013 秘密基地を探検

 少し遅い昼食を終えた俺たちは、今後の方針を決める前にこの秘密基地内を鬱実に案内してもらうことにした。

 というのも、ここに来てから俺はこの秘密基地内が気になって仕方がない。

「ふふ、凛也君にあたしのすべて、見せてあげるね」
「ああ、秘密基地内の部屋を見せてくれ」

 現在俺たちがいるメインルームには、三つの扉がある。

 一つは南側にある外に出るための扉だ。

 これは潜水艦にあるような厳重な扉であり、簡単には突破されないだろう。

 残りの東西二つのドアは、鉄製ではあるものの普通のドアだ。

 まず初めに俺たちは、西側のドアを開ける。

 そこには長方形の長い廊下があった。

 正面と左右の突き当りにそれぞれドアがある。

 まず目の前のドアを開けると、そこには段ボール箱が無数に積み上げられていた。

「ここは主に備蓄倉庫よ。非常食もここにあるわ」
「これは、すごいな」

 四人で過ごしても、数か月は普通に生きていけそうな量だ。

 備蓄庫自体も広く、まだまだ置く場所に余裕もあった。

「私も、これを見たときは驚きました」
「こ、ここって、鬱実お姉さんの秘密基地なんですよね? すごいです!」

 夢香ちゃんは食事を作る際に一度訪れていたのだろう。

 対して初めて見た瑠理香ちゃんは驚いていた。

 ちなみに、いつの間にか瑠理香ちゃんは鬱実のことを『鬱実お姉さん』と呼ぶようになっている。

 どうやら、鬱実からそう呼ぶようにと言われたらしい。

 まあそれはともかく、次の部屋に行こう。

 廊下に戻り。まずは南側にあるドアを開く。

 ここはキッチンのようで、料理教室さながらの充実した道具と広さだった。

 正直、鬱実一人では持て余しそうだ。

「凄いですよねこのキッチン! 私、こんなキッチンを夢見ていたんです!」
「それは良かったな」
「はい!」

 そう言って目を輝かせるのは、当然料理部の夢香ちゃんだ。

「でも、食べ物は非常用の物ばかりなので、このキッチンを余り活用できないのは残念です」

 俺もそれは少し思った。

 新鮮な食材が手に入るようだったら、いずれ使わせてあげたい。

 ちなみに冷蔵庫もあるが、中身はほとんど入っておらず、冷凍食品と飲料などが僅かに入っているくらいだった。

「キッチンはノリで作ったから、正直ほぼ使っていないわ。中央の広いアイランドなんて、私が仰向けに寝ても大丈夫そうだったから、それにしたの」
「えっ? 何でこの大きなテーブルで寝るんですか?

 まだ純粋な瑠理香ちゃんは、鬱実に対してそう訊き返す。

 しかし、数年間鬱実の言動を聞き続けた俺は、直ぐに理解してしまう。

「それはね、もしかしたらこのアイランドで凛也君とセ――むぐっ!?」
「少し黙ろうか?」
「むぐっ……はぁはぁはぁ」
「うわっ……」

 俺が鬱実の口を手でふさぐと案の定興奮し始め、反射的に手を放してしまった。

「ふふふ、凛也君ったら大胆」
「……さて、ここはもういいだろうし、次に行こう」
「もうっ、恥ずかしがっちゃって!」
「……」

 鬱実の対応が面倒なので、俺は夢香ちゃんと瑠理香ちゃんにそう言って、部屋を出る。

 少しずつ鬱実の言動にも慣れてきたのか、二人は何も言わずについて来てくれた。

 そうして残す北のドアを開ける。

 ここは、洗面所兼脱衣所のようだ。

 ドラム式洗濯機もあり、奥には風呂場もあった。

 風呂場のドアを開くと、数人が一度に入れるほど広い。

 なぜこんなに広いのかは、最早聞くまい。

「わぁ! すごいです! これなら、皆で入れそうですね!」

 ここでも純粋な瑠理香ちゃんは、そう言って微笑む。

「み、皆で……」

 夢香ちゃんは小さくつぶやくと、チラチラとこちらに視線を向けてくる。

「凛也君、今日は大変だったろうから、一番に入っていいよ?」
「……嫌な予感がするから鬱実の後にする」
「えっ……り、凛君、そんなにあたしの残り湯が……飲んでいいよ?」
「誰が飲むか!」

 鬱実がまた馬鹿なことを口走った。

 風呂に入る順番は結局、鬱実・夢香ちゃん・瑠理香ちゃん・俺の順番に決まる。

 とりあえず、秘密基地の西側はこんなところだった。

 一度中央のメインルームに戻ると、俺たちは続いて東側のドアを開ける。

 当然というべきか、そこにも似たように廊下があった。

 しかし前と違うのは、正面の壁に三つのドアが等間隔に設置されている点だろう。

 とりあえず、俺は目の前のドアを開けてみる。

「ん? ……え?」

 俺は目の前の光景に、思わずポカンとしてしまう。

「どう? 日々更新しているから、違和感は無いはず」
「は、はは、確かに、違和感はない。無いけどさ……これ、俺の部屋じゃん……」

 そう、この部屋は正しく俺の部屋だった。

 壁紙から絨毯じゅうたんにいたるまで、何もかもが俺の住んでいるボロアパートの一室と瓜二つだ。

 ベッドや勉強机、本棚に並んだ参考書、果てまでは部屋の散らかり具合まで、今朝家を出た時と変わりない。

「た、確かに、あのパソコンの画面に映し出された部屋と同じです!」
「えっ? ここって、凛也さんの部屋なの? つまり、鬱実お姉さんと同棲していた?」

 夢香ちゃんは盗撮されていた俺の部屋を見たことがあったので、納得した。

 しかしそれを見ていなかった瑠理香ちゃんは、俺がここに住んでいると思ったようだ。

 是が非でも訂正しなければ。

「瑠理香ちゃん、確かにこの部屋は俺の部屋だが、偽物なんだ。
「偽物ですか?
「そう、ここは俺の部屋を忠実に再現しただけの部屋なんだよ」
「は、はあ」
「つまり、鬱実が俺の部屋を真似て作った部屋だ」
「……あぁ、なるほど! え? それって……」

 この部屋の存在理由を理解した瑠理香ちゃんは、鬱実にドン引きしたような視線を向ける。

 それは、俺や夢香ちゃんも同様だ。 

「いつ凛也君がやってきても良いように、作っておいたんだよ? 下着や服も全部あるからね?」
「……そうか」

 こんな世界になったからこそ、この部屋はある意味ありがたい。

 しかし、俺の心境は複雑だ。

 無言で部屋を出ると、他の部屋も確認してみる。

 こっちは、普通だな。

 残る二部屋はベッドが二つ並び、収納スペースや机、椅子などが置いてあるシンプルな部屋だった。

「凛也君以外に人が来るとは思っていなかったの。だから、適当」

 その適当な部屋が、俺にはある意味うらやましいよ。

 ベッドが二つあることもあり、夢香ちゃんと瑠理香ちゃんは二人で一部屋を使うことにしたようだ。

 残るのは北と南にあるドアだけであり、北は洗面所とトイレだった。

 ここも広々としており、トイレも個室が複数ある。

 そのうちの一つは、何故か男性用の小便器だ。

「これは、凛也君専用」
「まあ、そうだろうな」
「いつか、私も座るかも?」
「……そんな日は永遠に来ない」

 小便器を見て、鬱実がまたしても口走る。

 こいつの言動全てに反応していては、疲れるだけだ。

 軽くそう言い流して、残る南のドアに向かう。

 背後から鬱実が何か言っているが、スルーした。

 そして、最後のドアを開け……俺は即座に閉じる。

「この部屋は呪われているようだ。二人は絶対に入らないように」
「呪い?」
「……それだけ、すごい部屋のようですね……」

 瑠理香ちゃんは不思議がり、夢香ちゃんは察してくれた。

「呪いなんて無いよ? ここはあたしの部屋」
「いや、あれは俺にとっては、呪いだろ……」
「?」

 鬱実は首をかしげる。

 どうやら、本当に分からないようだ。

「鬱実お姉さんの部屋ですか? るり、気になります!」
「止めといたほうがいいよ。いや、止めておくべきだ。それがいい」
「え~。逆に気になりますよ」

 まずい。瑠理香ちゃんが鬱実の部屋に興味を持ってしまった。

「わ、私も気になります」
「夢香ちゃんまで……」

 これは、俺が止めたところで無駄だな。

 いずれ知られることになるだろう。

 俺は溜息を吐くと、覚悟を決める。

「わ、わかったよ……一度見ればわかるから、入ろう」

 そして、俺は再びドアを開く。

 目の前に広がるのは、一面俺の写真で埋め尽くされた部屋だった。

「これは……」
「凛也さんがいっぱい……」
「ふふっ、すごいでしょ?」

 自分のコレクションを自慢できたかのように、鬱実が胸を張る。

 なんでそんなに自慢げなんだよ……。

 三百六十度、全ての壁と床に俺の写真が貼ってある。

 な? ある意味呪われた部屋だろ?

 俺は虚空こくうに向けて、そう呟く。

 こうして、秘密基地の探検が終わった。


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