「――というわけで、チュートリアルは以上となる。何か質問はあるか?」
「いや、十分だ。いろいろ確認できて助かった」
「そうか、ならもう言うことはないだろう。お主ならば大丈夫だとは思うが、たっしゃでな」
そうして、話を聞き終わってチュートリアルを終えると、俺の視界は暗転した。
「まずは宿屋だな」
見知らぬ街の広場が視界に広がると、俺はそう呟きながら移動を始める。
周囲には同様にプレイヤー、この世界では異人が数多くいた。どの異人も似たようなシャツとズボンしか身に着けていない。
「そこのかわいい子。よかったら俺とパーティ組まないか? 前衛のスキル構成だから守ってあげるよ?」
「は? 断る」
突然声をかけてきたのは、十代半ばの男だった。顔は微妙に違和感のある整い方をしている。おそらくキャラクターメイキングでいじったということが何となくわかった。
「そんなこと言わないでよ! それにかわいい声だね。そんなに急いでどこ行くんだい?」
「……めんどくさ」
違和感のある顔立ちと平凡な声にかかわらずキザな台詞を吐く男に、俺はそう静かに呟く。だが、その言葉が聞こえたのか、男は豹変する。
「あ? 今なって言った? 下手に出たからって調子に乗るなよ? お前だって見た目を整えたんだろ? 本当は声かけてもらってうれしいくせに! 調子に乗るなよ!」
男がそう言って俺の腕を掴もうとした時だった。
「やめなさい! その子嫌がっているでしょ!」
「いだっ!? 放しやがれ!」
俺を掴もうとしていた男の手を捻り上げそう言ったのは、気の強そうな瞳をした髪の長い少女だった。
「もう大丈夫よ!」
「え? ああ、うん」
心配そうに声をかけてくれるが、俺はそんなのは自力でどうにかできただけに、ついそんなやる気のない返事をしてしまう。
「くそっ! もう許さねえ! ファイアーボール! ……え?」
男は空いた手を少女に向けてそう叫ぶが、何も起こらず、一瞬その場が静寂した。
「ぷっ、あははっ、あんた街中では一部スキルが制限されるって習わなかったの? 当然攻撃系スキルなんて制限されているに決まっているでしょ?」
「くそがっ!」
ならばと、男が少女にそのまま殴り掛かる。しかし、それも直前で見えない壁のようなものに阻害された。
「あなた相当なものね。明確な暴力行為も制限されているわよ? よほど恐怖で説明を聞いていなかったようね。恐怖を打ち消してくれる魔法は使ってもらえなかったの?」
少女が男を挑発するようにそう言う。実際異人は誰もが理不尽なチュートリアルを受けている。
その結果死の恐怖を植え付けられるのだが、それで動けなくなっては元も子もないと、恐怖を打ち消してくれる特殊な魔法を使ってもらえるらしい。
まあ俺の場合は使ってもらう必要がなかったわけだが。
そんなことを思いつつも、いつの間にか男が少女の手から逃れていた。
「くそっ! 覚えていやがれ! 町の外ではせいぜい背後に気を付けるんだな! そこのお前もだぞ! 絶対俺の前に跪かせてやるからな!」
そう言って男が俺を指さすと、逃げるように走り去っていく。
「安心して、もう大丈夫よ?」
「え? ああ、助かった」
一応俺はお礼を言っておくことにした。
「君みたいなかわいい子は、気を付けないとだめよ。それに、あれは顔に違和感ありまくりだったけれど、君は見た感じ素の顔みたいだし」
少女はなぜか俺の頭を撫でながら俺の目を見てそう言う。俺の身長は150cmもなく、逆に少女は160cm以上あるからかもしれない。
「うん……え?」
いつまで撫でているのかと思っていると、いつの間にか少女に抱きしめられていた。顔が少女の胸に埋まる。意外と大きかった。
「かわいい。本当にかわいい。あんな男に、いえ、男に近づかせるなんてもってのほか!」
「えぇ……」
俺は、身の危険を感じて少女から距離をとる。少女はどこか不満そうな顔をしていた。
「あぁ……そ、そうだ! きっとまた変な男に絡まれるかもしれないし、私がついて行ってあげるわ! 私の名前はユリカ。君の名前は? ……え? ちょ、ちょっと待って!」
これでは先ほどの男と大差がないと、俺はその場から駆け出した。
どうやら健脚のスキルは走る分には制限されていないようで、追いかけてくるユリカと名乗る少女をあっという間に引き離す。
ああ、いきなり面倒な目に会った。助けてくれたようだったから一応感謝したが、欲望が混じった瞳で見てくるならば関係ない。
あの少女とはなるべく関わらないようにしよう。あのまま流されたらパーティを組まされていただろうし。
そう、この世界にはパーティというシステムがある。
最大六人まで組めるそれは、様々な恩恵があり、スキル経験値やドロップアイテムの平等分配。回復魔法や能力向上系、いわゆるバフというものに補正がかかる。
ほかにも、特殊な状況下ではパーティがかかわることが度々あるらしく、異人はいかに優れたパーティを作るというのも課題になってくるというのを、チュートリアルで教わった。
だけどなぁ、俺の場合スキルがあれなだけに安易にはパーティを組むべきではないんだよな。とても面倒なことになりそうだし。
これはドワーフの老人ゼブルドにも言われたことだが、しばらく一人でいたほうがいいとのこと。
俺の強さならば、現段階ではパーティを組むよりも単独の方がメリットが上だと教えてくれた。故に、あの少女とこれ以上関わるのは面倒だと判断したのだ。
それに、なんか一瞬ぞわっとしたんだよな。あの感覚は危険だ。関わらない方がいいだろう。
俺はそう判断すると当初の予定通り宿屋を探しだし、手ごろな宿を見つけると一泊分の料金を支払う。
所持金は異人ならば誰でも5,000フィル持っている。宿代は一泊2,000フィルだった。因みに道端で売っていたパンがだいたい一個100フィルと考えると、その値段でやっていけるのかと思ってしまう。
だが、どうやら異人の場合は国から補助金が出るそうで、どうやら神からのお告げがあったらしい。
まあ、普通なら一日で金が底を尽くし、人によっては早い段階で物乞いになるかもしれないしな。
そんなことを思いつつも、宿屋の受付にいたおばさんに部屋の鍵をもらう。
どうやらこの世界の住人からすると、異人は見ればなんとなくわかるらしい。また補助金を受け取る際も、それを判断する何かがあるらしい。
スペード神はゲームだと言っていたし、ある程度そういうシステムがあるんだろうな。まあ、そんなことよりも、今は重要なことがある。
俺はそうして宿屋の一室に入ると、目に入ったベッドにダイブした。
「ああ、至福だ……かなうならばこのまま眠りにつきたい……」
枕に顔をうずめてそう呟くが、そうはいかない。外はまだ明るく、昼も過ぎていないのだ。寝返りをすると、俺はある固有スキルの能力を確認する。
名称:至福の睡眠
効果:一日の睡眠時間が五時間になり、それ以上はいかなる能力をもってしても眠ることができなくなるが、睡眠時間における恩恵を七倍得ることができる。
七倍……いったいどれほどの至福なのだろうか。試してみたい……だが、楽しみは取っておくべきだ。なにより今は宿代で金がない。
俺は眠りたい気持ちを何とか抑え込み、ベッドから起き上がる。
スキルをなるべく隠したいし、ある程度遠出する必要があるよな。最低限必要な物も買う必要があるし、さっそく行くか。
名残惜しくベッドを見つつ、俺は宿を出た。街を歩けば意外と露店が多く、探索に必要な物は意外とすぐに手に入る。しかし案の定、持ち金は底をつく。
異人は最初にある程度稼げないと地獄を見そうだな。やはりチュートリアルで言われた通りみんな冒険者ギルドに向かっているし、完全に出遅れた。
そんなことを思いつつ、俺はやって来た冒険者ギルドの前で、外まで人があふれている光景を見つめる。
これでは登録にも数時間がかかりそうだし、そもそも依頼が残っていると思えない。誰でも受けられる依頼はそれこそ争奪戦だろうしな。登録は後回しにしよう。
俺はそう決めると、冒険者ギルドを後にした。
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