「ん?」
目が覚めると、そこはまるで熱湯が煮えたぎるような音を鳴らす場所。溶岩地帯だった。暗っぽい岩が周囲に散乱している。
「おう、目覚めたようじゃな」
「誰だ?」
突然そう声をかけてきたのは、ずんぐりむっくりという言葉を表したような体系の老人。長く白い髭を三つ編みにしており、先端には見た目にそぐわない可愛らしい赤いリボンで結んでいる。
「儂はお主のようなプレイヤー、現地では異人と呼ばれておるお主にチュートリアルを与える存在じゃ」
「チュートリアル?」
俺は思わずそう聞き返してしまう。そもそも、チュートリアルだとすれば、なぜこのような溶岩地帯なのだろうかと、ふと思ってしまった。
「そう、チュートリアルじゃ、この世界はゲームのようで、ゲームではない。住む者は意思があり、死すれば生き返ることはない、当然それは、お主にも言える。そのことを知ってもらうために、一度恐怖を味わってもらうぞ」
「え?」
その瞬間、少し離れた場所に突如として炎を纏ったオオトカゲが現れる。
「サラマンダーじゃ。その身で死の恐怖と痛みを味わうがよい」
「GUAAAAAA!!」
「くそッ!」
老人の言葉が合図だったのか、炎を纏ったオオトカゲ、サラマンダーが猛スピードで迫ってくる。
当然なんの準備もしておらず、そもそも自分の力がどれほどかなのか分からない俺は、思わずサラマンダーから背を向けて走り出す。
何か打開策はないか? むざむざやられるのは避けたい。まずは、自分がどれだけ力があるか知らなければ。
与えられた知識には、自分の能力を確認する方法があった。それは、ステータスと念じるということ。俺はそれに気が付くと、すぐさまステータスを呼び出した。
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名称:エルル・ショタール
種族:ハーフドワーフ
年齢:20
性別:男
選択スキル
【大型武器1】【軽装防具1】【怪力1】【頑丈1】【健脚1】【自己重力操作1】【再生1】【魔法耐性1】【状態異常耐性1】【未設定】【未設定】【未設定】【未設定】【未設定】【未設定】【未設定】【未設定】【未設定】【未設定】【未設定】
控えスキル
固有スキル
【至高の睡眠】【スキル適性】【能力干渉無効】【錬金鍛冶術】【神罰無効】【神殺し】
称号
【異人】【スペード神の使徒】
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「これは……」
走りながらも思わずそう言葉を呟いてしまう。明らかに普通ではないステータスだった。
そういえば、俺に与えられていたポイントは表示されていなかったが、実はかなりのものだったんだろう。
それに、いろいろとツッコミどころはあるが、あの神が俺にやらせたいことが伝わってくるな。だが、そんなことよりも、至高の睡眠だ。約束通り、不眠の祝福から格上げされている。いったいどれほどのものだろうか……。
「GUGAAAAAAA!!」
「うおっ!?」
そんなことを考えていると、いつまでも追いつけないことにしびれを切らしたのか、サラマンダーの口から火の玉が飛んでくる。
そういえば今は戦闘中だったな、いや逃走中か。どうやら健脚というスキルのおかげで追いつかれていないようだが、このままではらちがあかない。
スキルを見るに、どうやら敏捷性を活かし、重い一撃で仕留めるといったスタンスだが、ならどうしてハーフとはいえ足の遅いドワーフを種族に組み込んだのだろうか……。
まあ、今はそのことはどうでもいいか。できることは決まっているのだから。
俺はそう決断すると、その場で反転して攻勢に移る。サラマンダーはそれを見て火の玉を吐いた。それを空中前転して回避すると、そのまま勢いをつけてサラマンダーの頭部に踵落としを放つ。
「おらッ!」
「GAAAA!?」
自己重力操作で限界まで重量を上げた一撃。それによってサラマンダーの頭部は地面に叩きつけられ、小さなクレーターを作る。
当然俺の足には相当の負担がやってくるが、予想よりもひどくはない。もともとの肉体の性能が良かったのか、それとも頑丈というスキルがあったからかもしれなかった。
「こりゃたまげたわい……」
老人がそれを見て驚いたように声を上げる。それと同時に、サラマンダーは息絶えたのか、光の粒子となって消え去った。その場には、牙のようなものと、赤い鱗が残されている。
「はぁ、疲れたな」
戦利品を拾ってそう言葉を吐くと、老人が駆け寄ってきた。
「お、お主! なぜチュートリアルを受ける段階のプレイヤーが勝てるのじゃ! おかしいじゃろ!」
「そんなことを言われてもなぁ……」
そんなやる気のなさそうな返事を返すと、不意に脳内に抑揚のない女性のような声が響く。
≪称号【理不尽を超えし者】【ユニークキラー】【先達者】を獲得しました≫
≪スキル【体術】【逃走】【軽業】を獲得しました≫
「お主、もしかして今称号やらスキルやらを獲得したじゃろ?」
「ん? まあそうだな。何故わかった?」
与えられた知識ではこの声は本人しか聞こえないということが分かっている。
「はぁ、本来ならば、称号やスキルはめったに手に入らないものなのじゃ。特に称号は最初に手に入れた人物しか所持できぬ。つまり早い者勝ちじゃ。例外はいくつがあるがの。そして、スキルも獲得するまで本来ならば相当の時間を要する。しかし、例外的に格上の敵や特殊な個体、また理不尽な状況下で勝利すれば、その経験値は莫大なものとなる」
「なるほど」
確かに、チュートリアルで現れたサラマンダーは特殊な個体だろうと思ったが、格上や理不尽とまでは思わなかった。
「む、お主、サラマンダーが格上と思っておらぬな。実力的にはそうであるが、スキルレベル的にはお主は格下じゃよ。この格というのは、スキルレベルの合計の差なのじゃ。さらに、理不尽な状況というのは、格に加え、特殊個体、単独、そしてチュートリアルという状況が合わさっておる。本来ならば勝てるはずがないのじゃ」
「確かに、普通はそうだろうな」
知識の中では、普通ステータス上のスキルを設定できる数が、本来五つのはずが、俺の場合未設定とはいえ二十もある。
更に、大概の者は固有スキルを持っておらず、持っていたとしても一つがいいところだが、俺の場合六つも所持していることに加え、通常のスキルすらも有用なものが多い。
「そうじゃ、普通ではない。それに加え、ドワーフ、ハーフだとしても身体能力が高すぎじゃ。いったい何のハーフなのじゃ。人族だと説明がつかん!」
「さあな。俺が知りたいくらいだ」
それは俺も思っていたことだ。ハーフとはいったい何のハーフなのだろうかと。知識では人族は能力的に平凡だ。優れたところはないが、劣ったところもないという種族であり、バランスが良いことが取柄である。
逆にドワーフは、器用な手先と高い筋力はあるものの、足が遅く、体に柔軟性がない。
また魔法に対する耐性も低いのだ。俺の身体能力はハーフで相殺されているとしても高すぎる。スキルで補正があるといってもだ。
「もしや、ランダムなのか? 思い切ったことをしたの。運が悪ければまともに使えぬスキルどころか、マイナスにしかならぬスキルを得ていたのかもしれぬというのに」
「……まあ、運がよかったんだろうな」
さすがにスペードの神が選んだとは言えない。面倒なことになりそうだ。確かに、ランダムという言い訳は今後使えそうだな。
キャラクターメイキングであったランダムという項目は、運が良ければ高性能な種族に、スキル、固有スキルまで手に入る。だが、逆に地雷としか言えないようなものまであるらしい。
俺の時はランダムの項目はスペード神の手によってなかったが。
「こりゃ、お主の陣営は凄いことになりそうじゃの。本来ならば死にかけた者に言葉をかけ、まともなチュートリアルを始めるのじゃが、仕方があるまい。このまま始めよう。儂は見て通りドワーフ。名をゼブルドという。同じ種族に連なるものとして、お主を導こう。まあ、お主はドワーフの血の方が薄そうではあるがの」
「ああ、頼む」
そんな愚痴を零しながら、ドワーフの老人、ゼブルドは基礎となることを説明し始めた。
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