第2話

 よし、必要な物はこんなものだろう。

 俺は教室を出る前に、使えそうなものをある程度集めていた。

 まず、クラスメイトの使っていた黒のリュックサックに、文房具やノート、飲み物やお菓子、それと必要なりそうなものなどを詰め込んで、あとは武器を持てば完璧だと思ったが、どのみち妹たちには攻撃は効かず、移動や隠れる際の邪魔になると思い武器は諦める。

 まあ、短時間でこれだけ集められたら十分だろう。
 妹たちに襲撃されたのがお昼休憩終了の5分前くらいだったから弁当類は無かったが。

 逆に、昼飯を食い終えていたのは良かったと思うべきか? この状況じゃ安心して食べられないし、弁当を複数持っていても腐らすだけになってしまうしな。

 今は6月の中旬を過ぎたあたりで、気温も高く、30℃もざらにある。

 そう言うわけで食糧は心もとないが、代わりに中身の入ったペットボトルは結構あった。

 もちろんどれも飲みかけだったが、こういう時はそんなことどうこう言っていられない。
 故に俺は、荷物にならない程度のペットボトルを複数持っていくことにした。

 さてと、そろそろ行くか。

 といっても、最初どこへ向かうかだが、一番近くの階段はクラスメイトが全滅した場所だし、妹たちが数多くいるはず。

 だとすれば反対方向にある階段の方が安全か。
 その途中で余裕があれば他の教室などを確認して、生き残りがいないか探すこともしよう。

 よし、この作戦で大丈夫だ、気をしっかり持て。
 俺なら生き残れる。

 こういうのはダメだと思ったらそれこそダメだ。
 俺は妹化したくない。

 そう心に喝を入れると、俺は教室の扉をゆっくり開く。

 ……周りにはいないようだな。
 周囲に妹の影は無く、チャンスだと思った俺は、そのまま目的の階段まで音を立てないように進み始める。

 なんだろう。この気持ち……例えるなら乗りたいアトラクションに並び続けてあともう少しって時と似ている感覚は……

 移動中、何故だかそういう気持ちに俺は襲われていた。
 進んでいるのに進んでいないような気もしてくる。

 そうか……俺は緊張している。ただ、その似ている感覚と違うのは、わくわくする緊張ではなく、不安からくる緊張か。

 やはり大丈夫だと自分に言い聞かせたところであまり意味は無かったようだ。

 くそ、こんなんで俺は生き残れるのか? 正直この学校から脱出できるかどうかも不安になってくるぞ……

 教室から出て少しも立たないうちに、もはや俺は不安に負けそうになっていた。

 1人だとやはりだめだ。この学校を脱出するにしても、何より今後生き延びていくためにも仲間が必要だ。

 この不安の中1人で生きていく自信は俺には無い。

 改めて仲間の必要性に気がついた。
 その為にも、生き残りを見つけなければ。

 俺はそう思いながら、他の教室前に辿り着く。
 すると、少し開いた教室扉から何か声のようなものが聞こえてきた。

 それが何かと俺はゆっくりとその扉から中を窺う。

「も、もう勘弁してくれ、わかるはずがないじゃないか!!」
「ダメだよおにぃちゃん! 後ろの子が分かるまでおにぃちゃんが鬼だよ! おにぃちゃんだけに! あははっ!」

 なんだこれは?
 俺の目の前には奇妙な光景が出来上がっていた。
 それは、目隠しをされ縛られた1人の少年が、手の繋いだ4人の妹たちに囲まれているのである。

「じゃあ、もう1回始めるよ! これが最後のチャンスだからね! もし分からなかったら皆で噛み噛みしちゃうからっ!」
「ひぃ! だ、誰か助けてくれ!」

 妹たちに囲まれた少年がそう叫ぶ。

 これは……無理だ。助けられない。

 そう思っているうちに、妹たちは少年の周りを回り始め、そして可愛い声で歌い出す。

「「「「かーごめ かーごめ かーごのなーかの とーりは いついつであう よあけの ばんに つーると かーめが すーべった 後ろの正面 だーれ♪」」」」

 歌い終わると、妹たちはその場にしゃがみ込む。

「あ……えっと……」

 少年はそこまで言って黙り、だくだくと汗を流し始めた。

「おにーちゃんはやくー」
「答えなきゃ自動的に不正解にしちゃうよー」
「お兄ちゃん汗すごいね!」
「きゃははっ、まだー?」

 妹たちのその言葉と笑い声に、少年はだんだん目を回し始めると、唇を震わせながら答える。

「エ、エリーちゃん」

 少年はそう答えると唾を飲む。
 そして、少し間を置いた後に、少年の後ろにいた妹が正解を言う。

「……ぶっぶー! エリーちゃんではなくミリーちゃんでしたぁ!」
「そ、そんな!」

「間違えたお兄ちゃんには罰を与えまーす!」
「「「与えまーす!」」」

「だ、誰か! 誰か―!」

 少年はその場で暴れ出し、助けを呼ぶ。
 だが、そう叫んだ頃にはもう遅かった。

「「「「それじゃあ、いっただきまーす!」」」」

 妹4人のかわいい声が重なると、一斉に少年へと飛びかかる。

「や、やめっ……」

 少年は最後にそう声を出したが、妹たちに首、腕、足、耳を噛まれた途端、光に包まれた。

「あはっ! 新しい仲間だねっ!」

 もはやそこには少年の面影はなく、ポニーテイルのかわいらしい女の子の姿へとなり果てる。

「よろしくね皆!」

 先ほどの叫びを見ていただけに、その少年だった者には以前の精神があるとは思えなかった。

 やはり妹化すると精神は無くなるのか……実質死んだようなものだな。
 こうしては居られない、早くここを離れよう。

 そう思って離れようとした瞬間。

「どこに行くというのかねおにぃちゃん!」

 どこかで聞いたことのあるような言い回しが背後から聞こえてきた。
 俺は、その声にゆっくりと振り返る。

「ひゃはっ! 新しいお兄ちゃんみーつけた!」
「ま、またこ……っ!!」

 目が合った直後、俺はスキルを発動させようとしたが、いつも間にか回り込んでいた妹の手によって口を塞がれる。

「ダメだよお兄ちゃん。おいたしちゃ」
「んぐぐっ!」

 振りほどこうとするが、妹はやはり力が強く、その行動は無意味と化す。
 更に、そうしているうちにほかの妹に取り押さえられ、完全に身動きすらできなくなった。

 まじかよ……

 俺はさっきの光景を見てすぐその場を立ち去らなかった自分を殴りたい気持ちになる。
 どこかでスキルを発動させれば逃げられると思っていた。

 それが、まさか口を塞がれただけで使えなくなるとは思ってもいないこと。

「それじゃ、お兄ちゃんが鬼だからねっ! お兄ちゃんだけに。きゃははっ!」

 そうしているうちに俺は教室に移動させられ、先ほどの少年のように目隠しをされ縛られた。

「チャンスは3回だよ! もし3回とも失敗したらみんなで噛み噛みしちゃうからねっ!」
「それじゃあ、始める前に事項紹介するから覚えてねっ!」

「私エリーちゃん!」
「私はミリーちゃん!」
「僕はケリーちゃん!」
「うちはロリ―ちゃん!」
「俺はマリーちゃんだぜっ!」

「「「「「じゃあ、始めるよ!」」」」」

 そう言って、先ほどより1人増えた・・・・・5人の妹たちは俺の周りを回り出す。

 無理無無理。こんな状況で覚えられるはずないだろ! もう2人くらい名前が分からなくなってきたし……

 俺は心でそう叫びながら、どうにか正解を導き出す方法を考え始めた。

「おにぃちゃん頑張ってねー!」

 妹がそう言ってから、俺の周囲から似たようなかわいい笑い声が聞こえ始め、それによって俺の頭はくらくらしてくる。

「や、やめろ! 始めるなら早く始めてくれよ!」

 俺は必死にそう叫ぶ。
 だが、それを聞きたかったように妹たちは笑うだけ。

 やばい、おかしくなりそうだ。
 俺が限界を迎えそうになった瞬間、ようやく歌が始まる。

「「「「かーごめ かーごめ かーごのなーかの とーりは いついつであう よあけの ばんに つーると かーめが すーべった 後ろの正面 だーれ♪」」」」

 歌が終わると、そこには音の立たない無が広がり、それが俺の不安を引き上げた。

 わ、分からない……そもそも誰が誰だっけ? というか声だけだし……あれ? 名前ってどんなのがあった?

「おにぃちゃんまだー?」
「遅すぎると自動的に失敗だよー?」
「はやくー!」

 くそっ、だめだ、いくら考えても分からない。
 これが失敗してもあと2回あるんだ。ここはとりあえず適当に言っておこう。

 俺はこのまま何も言わず失敗するよりはいいと思い、後ろにいるであろう妹の名前を適当に口に出す。

「後ろにいるのはケリーちゃんだ!」

 そう答えた俺の心臓は、今にも破裂するんじゃないというくらい脈打っていた。

 頼む。できればもうやりたくない。

 1回だけしかしていないのにも関わらず、俺の精神力はもう限界だった。


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