。正直普通の家族とは少し違うと思う。

 だからだろうか、俺もそこまでの悲しみは無い。

 それよりも、妹を心配する夢香ちゃんの方を優先した。

 あとは、鬱実の方はどうなのだろうか?

 鬱実は世界が変わっても、これまで通り変わらない。

 そこが鬱実らしいのだが、自身の両親には連絡をとったのだろうか?

 このことについてどこまで踏み込んでいいのか、俺は躊躇ためらってしまう。

 自分から言わないということは、それなりに覚悟しているのかもしれない。

 それとも、ここまでの秘密基地を用意できるほどだ。

 鬱実の両親は既に安全を確保している可能性もあった。

 そっちの方が、可能性が高そうだ。

 俺が見ていないだけで、しっかり連絡をとったのかもしれない。

「凛也先輩、どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ」

 考え事にふけっていたせいか、食べるのが止まっていた俺を心配して、夢香ちゃんが声をかけてきた。

 今は、考えるのを止めよう。

 俺はカレーを口に運び、共に出されていた水を飲む。

 軽く息を吐くと、長かった一日の半分がようやく終わった気がした。


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