083 ウルフマン・ブラッドボーン

 そんなカミングアウトをされた訳だが、どう返事をしたものか。

 狼男、ウェアウルフなら、ケモ仮面の正体というのにも納得だ。

 けれども、それを言うためだけに俺に声をかけたのではないだろう。

「それは分かったけど、私をここに連れてきた理由は?」
「えっ、驚かないのか? 貧民の味方、義賊ケモ仮面なんだが?」

 そんなことを言われてもなぁ……。

 正直、どうでもいい。

 むしろその存在が、俺の計画の邪魔になっているくらいだ。

「ケモ仮面とかさっき知ったばかりだし、驚きも何もないよ」
「そ、そうか……」

 ブラッドはそう言って、尻尾を垂れ下げる。

「で、私を連れてきた理由は教えてくれないの?」
「あ、ああ。分かった。言うよ。それは同族に近いにおいを感じたからだ。といっても、同族と会ったことはないから、直感なんだが」
「なるほど……」

 おそらく獣人のような状態の俺のにおいを感じ取り、思わず声をかけてしまったということか。

 この大陸で獣人は見たこと無いし、おそらくほとんどいないのだろう。

 もしかしたら、皆無という可能性すらある。

 オブール王国の王都にいた男が俺を獣人と呼んだのは、以前国境門と繋がった別の国にいた獣人を見たことがあったからかもしれない。

「俺は人化の状態でも、嗅覚には自信がある。だから、間違いないはずなんだ。どうかその頭の布を取って、正体を見せてくれないか?」

 これはどうしたものか……いや、ほぼ確信を持たれているみたいだし、ここまで来てブラッドも諦めないだろう。

 ただ気になるのは、ツクロダとの関係だ。

 話が漏れることを気にしたり、義賊をしているみたいだし可能性は低いが、ゼロではない。

 ケモ仮面の正体を明かしたことで誠意を見せたのだろうが、まだ信用はできなかった。

 しかしだからといって、以心伝心+で心を覗かせてほしいというのは難しいだろう。

 別にやましいことがなくても、心を覗かれるのは普通嫌がるはずだ。

 無いとは思うが、それで敵対されるのは現状避けたい。

 なら、この表層から分かる程度の状態で、何か質問をしてみるべきだろう。

 表層とはいえ、嘘かどうかはある程度分かる。

「私はまだ貴方を信用していない。だから、いくつか質問に答えたら考えるよ」
「わ、分かった。何でも訊いてくれ」

 ブラッドも了承したので、とりあえず気になった事を訊いてみる。

「まずどうして、ケモ仮面なんてしているの?」
「そりゃ、この国が平等をうたっていながら、ついていけなかった者を自己責任として、切り捨てるのが許せなかったからだ。だから、私腹を肥やす者から奪い、貧しい者に分け与えることにした。それがケモ仮面の始まりになる」

 なるほど。一見、ブラッドの考えは正しいように見える。

 だが、この考えはかなり危ういと俺は感じた。

 分かりやすい箇所かしょだけで判断して動き、結局状況を悪化させる可能性がある。

 何よりも、やることが中途半端なのだ。

 それでは、いずれ破綻する。

 けれどもまぁ、俺も人のことは言えない。

 ツクロダを倒したあとは、多少手伝ってもハパンナ子爵に残りを任せて、この大陸から去る予定なのだ。

 無責任という部分からすれば、俺の方がヤバいやつだろう。

 規模が違い過ぎる。

 ゆえに、ブラッドが義賊をやっていることをとがめる気はない。
 
 むしろ打算なく正義の心でやっている分だけ、立派と言える。

 俺に正義の心なんて無いからな。

 そう思いながら、次の質問をすることにした。

「それじゃあ、この国についてどう思う?」
「最悪の一言に尽きる。最初は良い国だと思っていたのに、残念だ。他国を不意打ちで侵略しているのに、裕福な国民が嬉しそうなのが気持ち悪い。
 それに、そいつらは自分たちが操られているのすら気が付いていない。あんたも、この国の演説にだけは行ってはダメだぞ」

 思ったよりも、重要な情報を得た。

 おそらくブラッドは、ツクロダと繋がってはいない。

 むしろ嫌悪している雰囲気がある。

 これなら、ある程度は信用しても良いだろう。

 一瞬そう思ったが、何かを見落としている。

 待て、何かがおかしい。

 ブラッドは、ツクロダのことを認識している。

 であれば、ツクロダもブラッドの事に気が付かないのはおかしい。

 ケモ仮面なんて目立つことをしていれば、尚更だ。

 ブラッドも転移者だろうし、ツクロダの未来視には映らないだろう。

 であれば、確実に警戒をしているはずだ。

 例えばもし俺がツクロダの立場だったら、いったいどうする?

 他に仲間がいないか徹底的調べ、十分な情報を得てから攻めるタイミングを計るだろう。

 そしてその攻めるタイミングに、これまで現れなかった仲間らしき者との密会は、十分な理由になる。

「これは不味い」
「へ?」

 俺の呟きに、ブラッドが間の抜けた声を出した瞬間だった。

 突如として周囲の床が光り、複数のリビングアーマーが姿を現す。

 その手には当然、銃が握られていた。

 モンスターの転送だと!?

 だが、それに驚いている余裕はない。

 即座にダークネスチェインを放ち、リビングアーマーを倒していく。

 狭い小屋の中で爆発に巻き込まれるが、撃たれるよりはマシだ。

 それに爆発は既に一度喰らっているので、耐えられるのは実証済みである。

「な、何だこいつらっ!? ぐあぁあ!?」

 しかしブラッドも爆発に巻き込まれ、ダメージを負ってしまった。

 だがこれは仕方がないと、諦める。

 見た感じ丈夫そうだし、死にはしないだろう。

 そうして瞬く間にリビングアーマーを倒すが、悠長にしている暇はない。

 ここに来るまで敵意や後をつけるような気配、遠くから観察するような視線も一切なかった。

 もちろんスラムの住民はいたが、こちらに何かするほどの気力はなかっただろう。

 ブラッドも鼻がいいだろうし、警戒は十分にしていたはずだ。

 それなのに、的確にリビングアーマーを送り込んできた。

 もしかしたらツクロダは、見たい場所を映す魔道具を持っているのかもしれない。

 未来視に映らなくても、別の方法で確認ができるのだろう。

 これは、本当に不味い。

 つまりは俺も、これでツクロダに認識をされたということになる。

 運が悪すぎるな。

 向こうからすれば先にマークしていたブラッドに、運良く他の獲物が引っ掛かったようなものだ。

 加えて、俺が転移者だと気が付かれたかもしれない。

 未来視に映らなければ、そう判断せざるを得ないだろう。

 どうする? どうすればいい?

 この王都は、既にツクロダの腹の中だった。

 あいつの力は、俺の想像を超えていたということになる。

 いや、俺の想像力不足が原因か。

 もはや、何でもありの能力と思った方がいい。

 ある程度上限はあるとはいえ、作れる幅が無限なのだ。

 これはもう、情報収集とか言っている場合ではない。

 逃げることは可能だろうが、次回攻める時がより難しくなるのは明らかだ。
 
 ならここはもう、このまま攻めるしかない。

 不幸中の幸いなのか、ここにはもう一人転移者がいる。

 二対一であれば、どうにかなるかもしれない。

 作戦を考える時間がない以上、今はこれしかなかった。

 転移者と関わると、碌なことがない。

 急に運が悪くなる。

 そう思ってしまうのも、仕方がなかった。

 

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