団地エリアを無事に抜けると、公園エリアにやってくる。
行きの時は、公園に先ほどの女生と同じタイプの存在がベンチに座っていた。
しかし今はその女性すらいなくなり、とても閑散としている。
そういえば、漢田さんたちがこっちの方から来たことを俺は思い出す。
もしかしたら、この公園周辺にいた女性をどうにかしたのかもしれない。
だとしたら、漢田さんには感謝しないとな。
そうして、俺と瑠理香ちゃんは公園エリアを抜けていく。
周囲に人影は無いからか、瑠理香ちゃんが不意に話しかけてきた。
「あ、あの、凛也さんは、お、男の人が好きなんですか?」
「え? いや、普通に女の子が好きだよ?」
どうやら、瑠理香ちゃんは漢田さんとの会話で、俺が同性愛者だと思ったようだ。
遠回しにノンケだということを漢田さんには言ったのだが、瑠理香ちゃんには分からなかったらしい。
「そ、そうなんですか? でも、さっきの人と……」
「いや、あれはその場しのぎの嘘だからね?」
「な、なるほど……じゃ、じゃあ今こうして、るりをおんぶしているのは興奮しますか?」
「へ?」
いきなり、何を言うんだろうか? もしかして、まだ同性愛者だと疑っているのか?
それは、なんというか困る。
この後秘密基地に戻った際にそれを言われてしまったら、残してきた二人に勘違いされるかもしれない。
今ここで、認識を改めさせた方がよさそうだ。
俺はそう思い、瑠理香ちゃんには俺が女の子を好きだと理解してもらうことにした。
といっても、余り時間をかけるのも現状よくはない。
周囲に人影はないとはいえ、いつ襲ってくるか分からないからだ。
なので、手っ取り早く瑠理香ちゃんの話に乗ることにした。
「ああ、瑠理香ちゃんみたいな可愛い子をおんぶしていると、そりゃ、興奮するよ。俺は、女の子が好きだからね」
あれ? これじゃあ、まるでヤリチンみたいな男に聞こえないだろうか?
選択をミスったかもしれない。
案の定、瑠理香ちゃんが勘違いを始める。
「ふぇ!? そ、そうなんだ……るりで興奮するんだ……エイッ!」
「うおっ!?」
すると、突然瑠理香ちゃんが背中にささやかな胸を押し付けてきた。
「た、助けてくれたお礼です! い、命の恩人ですから……か、帰ったらもう少し、エ、エッチなことしてもいいですよ?」
まずい。これは別の意味でまずい。
瑠理香ちゃんは俺がヤリチン野郎で、お礼に身体を要求してくると思ったのだろうか?
そういえば、ゾンビものでも生き残るために、女性が男に身体を差し出すみたいな展開はありそうだ。
もしかしたら、瑠理香ちゃんもそういった心情なのかもしれない。
これを受け入れた場合、俺はクズ確定だ。
更に、助けた妹に手を出したとして、夢香ちゃんにも軽蔑されるだろう。
鬱実は……普通に興奮しそうだな。
とにかく、助けたお礼に瑠理香ちゃんの身体をどうこうするのは駄目だ。
「いや、瑠理香ちゃん。身体を大事にしないとだめだよ? いくら助けられたからといって、男に身体を差し出しちゃだめだ。もちろん、瑠理香ちゃんに魅力がないわけじゃないからね?」
俺はなるべく瑠理香ちゃんを傷つけないように、言葉を選んだ。
「そ、そうですか……。で、でも、助けてくれたお礼は、させてください! るり、何でもしますから!」
「ん? 今なんでもするって言った?」
「えっ、それって……」
何でもするという言葉に俺は反応した。
すると、瑠理香ちゃんも興味が半分、不安が半分といった声を出す。
俺は瑠理香ちゃんが秘密基地に来たときのため、ここで一番の不安材料を解消することにした。
「今向かっている秘密基地なんだけど、そこに鬱実っていうやつがいるんだ。人見知りで変わったやつだけど、悪い奴じゃない。どうか大目に見てくれると助かる」
そう、鬱実と瑠理香ちゃんとの接触だ。
夢香ちゃんとは普通に話せているが、最初の頃は大変だった。
言動もおかしいので、鬱実はよく勘違いされる。
なので、ここで瑠理香ちゃんにお願いしておくことは、悪いことではないと思った。
しかし、何故か瑠理香ちゃんが不機嫌になる。
「それって、女の人ですか?」
「ん? そうだけど?」
「その人は、凛也さんの恋人ですか?」
何を言っているんだ? 俺と鬱実が恋人? とてもではないが、ありえない。
「いや、ただの友人だよ」
どこか遠くを見て俺は呟くように言葉を吐く。
「そ、そうですか……」
俺のどこか苦労している雰囲気を感じ取ったのか、瑠理香ちゃんはそう言った後、口を閉じる。
その後は特に会話もなく、俺たちは公園エリアを抜けた。
残るのは、住宅エリアだけである。
ここは未だに人影を見ていない。
恐ろしいほどに静かだ。
中に人はいるらしいが、触らぬ神に祟りなし。
俺は無視して先に進む。
「一応言っておくけど、ここでの会話はなるべく控えよう。家の中に、人がいるらしいからね」
「は、はい……」
念のため瑠理香ちゃんに注意を促す。
人がいると分かった途端、瑠理香ちゃんが怖がっているのを背中越しに感じた。
これは、秘密基地に戻るまでおんぶしていた方がよさそうだ。
おそらく、ここで降ろしても恐怖で動けない可能性があった。
なので、俺はそのまま住宅エリアを進んでいく。
……誰かに、見られている?
自意識過剰なのか、不意にどこからか視線を感じた。
周囲を見渡すが、当然誰もいない。
緊張し過ぎか? それとも本当に、見られているのか?
俺は唾を飲み込む。
ここまで来て襲われるのは、避けたかった。
自然と足が速くなる。
瑠理香ちゃんも何かを感じ取り、そわそわし始めた。
視線は消えることなく、俺のことを観察し続けている気がしてならない。
何だろうか。既視感がある。
俺はふと、このネットリとした視線に覚えがあった。
まるで、ストーカーに見られているような、そんな感じだ。
ストーカー?
俺がそれを意識した瞬間だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
何か、背後から聞こえてくる。
興奮したような、女の声だった。
「り、凛也さんっ……!」
瑠理香ちゃんにも聞こえたようで、涙声で俺の名前を呼ぶ。
「だ、大丈夫だ。おそらくこいつは……」
視線の存在が誰なのか、俺が確信を持った瞬間だった。
「あ、あたしの凛也君が、別の女の子をおんぶしてるぅ! くやしぃぃ!」
「ひゅあぁ!?」
突然出現したかのように、背後からそれは現れる。
瑠理香ちゃんが思わず悲鳴を上げてしまった。
それに対して、俺は至って冷静だ。いや、どちらかといえば少しキレている。
「鬱実、何でここにいるんだよ……」
「ふぇぇっ、せっかく凛也君を迎えに来たのに、あたしには辛辣ぅ!」
あざとくも噓泣きを始める鬱実。
俺は溜息を吐いた。
瑠理香ちゃんをおんぶしていなければ、鬱実の額にチョップをお見舞いしていたかもしれない。
「瑠理香ちゃん、大丈夫だ。こいつが例の鬱実だよ。ほら、俺が言った通り変な奴だろ?」
「こ、この方が……確かに、変わった方ですね。これなら、勝てそうです」
「勝つ?」
「い、いえ、何でもありません」
鬱実のことを説明すると、そう言って慌てだす瑠理香ちゃん。
勝つとは、序列的な事だろうか? 確かに、鬱実は陰キャだし、対する瑠理香ちゃんはどちらかといえば、クラスカーストでも上位にいそうだ。
秘密基地にカーストを持ち出さないでほしいが、無意識だったのだろう。
俺は高校でクラスカーストをあまり意識していなかったが、上位勢はそれこそ順位一つで大騒ぎだ。
おそらく、瑠理香ちゃんもクラスカーストで苦労していたのかもしれない。
「泥棒猫の臭いがするわ」
「またはじまった……」
鬱実は、少し他の女子と喋っただけで、いつもこういったことを言う。
なので、今回も似たようなものだろう。
「ま、負けません!」
「くっ! あたしの凛也君が狙われている! 寝取られるぅー! ……はぁはぁはぁ」
「こ、この人大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。だから、大目に見てくれっていっただろ?」
「あれって、本当にそういう意味だったんですね……」
「ああ……」
そうして念のために周囲を見渡し、この騒ぎで誰も来なかったことに安堵した俺は、二人を連れて秘密基地に戻ることにした。
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